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かくも楽しい人生よ

挿絵(By みてみん)


================================


社長。


はい?


ものすごく今さらな質問で、かなり恐縮なんですが。


何でしょうか。


ご結婚はされてるんですか?


ええ、もちろんですとも。

職場結婚でした。今も妻と二人で、つつましく暮らしていますよ。


あ、そうなんだ…。

ちなみに、お子さんは?


3人おります。長男・長女・次女の順ですね。3人とも社会人です。


3人…正直、ちょっと意外です。


まあ、何と言っても異世界から転生してきた賢者ですからね。

無理もないと思いますよ。だけど、れっきとしたごく普通の事実です。

長男は、山口で歯科医をしてます。次女は製菓メーカーの開発部所属で

商品開発にいそしんでます。たぶんご存知でしょう?米俵チョコ。


えっ!あれ開発されたんですか!?好きなんですよあたし!!


それは光栄です。言っときますね。きっと喜ぶと思いますから。


それで、長女さんは何を?


ああ…

スタントウーマンをやっています。映画とかドラマで体張ってますよ。


へ?

スタントウーマンってつまりその…女性のアクションの吹き替えとか?


そう、まさにそういう感じですね。たまーに顔出しの役もありますが、

大抵は落ちたり吹っ飛んだりです。生傷の絶えない子ですよ。


い、いいんですかそれって?


正直、賛成しませんでしたけどね。あまりにも危ないんじゃないかと。

だけど、理屈で反対する親にだけはなりたくなかった。妻とも相談して

応援する事に決めました。今では、けっこうキャリアも積んでますよ。

出演する映画を夫婦で観に行ってはヒヤヒヤする、その繰り返しです。

いい子なんですが、頑固でしてね。恋愛や結婚も心配してますよ。


………………



どうされました、お二人とも?


いやその…

本当に普通だなあって。


ははは。まあそうでしょうね。

今は社長なんて呼ばれていますが、就職したての頃は苦労しましたよ。

ご存知の通り、とにかくパソコンが苦手なもんでね。何度か転職もして

ブラックな職場も経験しています。丑三ツさんほどではありませんが。

学生だった頃は馬鹿もやりました。上手くいかない恋愛もありました。

悲しい別れもありましたし、部活に燃えていた頃も懐かしい記憶です。


…前世の記憶はあったんですよね?


ええ、もちろん。

さっき説明した通り、1歳の時点で記憶も人格も戻っていたんですよ。

幼児だった頃は、一刻も早く大きくなりたいと切望していましたっけ。

でも小学校高学年くらいになって、そんな焦りは感じなくなりました。

隠している事を重荷に感じた事も、前世の叡智を使いたいと思った事も

一度もありませんでした。ひたすら楽しかった。世界最高の賢者として

名を馳せていた自分が、掃除当番を回避するために本気でジャンケン。

お前何を笑ってんだよと、級友にはいつもツッコまれてましたっけね。

それだけいつも笑ってたんですね。


何と言うか…

転生してから、楽しんでたんですね本当に。ちょっとうらやましい。


楽しんでましたねえ、我ながら。

だけど、知識チートなど何もない。私は一人のありふれた人間として、

定年を迎えるまでの人生を楽しみに楽しみました。普通のやり方でね。

だからこそこうして語れるんです。丑三ツさんのような人にもね。

あなたにだってきっと出来ますと、実体験に基づいて言えるんですよ。


あの時、思い留まってよかった。



今でもそう思って生きています。


================================


あのう。

それで結局、女神と交わした約束はどうなったんですか?


もちろん果たしていますよ。

今この瞬間もね。


え?それってつまり…


みたび目の前に現れた彼女に、私はずっと考えていた構想を述べた。

定年退職したら、あなたのお仕事を手伝う会社を立ち上げたい、とね。

大ウケでした。イイじゃんそれと、この上もなく喜んでもらえました。


それが今の会社です。


妻と子は、何馬鹿な事やってるんだと言いつつも応援してくれている。

実のところ、既にカミングアウトは済ませてるんですよ。お父さんが、

転生した異世界の人間だったとね。まあ、今なお半信半疑でしょう。

信じなくてもいい。年寄りの道楽と考えてくれれば、御の字ですね。

実際そんなものですから。

そして今の会社が、今の私がある。

普通の人生を歩んできたからこそ、今の会社は掛け値なしに楽しい。

毎日充実していますよ。


でしょうね。

何だか、すごくしっくり来ました。

じゃあ女神は、会社の設立には関与しなかったんですか?


いやいや。

何を言ってるんですか友永さん。

関与するも何も、彼女は共同設立者です。本人も大乗り気でしたよ。


え?

じゃあ、今は…


私の斜め前の席にいるでしょう?

あの人ですよ。


…ええっ!?


社長はあなた!あたし副社長!と、高らかに宣言されたんですよ。

…どうやら、最初からそのつもりで私をあの世界に転生させたらしい。

きっとそんな事を言い出すだろうと確信してたと、後で言われました。

やられたなと、大いに笑いました。


今なら分かりますよね、二人とも。

そういう人なんですよ。



柳橋さんという人はね。


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さあて、そろそろ着きますね。

退屈しませんでしたか?


もちろんです!

ってか、話してよかったんですか?


もういい頃よと、柳橋さんの承諾ももらってます。格好の機会でした。

話したところで、何が変わるというわけでもありません。今まで通り。

また明日から、頑張ってください。


………………………………



「『了解です!』」

「おお、頼もしい返事ですね」


そう言って、社長はニッと笑った。

あたしたちも笑い返した。


割と短かったけど、大いに意義ある出張だったと今なら断言できる。

ラズリ・コルドネンが、意味のある転生を果たしてくれる事を祈るよ。

それこそが何よりの成果だと思う。どの世界も、続いていくんだから。


何だか、さすがにちょっと疲れた。

今日は早上がりさせてもらおう。

駅前でマドレーヌを買って帰って…



うん。


人生って、楽しいもんだよね。


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挿絵(By みてみん)


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