未来は未知の世界
大賢者ラズリ。
今のこの世界において、その名前はすでに過去の伝説になっている。
実際にはそこまで昔の人でもない。でもやっぱり、こういった世界では
「いなくなった人」に関する情報はすぐに色あせ、曖昧になっていく。
それは単なる摂理だ。いいか悪いか判断できる基準は、少なくとも今の
あたしたちにはない。ただ粛々と、目の前の現実に対処するだけ。
その目の前の現実は、割と不条理。
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「若返ってるんですか、これ」
「そのようですね」
『へ―――…』
寝起きドッキリに近い構図だけど、状況はそんなに俗っぽくはない。
むしろこの世界を訪れて以来、最も危険な事象を目にしてる気がする。
大きな魔法陣と融合して眠っているのは、どう見ても20代の男性だ。
だけど間違いなく、大賢者ラズリ。それは確信がある。
何で確信があるのかって?
もちろん、顔を知ってるからだ。
人の顔を、記憶に残すのは難しい。肖像画も、正確さはかなり怪しい。
でも彼に限って言えば、老いた顔も若い頃の顔もしっかり残っている。
そう、他でもないあの年鑑に。
彼はずうっと、あのオリンピックで圧倒的な記録を出し続けていた。
それは分厚い年鑑の中に、顔写真と共にきちんと残されていたのだ。
今はもう都市伝説となってしまった彼の姿は、ここにだけ残っている。
それが今、揺るがぬ証拠となった。
「探していたのは、この人ですか」
「そうです」
社長のその即答には、絶対の確信と独特の感慨がこもっていた。
何に対する感慨なのか。どうやってこの場所に辿り着けたのか。それは
間もなく分かるだろう。
その前に
転生管理会社としてのお仕事だ。
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「彼は、どこまでも求めたんです。大賢者としての強さと全能とをね」
「強さと全能、ですか…」
『大変そうですね、それって』
「大変です。いや、ハッキリ言って無理です。たかが人間の生涯では、
そんな高みには至れません」
おお、言い切った。
ここに来て社長、饒舌になってる。
「だからこそ彼は、はるかな未来に自分の居場所を求めたんですよ」
「つまり、100年か200年か、そんな未来に転生してやり直すと」
「魔法陣を見た感じでは、500年といったところでしょうね」
『いくら何でも未来過ぎません?』
「ごもっとも」
苦笑した社長はちょっと首を振る。
「しかしまあ、それだけ自分の道を究めたいという思いが強かった…と
いう事でしょう。だからこの魔術で自分自身を未来に送ったんです」
「未来に送るって言っても…」
あたしはピンと来なかった。
創作でもありがちな展開だけれど、それとはちょっとイメージが違う。
「一瞬で行くんじゃないんですか」
「そうですね。タイムスリップ的な時間の跳躍ではなく、魔法陣の力で
自分自身を維持したまま長い年月を超える。…タイムカプセルですね」
なるほど。
眠っている本人からすれば一瞬かも知れないけれど、実際にはきちんと
年数を重ねるわけか。で、その間に少しずつ肉体を若返らせていくと。
だからこんな辺鄙な場所に…
あれ?
ちょっと待って。
「社長」
「はい?」
「…これって、魔法陣が世界中から少しずつ力を集めて、ラズリさんを
ゆっくり若返らせる仕組みですか」
「ご明察ですね」
嬉しそうに答えた社長が頷いた。
「その通り。この魔法陣は生命維持と肉体の若返りを、年月をかけて
同時に実行し続けるシステムです。誰にも知られないままにね」
「いや、でも…」
そこは理解したけど、やっぱり少し腑に落ちないところがあるんだよ。
ラズリさんの横顔を見ている間に、その違和感が確信に変わった。
「最後にオリンピックに姿を見せた15年前以降に術を行使したなら、
長く見積もっても15年以下という事になりますよね。そんな短期間で
ここまで若返ってるって、さすがにペース速すぎる気がするんですが」
「相変わらず鋭いですね」
そう言いつつ笑った社長の表情が、不意に厳しいものに変わる。
「そうです。仮に500年後に覚醒するつもりだったのなら、明らかに
若返りの速度が適切と言えません。バランスの調整を間違っています」
『じゃあコレ、どうなるんですか』
「あと2、3年もすれば、彼という存在は胎児まで戻って消滅します」
即答に、迷いの響きはなかった。
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「………………」
マジですか、それ。
確かに単純計算だとそうなるけど、実際にそうだと断言されると…
「そうなったら、この魔法陣は?」
「彼という核を失えば、ほぼ確実に暴走するでしょうね。世界中の力を
吸収して全ての人を無力化するか、または世界を歪めて破滅させるか」
『シャレになりませんね本当に』
実際に経験しているあいちゃんが、実感のこもった口調でそう呟く。
社長の言う通りなら、この魔法陣は実質的にモエビトみたいなもんだ。
世界中の「力」を収束した果てに、世界そのものを歪めてしまう存在。
いや、実際もう既にその「歪み」が世界に現れている。オリンピックの
記録が右肩下がりなのは、おそらくこの魔法陣が世界中の魔術の水準を
下げているからだ。このまま行けば世界は、百年を待たず弱体化する。
彼が希望を求めた未来は、最終的に腑抜けのたまり場と化すだろう。
本人が無事に辿り着ければという、実に虚しい仮定の上での話だけど。
…………………
「それじゃあ」
沈黙に耐えかね、あたしはどうにか口を開いた。
「今の時点でこの魔法陣を消して、彼を目覚めさせたらどうですか?」
「長期に渡る前提の術を途中で解呪すれば、重い障害が残るでしょう。
彼自身もそうですが、この世界にも少なからず悪影響が出ますよ」
「うーん…」
やっぱりダメか。
自分の道を究めようとした結果が、こんな破滅というのは救いがない。
起こしてその事実を伝える事すら、まともにできないとは…
「ま、そんなに悩まないで下さい」
「えっ?」
「丑三ツさんのおかげで、想定よりずっと早く彼を見つけられました。
この世界の理屈では手遅れですが、我々は転生のサポートを生業とする
エキスパートですからね。」
「じゃ、どうにかなるんですか?」
「もちろんですよ」
そう言って笑った社長が、ポケットから取り出したのはスマホだった。
「あ、もしもし辻本です」
『はあい』
あ、リプネリスさんだ。
『見つかりました?』
「ええ、丑三ツさんのおかげで」
『さっすが丑三ツちゃん!』
いや、光栄ですけど。
そんな言われるほどあたし、今回は役に立ってない気が…
まあいいや。
「予想通りの状態で見つけました」
『それじゃあ、とりあえず撮影してデータをください』
「了解です」
そのまま電話を切らず何かアプリを起動させ、社長はスマホのカメラで
ラズリさんの全身をスキャンする。最後に魔法陣の全体像も撮影した。
何と言うか、今さらスマホの異物感かなり凄い。まあこれも魔術かも…
しばしののち。
「届きましたか」
『ええ受け取りました。ばっちり』
「ではお願いします」
『はあい!』
そこで電話は切られた。
向き直った社長が、手で促しながら早足で部屋を出る。あたしたちも、
促されるまま先に外に出ていた。
「どうなるんですか?」
「回収してもらいます」
「え?じゃあ、その後は…」
キュイィィィィィィィン!!
話をしてる途中で、室内の魔法陣がいきなり白い光を放って高速回転を
始めていた。ラズリさんはそのまま静止しているけど、周りの魔法陣は
すでに白い光の円盤になっている。細かい模様など何も判別できない。
やがてその光は増大し、すっぽりと室内を満たしていき…
キュイン!!
そして、唐突に消えた。
中央部で眠っていたラズリさんも、跡形もなく消え去っていた。
静寂は、耳を聾さんばかりだった。
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しばしの沈黙ののち。
「…どうなったんですか、あの人」
「別の世界に送られました。むろんリプネリスさんが細かい調整をして
安定させた状態でね。おそらくは、もっと若い姿になるでしょうね」
『ええっ、じゃあ実質、子供に?』
「おそらくは」
『はあー、あんなおじいさんが…』
あいちゃんは変な部分に感心してるけれど、あたしはそもそもの結末に
納得ができていなかった。…いや、別の世界って簡単に言うけども!
「どこの世界に送られたんですか?だって、転生じゃないですよね?」
「ええそうです。だから送る世界もけっこうイレギュラーでしてね」
「イレギュラーって、どの程度?」
「気付かないであろう程度ですね」
「『へ?』」
久々に声が被ったよ。
気付かないって、つまり自分が別の世界に送られたって事にですか?
「あるんですよ。こことそっくりな世界が、隣り合っている次元にね」
「ええー…」
「さすがに個人は異なりますけど、国の在りようや社会構造は同じ。
歴史も似通っています。そんな中で500年の後に目覚めたとしても、
そこが異世界だとは気付けません。死ぬまで知らないままでしょうね」
「えええぇぇぇぇ―――…」
何それ、ちょっとドン引きですが。
本人が知らないままに、そっくりな世界で「500年後だ!」と言って
目を覚ますんですか。猿の惑星とかそういう不条理さを感じる設定だ。
第一、あれほど強さを究めたような人が、ポンと現れたら大変な事に…
………………
うん、ならないだろうね。
子供の姿に転生するのなら、たぶん魔法学園に入学して無双するかな。
そこはおそらく心配しなくていい。創作も現実も似たようなもんだ。
自分の力を存分に使って、新たなる人生を謳歌してくれればいいよね。
何と言っても彼、500年後を希望していたらしいんだからさ。
そんな未来なら、知ってる人なんて誰もいないだろう。いたら怖いよ。
日本で言えば、もはや戦国時代からタイムスリップしてきたお侍だ。
もう完全に異世界だろうから、別にちょっと違ってても何も問題ない。
何だろう。
思った以上にすっきり腑に落ちた。
さすがは社長ですね。
これにて一件落着!




