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楽しくもない毎日に

つまんない毎日だった。

何もかもぶっ壊れてしまえばいい。そんな事を願う日さえあった。

世界が滅ぶとかじゃなく、あたしを取り巻く世界が全部ひっくり返る。

そんなマイナーな世界の崩壊なら、むしろ大歓迎だと思っていた。


だけどさぁ。

ひっくり返った世界が前よりもっとダメだったら、元も子もないだろ。

これだったらまだ、つまんない方がマシだったとつくづく思う。

贅沢を言ってるって自覚はあるよ。ちゃんとそれは分かってるよ。

つまんない毎日から脱却できたし、前と違う自分になれたのも事実だ。


だけどさぁ。



ガマンできない事はあるんだよ!!


================================


『ミナ様、失礼します』


だからその呼び方やめろってのに!

「皆さま」みたいに聞こえるのが、無性に間抜けなんだよ!


さまづけで呼ばれるのが当たり前になって初めて気づいた、己の名前の

耐えがたいマイナスポイントだ。

…まあ、もう指摘するのも疲れた。


「何よ」


声で判る。新人メイドのジェスだ。あんまり好きな相手じゃないけど、

この子以外はビビり過ぎてどうにも役に立たない。だから今は事実上、

あたしの専属みたいになっている。


好きじゃないけど。

あたしを怖れないという意味では、得難い人材でもある面倒な相手。

ずっとドア越しに話しているのも、あまり顔を会わせたくないからだ。

ああ、これもう実質引きこもりだ。前よりひどいなぁマジで。いっそ…


『お客様がお越しです』

「は?」


不毛な考えは、ジェスのその言葉で断ち切られた。

…客が来た?

このあたしに?


…ああそうか。

どっかの国王か貴族とか、そんな連中か。

名前に引き寄せられて寄ってくる、深夜のコンビニの蛾みたいな連中。

紫外線で焼き殺してやろうか。


「誰よ、客って」

『それが…』


ん?

珍しいな、この子が言い淀むのは。

良くも悪くも物怖じしない性格で、若干ロボットっぽくもあるのに。

どういう客が来たら、こんな感じになってしまうんだろうか。


「いいから言いなよ。誰?」


数秒の沈黙ののち。

迷いを振り切ったらしく、ジェスの声はずっと明瞭になっていた。


『闇夜の魔女の友だちだと名乗る、若い女性の魔術師です』

………………


バァン!!


ジェスは、言った直後に起こる事を彼女なりに察していたんだろう。

扉の前から飛びのいていたらしく、激突の衝撃などはなかった。


そんな事を気遣う余裕なんてなく、あたしは一気に扉を開いていた。


「いま何て言った?」

「闇夜の魔女の友だちと名乗る方が訪ねて来られたと…」

「早く言いなよ!」

「申し訳ありません…あ、違いますこっちです。ご案内します」


駆け出そうとしたあたしを、平然とした口調で呼び止めて歩き出す。

やっぱりこの子、物怖じしないな。逆にあたしがちょい冷静になれた。

さすがに相手の名乗りが不穏過ぎたから、それだけ不安だったらしい。

だけどあたしに心当たりがある事を確信したから、落ち着いたんだな。


何だろうなあ、この図太さは。

やっぱり好きになれないなこの子。

だけど、今はどうでもいい話だ。


闇夜の魔女の友だちの、女魔術師?



あいつしかいないじゃん!!


================================


「あんたは下がってて」

「ですが、おもてなしを」

「必要だと思ったら呼ぶから!」

「…かしこまりました」


大人しく下がろうとするジェスに、他の連中も呼ぶまで近づけるなよと

目と表情で告げる。割と察しのいい子だから、まあ大丈夫だろう。

…何だかんだ言って、あたしの専属という重責を飄々とこなしている。

あたしも、もうちょい接する態度を改めた方がいいのかな。


………………


何だ、意外と冷静だな今のあたし。ここに来るまでに頭が冷えたのか。

来訪者が誰なのかを聞いた直後から考えれば、落ち着けてる気がする。


とりあえず…



落とし前をつけてやる。


================================


ガチャ。


ノック無しで客間のドアを開ける。無礼と言われようと何だろうと、

気にする相手じゃないはずだ。

あたしが何であるかを知っている、あの子なら。


いた。


豪奢なソファーにちょこんと座る、地味で小柄な姿に見覚えがあった。

ってか、忘れられない顔なんだよ。あんたのその地味顔は!


「あ、どうもこんにちは」


黙って入室したあたしに目を向け、地味子はそんな挨拶を口にしながら

硬い笑みを浮かべた。何よその顔。今さらあたしにビビってんの?


「………………」

「ええと、その節はあの、お世話になり……なってないか、別に」

「何なのアンタ?」


イラッと来た。

ひと言発した自分の声も、予想以上に尖っててちょっとビックリした。


何なんだよ、この地味子は。

ヘラヘラ笑いやがって、今さら何をしに来たってんだよ。

ジェスと歩いていた時は冷えていた頭が、今さら煮え立つのを感じた。

コイツのせいであたしは…!


「今さらですけど、あたしの名前は丑三ツ智華です。どうぞよろしく」

「………」


やっぱり日本人なのか。

一緒に転移で召喚された時に確信はあったけど、あらためて名を聞けば

納得と共に苛立ちが募る。何なんだアンタは。今さら自己紹介かよ…!


「何しに来たのよ」

「え?…えーとですね。あなたの…つまり聖女の」

「聖女って言うな!!」


反射的に怒鳴った。

「智華」と名乗った地味子は、首を縮めてヒッと黙り込んだ。

その引きつった顔を見てるうちに、ますます怒りが込み上げてくる。


何が聖女召喚だ。

勝手に拉致っといて、帰還の方法が無いってふざけてんのかよ。

それでも頼まれた事はやった。

その結果が今現在の、この耐え難い状況に繋がってるんだ。


アンタは一体何だったんだよ。

同じ条件で召喚されたはずなのに、どうしてそんな感じなんだよ。

何もかも分かってますみたいな顔をされると、無性にムカつくんだよ。


「あたしがこんな事になったのは、アンタのせいじゃないのかよ!!」


怒鳴る声が、かすれてしまった。

それでも怒鳴らずにはいられない。



あたしは、八方ふさがりだった。


================================


「違うよ」


沈黙は、短かった。

委縮が解けたのか、智華はあたしの顔を見据えてそう言い返した。


「あなたがあたしをどう見るかは、とやかく言える事じゃないと思う。

だけど、あなたが今の境遇に陥った原因はあたしじゃない。そこだけは

ちゃんと否定させてもらうからね」

「………」


頭に上った血が、スッと冷えるのを感じた。さっきと同じ感覚だった。

ジェスと一緒にこの部屋まで歩いたあの時と、同じような頭の冷え方。

我ながら情緒不安定だと思うけど、何でそうなるのかは理解できた。


この子は、あたしを怖れていない。

あたしに何ができるか、どんな力を持っているかを認識している上で、

あたしという存在を怖れていない。そのくらい、顔を見れば分かる。

その事実があたしを落ち着かせる。悔しいけど、それが現実らしい。

ジェスといると落ち着くのも多分、それが理由なんだなと今さら思う。


聖女だから。

強大な力を持ってるから。

だから誰もまっすぐ向き合わない。

そんな現状が我慢できないんだよ。


だから。


「分かった、ごめん」


怒鳴った事は謝る。

ああ、いつ以来だろうなあ。

普通に人に謝ったのって。


「じゃあ、話聞いてくれる?」

「ええ」


聞こうじゃないのよ。

少なくとも今よりマシになるなら。



大いに聞こうじゃないのよ。


================================


挿絵(By みてみん)

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