丑三ツちゃんの晴れ舞台
小学4年の秋。
社会見学の後で描いた、はしご車の絵が市のコンクールで佳作入選し、
月曜日の全校朝礼で表彰された。
だけど、「丑三ツ」が読めなかった校長がデタラメな読み方したせいで
自分が呼ばれたと分からなかった。担任の田中先生が言いに来て初めて
気付き、慌てて登壇した。ドタバタしたせいで、全校生徒に笑われた。
呼ばれたら早く前に出なさいよと、後で田中先生にちょっと怒られた。
その時は謝ったけど、後から考えてかなりモヤモヤした覚えがある。
あたしが何をしたっていうんだよ。間違えたのは校長じゃないのかよ。
全校生徒の氏名を記憶しとけなんて無茶を言う気はない。自分の名字が
普通とは違ってる事も理解してる。だけど、表彰する生徒の名字くらい
予習しておいてよと言いたかった。常に予習復習を謳ってるんだから。
あの時の賞状は、額装されて実家に今も飾ってある。あたしの勲章だ。
だけどあの時の登壇は、自分の中であまりいい思い出になっていない。
思えば、あの時以来かも知れない。
こんな大勢の前に立つのは。
================================
何だか、ちょっとデジャヴ感じる。
どうやらあたしって、大勢の前でもそれほど緊張はしない性格らしい。
妙に冷静になれるというか、いつも以上に場を客観視できるというか。
何しろ、今もけっこう落ち着いてる自分にちょっとビックリだ。
聞こえてくる観衆の声に、何となく憶えがあるんだよね。そう、まさに
あの全校朝礼の時と同じ雰囲気だ。もちろん人数は桁違いなんだけど、
大勢の声や気配が何となくひとつの感情を生み出すような、あの感じ。
あの時は、ほぼみんな笑っていた。もちろん先生方は渋面だったけど。
だけどあの時の笑いは、あたし一人に対する嘲笑じゃなかったと思う。
田中先生に言われて慌てて登壇するそのドタバタ振りが、ちょっとした
喜劇になったから笑いが起こった。要するにあの時、あたしはある意味
コメディエンヌとして「ウケた」。そういう感覚が確かにあったんだ。
だからあの時に限って言えば、別に嫌な思い出にはなっていない。
今の空気感には、あの時にちょっと通じるものがある。
ざわついてるけど、悪意はあんまり感じられない。どっちかと言えば、
面白がってる感じだ。全く無名の、しかもこんな地味な魔術師なんかが
いきなり飛び入り参加したんだし。困惑しない方がおかしいだろう。
そう、悪いけどあたしは地味です。さっきの宝塚系の人と比較しても、
あらゆる意味で華がない。むしろ、怪しいと言った方がしっくり来る。
だけど魔術師って、どこの世界でもあまり見た目と実力は比例しない。
そこがスポーツ選手と決定的に違う点だろう。なら、今のあたしだって
そうそう見くびられたりはしない。この場に立っているという時点で、
実力が無ければ途方もない恥をかく事になってしまうからだ。後はもう
いたって単純。観客を満足させ得るパフォーマンスができるかどうか。
観客も、困惑の中であたしにそれを期待してる。それは空気で分かる。
悪くないよね、こういう空気って。
よし、じゃあやってみようかしら。
================================
やっぱり花形は破壊力ですよね。
さっきの人がやっていた的当ては、何発当てて的を破壊できるか計る。
的というのは、実は頑丈そうな素材でできたキューブだ。これが台座に
据え付けられている。これ目がけて自分の得意な攻撃魔術を放つという
単純ルール。やる事は単純だけど、計測は専門のスタッフが高い精度で
行う。このへんしっかりしてるね。
と言うわけで、せっかくだ。迷わずもっとも大きな的に向かって立つ。
お、またどよめくね。無理もない。さっきの宝塚さんが選んだ的よりも
ずっと大きい奴だからね。さあて、それじゃあ行ってみましょうか!
「どうぞ」
傍らに立つ女性の係員が、あたしに小声で合図する。了解です。では!
ちょいカッコつけて杖を突き出し、それっぽい事をごにょごにょ言って
火球魔法を解き放つ。
…いざ!!
ドッゴオォォォォォォォォォン!!
相変わらず、思っただけで発動する便利仕様。ノータイムで放たれる、
これぞSSランクの面目躍如という迫力の火球。さあ!どのくらい的を
削れるか…!!
……って、ちょっと?
え?ちょ、ちょっと待ってってば!
やっぱり、現実ってのは容赦ない。
================================
「………………………………」
沈黙。
そして中途半端な静寂。
人の気配が圧倒的に多い現状との、どうしようもないギャップが襲う。
そう。
これはいわゆる、ドン引きです。
ああ。
あたし、またやっちゃいましたか?
的は木っ端微塵になっていた。
いや、それだけじゃない。
隣にあった、同じ的も木っ端微塵。その向こうに並べられてたのまで、
半分くらい吹っ飛んじゃってる。
合図した女性係員、腰抜かしてる。チラと見てみれば、あの宝塚さんも
顔面蒼白になってる。
………………
何だよあの的。
もうちょっと頑丈だと思ったのに!
================================
歓声はどうした歓声は!
…いや、うん分かってます。それは無理ですよね。このドン引きじゃ。
理屈で言うなら、あたしは超大型の新人ってところだろう。ある意味、
ここで出す結果として申し分ない。でも、やっぱりそれは理屈だよね。
今の常識で言うなら、完全に限度を超えた結果になっちゃったんだね。
うん。
居たたまれない。
「あ、あの…じゃあ失礼します…」
「ちょ、ちょっとお待ちを」
そそくさと逃げようとしたあたしを呼び留めたのは、あの女性係員だ。
抜けた腰を無理やり戻して立つと、若干かすれた声であたしに告げる。
「な、何でしょうか?」
「規定では、最低でも2種目までの参加が義務となっていますので」
「……そうでしたよね」
確かにそんな説明を受けてたっけ。さすがのプロ職業意識に感服です。
要するに、あとひとつ何かしないと帰れないわけね。ええっと…その…
あ、アレだ!
================================
と言うわけで選んだのは、防御術。
防壁でマネキンを守り、担当術者の攻撃魔術にどれだけ耐えるかを計る
まさに守りの競技です。これなら、ぶっ放して引かれる心配がない。
地味に始めて地味に終われるはず。そうそう、こういうのでいいんだ!
何よりこの防壁、ついこないだあの聖女に金魚すくいのモナカよろしく
一瞬で破られている。少なくとも、そんなに長くは持たないはずだ。
よし、さっさと終わらせましょう。このショートカットのマネキンを、
手早く防壁でくるみます。んじゃ、遠慮なくよろしくお願いします!!
さて、スタート。
ドオォン!
ドオォン!
ドオォン!
ドオォン!
…
………………
あの、まだですか?
ビクともしてないように見えるのは気のせいでしょうか?
何か、顔色悪いですよ担当者さん。ひょっとして力尽きそうとか…?
え?
マジで交代するんですか!?
え?
まさかの二人がかり!?
ドオォン!ドオォン!
ドオォン!ドオォン!
………………
いや、頼むから早く破って下さい。ワザと解除したら丸わかりだし。
…ってか、そんなに硬いのあたしの防壁!?そんな実感ないんだけど!
頼むから割れてくれ!早く!
もうやだぁ!居たたまれないよう!
ちくしょうあの聖女!許さん!
あの子があんなあっさり破るから、あたしも勘違いしたんじゃないか!
どうしてくれんだこの状況をさあ!
………………
いや、違う。
いくら何でもこれで聖女を恨むのはひど過ぎる。
他責思考が田中先生並みになるよ。それは絶対ダメでしょうよ。
分かったから。
もういいから。
頼むから早く終わってくれ。
やっぱりあたし、人前は苦手だ。
今回も、あんまりいい思い出には…
うん、なりそうにないなあ。
……………………
いいから早くっ!!




