ラズリ・コルドネンの今
15年前の大会で、全種目の1位を独占していた大賢者ラズリ。
載っていた写真は、年齢に相応しい老人のそれだった。やっぱり彼は、
この時を最後に姿を消したらしい。今では噂くらいしか残っていない。
『…だけど、どうして智華ちゃんが彼じゃないかなんて思ったんだろ』
あいちゃんが至極もっともな疑問を口にした。
『年齢はともかく、性別くらい普通知ってると思うんだけど…』
「いやあ、それはこの上なく正確な資料があるからこその話ですよ」
苦笑気味にそう言った社長が、指でトントンと年鑑のページを叩く。
ああなるほど、そりゃそうですね。
この年鑑は、出場者特典だ。つまり一般には流通していないレア資料。
いくら印刷技術が発展していようと識字率が高かろうと、ネットもない
社会ではそう簡単にニッチな情報は得られない。10年単位の昔なら、
なおさら知らない事だらけだろう。ラズリって存在も、今では名前だけ
独り歩きしてるって事ね。だから、あれだけ聞き込みをしてもほとんど
情報が出なかったんだ。つくづく、ネット社会の利便性を思い知るね。
とは言え、ここまでやったおかげで「大賢者ラズリ」に確信が持てた。
モエビトでないとしても、現時点でリプネリスさんに捜索を依頼された
転生者の候補なのは確実だろうね。さて、それじゃあどうやって彼を…
「丑三ツさん、友永さん」
「えっ、はい?」
『何でしょうか?』
いつになく強い社長の呼びかけに、あたしたちは揃って向き直った。
何だろ、何か思い当たったとか?
「ちょっと心当たりがあります」
「心当たりって…何のですか?」
「ラズリが今いる所です」
『え、いきなり?』
それはさすがに、いろいろ段取りをすっ飛ばし過ぎじゃないですか?
ご都合主義と言う以前に、ますます社長自身が怪しくなるんですけど…
「丑三ツさん、確か魔術師の能力に転移術もありましたよね?」
「え?ええ、確かありますけど」
「転着地点の座標をお伝えします。それで一気に行きましょう」
「えっ!?」
具体的過ぎますよ、いくら何でも!
「転着って…まさかそこにラズリがいるとでも言うんですか!?」
「それを確かめに行きます」
『ええー…何それ…』
さすがのあいちゃんも疑念丸出し。そりゃ無理もないでしょうね。
初めて来たと言い張るこの世界で、転着座標までソラで言えるってのは
あまりにも不自然が過ぎるって話。そのあたり、どのようにお考えで…
って、今聞く事じゃないですよね。ええ、ちゃんと承知してますとも。
あたしの視線を見返す社長の顔に、ひとつの確信みたいなものを得た。
おそらく社長は、この年鑑にあったラズリの情報で何かを察したんだ。
ラズリだけじゃない。ついさっき、あたしが出した記録とも照合して、
向かうべき場所の見当までつけた。きっと、相応の理由があるはずだ。
それを聞くためには、まずは現在の問題をチャチャッと片付けないと。
しかし、座標で転移かぁ…
本来なら難しい術なんだろうなぁ。
まあ初めてでもないし、もう感覚でさくっとやっちゃいますけどね。
つくづくチートな仕様だよね。
================================
キュイン!
魔法陣の消失と共に、周囲の光景がガラッと変わったのが分かった。
街外れから一転、どこかの山の麓と思しき場所だ。ひと気も全くない。
そして。
「…ん?何ですかこの変な気配は?」
「ここまで来れば、さすがに感知は容易いですよね」
『あたしにさえ分かりますよ』
頭だけギュインギュイン回しつつ、あいちゃんがそんな事を言った。
そう、あまりに分かりやすい何かの「流れ」みたいなものがあるんだ。
目には見えないけど、肌にねっとり絡みつくような対流。例えるなら、
見えない蜘蛛の糸に触れたような…ちょっと違うか。
「こっちです」
「あっ、はい」
『待ってー!』
迷いなく獣道を進んでいく社長を、あたしたちは慌てて追った。いや、
どう見ても知ってる人の挙動だよ。ただ家に帰ったようにさえ見える。
何なんだ一体!
だけど、ここまで来れば分かる。
もう、答えが目の前だって事がね。
================================
藪を抜けた先には、崩れた石造りの遺跡みたいな建造物があった。
ところどころ苔むしてはいるけど、どのくらい古いかは想像できない。
そして分かる。あの奇妙な流れが、この場所に収束してきているなと。
しばし、社長は黙って佇んでいた。じっと建造物の方を見ていた。
何だか、感慨に耽ってるみたいだ。一体、ここにどんな心当たりが…?
『何ですか、ここって?』
「研究室ですよ、ラズリのね」
「『え!?』」
久々にハモった!
って言うか、やっぱりそうなのね?気配的にはもう納得するしかない、
絵に描いたような異様なる空気感。ここに何かしらの「元凶」がいる。
戦いに来たわけじゃないんだけど、やっぱりちょっと武者震いですね。
さあ。矢でも鉄砲でも大賢者でも、ここまで来たらドンとこいだよ!!
…防壁だけ準備しとこっと。
================================
矢も鉄砲も、罠らしきものもない。
あっさり入口を見つけた社長の後に続き、建造物の中に入っていく。
さすがに狭いので、スバルロイドを草陰に潜ませてあいちゃんが離脱。
あたしの肩に乗せて移動。軽いな。
さすがにちょっと警戒してたけど、何事もなく奥へと進んでいきます。
しかし、ここまで来ると力の対流はさらに濃密だ。ってか、うっすらと
赤く見えている気がする。明らかに魔術的なヤバさを否応なく感じる。
そんな中に迷いなく突っ込んでいく社長、もはや怪しいより頼もしい。
ここまで来たら、開き直るまでだ。あたしたちもずんずん進んでいく。
壁に魔術的な明るさを感じるのは、やはりそういう施設だったからか。
じゃあやっぱり、ここにラズリが…
「着きましたよ」
「えっ!ホントですか?」
唐突なひと言に、思わず高い裏声で答えてしまった。先を見て見れば、
さらに小さな入口をくぐった地点で社長が立ち止まってる。どうやら、
目指すものがあったらしい。でも、高揚感なんかは全く感じなかった。
どっちかと言うと、寂しそうな声。何ですか、何があったんですか?
怖いなどとは微塵も思わなかった。あたしは小走りで入口に近寄ると、
迷わず身を滑り込ませた。
================================
「………………」
広い。
どうやら突き当りと思しきそこは、思った以上に広い空間だった。
ただ広いだけじゃなく、調度の類が何もない。空き家のような空間だ。
だから余計に広く感じたんだ。
けど、何もなかったわけじゃない。目の前に、部屋いっぱいに展開した
複雑怪奇な赤色の魔法陣があった。床から少し浮いた地点で、ゆっくり
左回りに回転している。…何だか、時計みたいにも見えてしまった。
そして、その中央にあったもの。
いや、中央に「いた」「人」だ。
魔法陣に絡め取られたかのように、完全に融合している人物がひとり。
白いローブをまとった姿で、仰向けに寝た姿勢のまま浮かんでいる。
目を閉じているその顔に、見覚えがあった。しかもつい先ほど。
「…ラズリさん、ですよね」
「ええ、そうですね」
『…マジで?』
あたしの頭につかまって覗き込み、あいちゃんが訝しげな声を上げた。
うん、その気持ち分かるよ。
あたしだって、ちょっと信じ難い。目の前のラズリさんの有様を。
……
いや、若いって!!




