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ギスギスしてるけど

柳橋さん。

本当に大丈夫だと思いますか?

せめて同席すべきだったのでは…


やっぱり玉見君もそう思うよねぇ。

個人的にはホント、同感だよ。


だったらどうして、こんな危険な…


本人が一人で行くって言うんなら、あたしとしてもそれは尊重したい。

って言うか、あたしが一緒に行くとどうしても角が立つからね。


相手はかつて、丑三ツさんを本気で殺そうとしたんですよ?

角が立つのはある程度、仕方ないと思いますが。


だよね、うん。

殺そうとしたのがあの子で、それを返り討ちにしたのがこのあたし。

角が立つのは仕方ない事だろうね。

だけど丑三ツちゃんは、あくまでもビジネスライクに徹したいんだよ。

暴力を振るうのが嫌いだからこそ、ちゃんと言葉で理解したいってね。

とすれば、今のあたしは間違いなく邪魔。相手を委縮させるだけ。


…割り切ってますね、丑三ツさんも柳橋さんも。

俺はなかなかそこまで至れません。どうしても荒事になりそうで。


まあ、そうなったら介入するから。

少なくとも今の丑三ツちゃんなら、瞬殺されるなんて事はないよ。


…信じてるんですね、彼女の事を。



モチよ。

それもまた、上司の仕事ですから。


================================

================================


「ずいぶんと不公平ね」


ミナの声が鋭く尖るのが分かった。

あたしに何ができるかを察したら、そりゃそうなるだろねと少し納得。


確かに不公平だ。

聖女としての圧倒的な力を得たのは彼女の方だけど、その一方で彼女は

召喚されたこの世界に囚われた身。帰還する方法が無いのは明白だ。

一方、聖女でないから追い出されたあたしは、当然のように帰還した。

力なんて望まなかったと考えれば、耐え難いほどの不公平だろうね。


「だよね、うん」


あえてあたしはあっさり同意した。今さらそこを否定する気はないし、

そんな事あれこれ議論する気なんて無いからだ。残酷かも知れないけど

現実は現実として、さっさと認めてもらわないとね。

だから、ここで本題に入る。


「この世界に留まっている現状に、やっぱり不満がある?」

「今さら訊くのかよ、それを」


ザワッ!!


殺気が部屋の中に満ち、豊かな髪がかすかに波打つのが分かった。

ああ、やっぱり愚問でしたね失敬。


「だったらもう訊かない。現時点ではっきりしている事を伝えるね」

「何だよ」

「あなたを、元いた世界に戻すのはほぼ不可能だって事」

「………………」


殺気が霧散するのを、肌で感じた。髪の波打ちも収まっている。いや、

それ以前に彼女は落ち込んでいた。怒りではなく、落胆していた。


しばしの、重い沈黙ののち。


「…何で帰れないの?」


かすれた声での問いは、至極当然の疑問だった。そりゃそうだろうね。

そこは絶対に知りたいよね。なら、包み隠さず答えます。柳橋さんは、

少なくともそんな嘘は言わない人と信じてるから。


「異世界は、無限に存在している。いかにもファンタジーな世界から、

自分の世界と見分けがつかないほどそっくりな世界まで。そんな中から

ポツンと聖女召喚されたあなたが、どこから来たのかは判らないのよ。

例えて言うなら、旅行先のどこかの外国で落とした自転車の鍵に近い。

日本人が落とした事が判明しても、それで開く鍵のついた自転車なんて

見つけられる可能性はほぼ無い」

「………………」

「力の大きさは関係ない。ひとりの人間という存在は、世界の中では

そのくらい小さいって事なの」


黙ってしまった相手の顔を見ているうちに、告げた言葉の意味の重さを

あらためて痛感する。こればかりはどうしようもないよと、柳橋さんも

社長もはっきり言っていた。



現実はいつも、どこか残酷だ。


================================


「…だったらさぁ」


沈黙は、思ったより短かった。

あたしを見据えるミナの両目には、さっきまでとは違う光があった。


「アンタの世界に行く、ってのは?それは不可能じゃないでしょ?」

「…あたしの世界に?」

「そう。駅前にこんなマドレーヌが売ってるんなら、間違いなく現代の

日本なんでしょ?電子マネーは嫌いとか言ってたし、令和なんでしょ?

だったら連れてってよ!」

「ええっと………」


今度はあたしが、少しばかり言葉に詰まる。…立ち直りが早いなあ。

だけどあたしは、首を横に振った。


「悪いけど、それもちょっと無理」

「何でだよ」

「会社の規則だから」

「はあぁ!?」


返す声が、露骨に裏返っていた。


「何だよそれ!技術の話じゃなくて単なる決まり事かよ!」

「まぁあたしも社員として最低限、守るべき規則はあるわけでして…」

「知るかよ!!」


ギュイィィィン!!


一瞬だけミナの体が金色に発光し、広がった光が室内を四角く満たす。

と同時に、空気が少し重くなった。


「上司に掛け合え。あたしを連れて行かないと、アンタは返さないと」

「やっぱりこれ、空間ごと封印するみたいな力なの?」

「分かってんならさっさとやれよ。あの女でも、この障壁はそう簡単に

破れない。仮に破られるとしても、それまでに中にいるアンタを殺す。

この世界にずっといるくらいなら、アンタを道連れに死んでやるよ!」

「………」


あの女って、柳橋さんの事だな。

あまりにも一方的だったあの戦いを鑑みれば、警戒するのは当然だ。

実際のところ、この障壁が柳橋さんにとってどれほどの代物なのかは、

あたしになんかに分かるわけない。意外と手こずるのかも知れないし、

意に介さず破るのかも知れない。

いずれにせよ今、あたしは目の前の「聖女」に生殺を握られている。

こないだみたいに柳橋さんが確実に助けてくれる保証など、今は無い。


やっぱり厳しいよね。

そうなるだろうとは思ってたけど。

この前の時と違う、名指しの殺意を向けられるのはけっこう心にくる。


だけど今、あたしは仕事をしてる。

転生管理会社の社員として、自分が関わった案件に向き合ってるんだ。

もちろんイレギュラーではあった。巻き込まれただけだったのも事実。

あたしに責任なんて何もなかった。


それでもあたしは、目の前のミナをそのままにしておく事はできない。

曲がりなりにも、一緒に聖女召喚でここに来た身だ。一蓮托生だなんて

言う気はないけど、一緒に来たのがあたしだったという事実は、ミナが

「持っていた」運に他ならない。


それにね。

ギスギスしてはいるけど、けっこう交渉は前に進んでると思うんだよ。

楽観的かも知れないけど、それでもあたしは自分の手ごたえを信じる。

思い上がりだろうと、柳橋さんにはできない事をやってる自負もある。



さあ、ここからが真の交渉です。

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