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モエビトのいない世界

毎回違う異世界に赴く。


言語化するとあっさりしてるけど、実はこれってかなり大変な事だ。

いかによく似ていようと、赴く先は文字通りの「異なる世界」である。

外国へ旅行するのとはワケが違う。常識そのものが変わるんだから。

だからこそ、何かする前にきっちりその異世界の基本を把握しておく。

言葉でも教わったけど、最近はもう体感として染みついた気がします。


というわけで、まずはあっちこっち見て回る。これが何気に楽しい。



やっぱり、未知は面白いよね。


================================


「それにしても、本当に堅実な世界ですねここ」

「やっぱりそう思いますか」


あたしの私見に、社長は頷きながら答えた。


「やはり、歴史が違いますからね」

「ですよね。オートマータだっけ、あのロボットっぽいのも日常生活に

欠かせないものみたいですし」

「科学でも魔術でも、体系を築いて発展すればこうなるって事ですよ。

たぶん、治安もいいでしょうね」

『あたしのいた世界とは大違いだ』


ガッシャンガッシャン歩きながら、あいちゃんが実感のこもった感想を

述べる。ああ、確かにそうだよね。あの世界って、モエルギーの発現で

歪んでしまった世界だったから。


それはそうと…


「わざわざ来たって事は、やっぱりこの世界にもモエビト候補の人間が

いるって話なんですよね」

「うーん…どうでしょうね」

「え?」


あれ、違うんですか?

リプネリスさんが見つけにくい系のモエビトを、現地に赴いて探す的な

仕事だと思ってたんですけど…


「いかに反応が弱かろうと、世界のどこかにモエビトがいるのであれば

女神は見落としたりはしませんよ」

「え、それじゃあ…本当にここにはモエビトはいないんですか?」

「見た感じではね」

「『えー』」


またあいちゃんと声が被った。



じゃあ、一体誰を探すんだろうか?


================================


「そもそもモエビトという存在は、モエルギーこと、妄想エネルギーの

蓄積によって誕生する存在です」

「ええ、それは知ってますけど」

「そういう存在は、こんな世界では発生しようがないんですよ」

『そうなんですか?』


いつの間にか、けっこうな高台まで来てしまっていた。見渡してみれば

まさに中世ファンタジーの街並み。いかにも不思議な事が起こりそうな

世界の立て付けに見えるんだけど…


「ここで言う妄想というのは、実に他愛ないものです。オタク趣味とか

アイドルへの執着とか、そういったサブカルチャーへの傾倒が生んだと

言ってもいいかも知れません」

「ええぇ、何だか俗っぽい気が…」


そんなものが世界を歪めるなんて、何だか想像したくない摂理だなぁ。

せめてもうちょっと奥深い感じの…


「他愛ない事にのめり込める世界というのは、とにかく豊かなんです。

衣食住の心配など基本的に不要で、店に行けば何だって買える。いや、

ネットで買う事も容易い。そういう世界なら、生きるために必要でない

趣味にのめり込む事が許されます。そういう人間たちからモエルギーは

生み出されていくんですよ」

「………………」


何となく、返す言葉に窮した。


別に社長は批判めいた事を言ってるわけじゃない。若い世代に対する、

おじさん臭い嘆き節を口にしているわけでもない。述べられているのは

単なる事実だ。あたしたちの住まう現代とは、そういう世界なんだと。


言われれば、心当たりしかない。

世界のどこもかしこもそうなってるわけじゃない。だけど少なくとも、

あたしの住まう日本はそういう国になって久しい。それは事実だろう。


ふと、この前関わったゲーム転生のトップランカーが脳裏に浮かんだ。

死ぬまでゲームの事しか考えない。それでいいのかと思ってたけれど、

逆に言うならそれが許されたんだ。引きこもってオンラインゲームに

興じるだけの人生を、彼は送る事ができる立場だった。そこにあるのは

まぎれもなく豊かさだ。生きるため働くという行為を放棄してもなお、

彼には少なくとも生きられるだけの基盤があったんだ。


「言われてみれば、そうですね」


何度も来ている「異世界」だけど、中世ファンタジーの呼び名の通り、

文明レベルは中世そのもの。当然、テレビもネットも何もない社会。

娯楽がないなどとは言わないけど、それでも娯楽が飽和してしまってる

現代日本とは根本的に違うだろう。皆、生きるために生きている世界。


少なくともここに、オタク文化的なものが生じるのは千年単位の未来。

モエルギーというのは、そういった飽和が生み出した代物なんだろう。

まだまだこの世界に、そんな兆候は見られないって事だ。


何だか、ちょっと目からウロコだ。分かってなかった事が分かった。

モエビトがいわゆる並行世界でのみ発生する理屈も、かなり理解した。



うん。

さすがは社長さんですね。


================================


『…だけど、じゃあ実際どうするんですかこれから?』


機械の手をかざして遠くを見ていたあいちゃんが、疑問を口にした。


『モエビトがいないとは言っても、女神の依頼って事は転生させるべき

誰かがいるんですよね?』

「ええ、その通りです」


答えた社長に促され、あたしたちは再び歩き出す。街の中心部へと。


「魔術の成熟した世界だからこそ、常識で計れない事をする者はいる。

まあ、大体は「賢者」と呼称される使い手です。自分なりの道を究めた

ある意味タチの悪い人間ですね」

「タチの悪い人間って…」


何と言うか、身もフタもないなあ。

創作でもそんなキャラはいるけど、それがどうして転生対象なんだろ。

って言うか、創作だとむしろ…


「まあ、心当たりはありますから。まずはそこから探ってみましょう」

「了解です」

『はあい』


世界は広い。たった一人の賢者を、この中から探し出そうというのか。

何と言うか、途方もない話だよね。心当たりが何なのか心配にもなる。


とは言え、この人は転生管理会社の社長だ。柳橋さんの上司でもある。

お茶を淹れるのが上手という印象が強いけれど、それだけじゃない。

…じゃないはずだ、信じよう。



さあて、どこにいるんだ賢者さん?

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