難しいお仕事
聖女召喚の世界から戻り、ちょうど一週間。
さすがにもう余韻は残ってないし、あいちゃん号(社用スクーター)も
いたって快調。ちょい退屈だけど、平和な日々を送っています。
柳橋さんも他のみんなも、あの時の細かい事後処理についてはあんまり
語ろうとしない。あたしも、あえて根掘り葉掘り訊こうとも思わない。
巻き込まれる形であたしが見つけた世界ではあるんだけど、だとしても
あまり深く関われる立場じゃない。何たって、まだ新人なんですから。
もう少し経ってから、雑談なんかの折にちょっと聞くくらいでいい。
とりあえず、今はそう思ってます。
そんな、穏やかな日の午後だった。
================================
ジリリリリン!
電話のレトロな音が響き、あたしは素早く受話器を取る。…勝った!
誰が出るかのちょっとした勝負だ。今いるのは、社長と剛守さんだけ。
この面子なら負けないんだわ!
「はい。TKK、丑三ツです」
『あ、丑三ツちゃんおヒサ!!』
「あっ、はいご無沙汰してます。」
陽気なその声はリプネリスさんだ。…フツーに女神から電話がかかる、
その不条理にもすっかり慣れっこ。己の順応性が、頼もしくて怖いよ。
『えーと、社長さんいるかしら?』
「はい、お待ちください」
電話を保留にして。
一瞬だけためらったのちに。
もういいやとそのまま告げます。
「社長!」
「はあい」
「リプネリスさんからお電話です」
「はあい…あ、お電話替わりました辻本です。お世話になってます」
非常識とか違和感といった感覚は、ツッコミ役がいてこそ成立する。
ここにそんな人はいない。かつてはあたしがそうだった時もあるけど、
もはや遠い過去です。
それにしても社長に直接電話って、ちょっと珍しいかも知れない。
いったい、どんな用件なんだろ?
================================
電話はけっこう長かった。
と言っても、盗み聞きをするような趣味はない。あんまり聞こえないし
気にせず己の仕事に集中。ほどなく電話の事もすっかり忘れていた。
とりあえず今の作業が一段落して、ホッと座り直した瞬間。
「あー、丑三ツさん!」
「えあっ!?は、ハイ!」
気を抜いていたあたしは、いきなり社長に声をかけられ裏声を返した。
いや、いきなりじゃないだろうな。多分あたしの作業が一段落するのを
待ってたんだろう。ってかあたし、ちょっと気を抜き過ぎだ!
「ちょっといいですか?」
「は、ハイただいま!」
あたふたと席を立って社長の席へと向かう。珍しいな、呼び出しって。
ひょっとして、さっきの女神からの電話が何か関係してるんだろうか。
ポカはしてないはずなんだけど…
「何でしょうか」
「ご存知の通り、さっきリプネリスさんから連絡がありましてね」
「あ、ハイ。…それが?」
「まあ仕事の依頼だったんですが、ちょっとばかり厄介な案件でして。
例によってその…遠出をしなければいけない系なんですよね」
「遠出とおっしゃいますとつまり、最初から異世界系ですか」
「理解が速いのは大助かりです」
社長、ニッと笑うと若く見えます。
「その通り。並行世界の一般人ではなく、異世界に住まう異世界人の
転生をサポートする依頼です。で、それと思しき世界へ行くんですが」
「思しき世界?」
何だろう、こういう曖昧な表現は、これまであんまり聞いた事がない。
モエビトの確証が無いんだろうか?
「お察しの通り、確たる情報が若干不足してるんですよ。いつもなら、
女神が対象となるモエビトの候補を明確に指定して下さるんですがね」
「はあ…」
お察しの通りって、そんなにあたし顔に出てたのか。…気をつけよう。
ともあれ、何か厄介な臭いがする。
「リプネリスさんにも判らないって事、あるんですか」
「まあ女神といっても、全知全能というわけではありませんからねえ。
時には取りこぼす事もありますし、見究め切れない事だってあります」
「なるほど」
すんなり納得した。
ついこの間、そういう取りこぼしの世界を目の当たりにしたばかりだ。
世界が無限に存在するなら、そんな厄介な事案も起こり得るんだろう。
そういった点をサポートするのも、この会社の役どころって事ですね。
「じゃあ、誰が行くんですか?」
「私です」
「へ?」
社長が?
思わず剛守さんの方を見たけれど、どうやら本当に社長が行くらしい。
寡黙なリアクションがそれを雄弁に示してる。…しかし、ホント意外。
社長は、留守を守る存在だとばかり思ってたから。
「生意気な言い方になりますけど、これは私でないと無理な案件です。
だから直々に電話が来たんですよ」
「そんな事って、あるんですね」
「まあ、本当にたまにですけどね」
言いつつ苦笑した社長は、あたしの顔を見ながら続ける。
「ご存知の通り、異世界へ行く時は原則的に単独での出向は禁止です」
「ですよね」
今さら確認するまでもない鉄則だ。あたしがこの前巻き込まれたのは、
本当にイレギュラーな事例だった。あらためてそのあたりも聞いてる。
「じゃ、剛守さんと出向ですか?」
「いやいや、彼までいなくなったら丑三ツさん一人で留守番ですよ?」
「えっ…あ、そうか。そうですね」
「一人で留守番できますか?」
「したくないです、絶対に」
「ははは、確かにね」
食い気味の即答を返したら、社長は面白そうにちょっと笑った。
あたしの即答、読んでたんだろう。剛守さんも何だか面白そうだしさ。
え?つまり、今の状況ではもしや…
「と言うわけで丑三ツさん、今回は私と一緒に出張をお願いしますね」
「了解です!」
やっぱりそうなるよね。だったら、もうモタモタと迷わずに行こう!
「いい返事ですね、心強い」
社長、やっぱり笑うと若いなあ。
うん。
================================
「せっかくの機会です。友永さんも一緒に行く事にしましょう」
「え?友永って……ひょっとして、あいちゃんですか?」
「もちろん」
「ええー…」
いいんだろうか、それ。
聞いた限りではファンタジー世界に赴く感じなのに、よりにもよって
スクーターに乗っていっていいの?トラック以上に違和感が!…って、
トラックも大概なんですが。でも、今のあいちゃんはずばり乗り物だ。
トラックみたいにどこかに駐車して置いとくってのは、どうにも…
「ご心配なく、ちゃんとそれなりの姿になってもらいますから」
「それなりの姿?」
「ま、とりあえず準備しましょう」
「あっ、ハイ」
そうですよね。
話によると今回の出張は、日帰りでサッと帰れるような簡単な内容では
ないらしい。行きも帰りもそこそこ手間がかかる以上、日をまたいでの
お仕事になるのは確実だ。だったらちゃんと準備はしていかないとね。
あいちゃんの事は気になるけれど、まずしっかり自分が準備しないと。
「まあ、基本はいつものスタイルで行動する事になるでしょうから」
机の上を手早く片付けつつ、社長がそんな事を言った。
「本当に必要なものだけ、収納魔法で持って行って下さい」
「了解です」
フツーの日本のフツーの社屋内で、こんな変な会話をしてるとさすがに
まだまだ違和感バリバリ。だけど、まあこれが標準ですからねホント。
いつものSSランク魔術師のままで行動するなら、着替えもいらない。
まあ下着くらいは持っていきます。が、学生時代ワンダーフォーゲル部
所属だったあたし。社会人になって以降も、基本バックパッカーです。
収納魔法が使えようと、荷物は軽く小さくで行きますとも。
それならば、わざわざ家に帰る必要もない。会社にある私物で十分だ。
なるはやで行った方がイイみたいな空気だし、手早く準備を済ませる。
「お待たせしました」
「早いね。じゃあ剛守君、悪いけどしばらく留守はよろしくね」
「承知しました。お気をつけて」
「あ、はい…って、えっ!?」
会釈する一瞬だけ目を離した隙に、剛守さんは社長の姿になっていた。
何ですかその早変わりは。そうか、留守番ってそういう意味なんだ…。
やっぱりあたしじゃ務まらないね。
「では行きましょう、丑三ツさん」
「はい!」
元気に答えるあたし。
うすうす感じてたけれど、やっぱりまた外に出たいと思ってたんだな。
こないだは割と痛い目にも遭った。でもそれで委縮するガラじゃない。
難しい案件だと言うなら、是非ともそのあたり自分の目で見てみたい。
図太くなってるなあ、ホントに。
まあいいや。
いざ行かん、社長と異世界出張!




