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走れスクーター

慣れるって、不思議だ。


意識が戻って目を開ける前に、もう肌の感覚ではっきりと確信できた。

寝かされているのが、なじみの深い自室のベッドの上だという事を。


ゆっくりと開いた目に映ったのは、やっぱり見慣れた寝室の天井。

だけど、日の差し込み方にだけ少し違和感があった。


もう夕方なんだ。

そして



帰ってきたんだ。


================================


ゆっくりと身を起こす。

どこにもケガは残っていなかった。だけど、痛みは残っていた。

自然に治ったんじゃなく、何かしら特殊な力で治癒した結果だろう。

…例えば魔術とか。

そんな事を当然のように考えている自分にも、もはや慣れっこだった。


時刻は、夕方の4時35分。

いつもならまだ仕事をしてる時間。何だか、ちょっと不思議な感じだ。

ベッドの傍らのテーブルに、小さな手書きのメモが残されていた。


ーーーーーーーーーーー

今日はゆっくり休んで。

また明日から!

ーーーーーーーーーーー


どの字もちょっと端がハネている。間違いなく、柳橋さんの字だった。


手に取っていたメモをそっと戻し、窓の外の空を見やる。いい天気だ。

こっちの世界も、晴れてたんだな。


また明日から。

そうだよね。


知りたい事は色々ある。

だけど、今日はゆっくり休もう。


今さら、あたしにできる事はない。ただ粛々と顛末を受け入れるだけ。

だとすれば、しっかり体調を戻して臨まないといけない。どんな結果が

待っているのだとしても、正面から受け止められるように。


とりあえず

水でも飲もうかな。


あと、今さらだけど。



おなか空いたなあ。


================================

================================


翌朝。


「おはようございます!」


ほんの少しの勇気を胸に、あたしは努めて明るく声を張り上げた。


「はい、おはよう」

「おはようございます」

「おはようっす!」


社長も剛守さんも玉見さんも、実にいつも通りの挨拶を返してくれた。

そして。


「はぁい丑三ツちゃん。おはよ!」


柳橋さんも、いつも通りだった。


================================


「ご心配をおかけしました」

「あーもうね、ホントにね!」


深々と頭を下げて詫びるあたしに、柳橋さんはからからと笑った。


「ぶっちゃけ労災っぽいけど、まあ貴重な経験だったと思ってね」

「はい」


そこは異存ありません。

確かに、こんな仕事をしているから巻き込まれたんだろうな…と思う。

とは言え、自分にとって意味のある経験だったのも間違いないんだ。

なら、後はもうひとつだけ。


「…あの、柳橋さん」


そこで、ぐっと唇を噛みしめた。

あの最後の瞬間、触れた手の感触。崩れていく砂のような感触。

残酷なほどに憶えている。そして、そこに残酷な確信も残っている。

それでもあたしは、受け止めたい。


あいちゃんの末路を。


「あいちゃ…あの子は」

「そうそう、丑三ツちゃん!」


食い気味の言葉に押され、あたしは黙った。…何だろう、圧が強い。


「そろそろ、あなた専用の社用車を用意しようと思っててさ」

「はえ?」


思わず、変な声を上げてしまった。

ありとあらゆる意味で、違和感しかない提案に言葉を無くした。

社用車?…しかも、あたし専用の?どっちかと言うと内勤系なのに?

しかも、何でこのタイミングで…?


「あの、それは」

「とりあえず見てみてよ!」

「はえッ!?」


見てみてって事は、もうあるの!?

どうしてそんなに急展開なの!?


「ささ、ホラ行きましょう」


疑問を口にする間もない。圧の強い柳橋さんの笑顔に促され、あたしは

何だか分からないまま後に続いた。って、他の人たちもついて来るよ。

何なんですか、この急なイベント。いったい何がどうして…?



覚悟がどっかに行ってしまってた。


================================


「はぁい、こちらになります!」

「……」


1階のガレージの片隅に置かれた、「それ」を目にした瞬間。

あたしは、さっきまでと違う意味で言葉を無くしていた。


アイボリーカラーのスクーターだ。

「社用車」と呼ぶには、あまりにもピンポイント過ぎるチョイス。


いろんな事が想像できてしまった。


あたしは、スクーターを買いたいと柳橋さんたちには一切言ってない。

初めてそう考えたのが、つい先日の日曜だったんだから。

あたしがその願望を話した相手は、ただの一人しかいなかったはずだ。

それは…


「こういうのを欲しがってるって、ちょっと聞いたもんだからさ」

「……」


やっぱり聞いたんですか。

あいちゃんから。


やっぱり、そういう事だったのか。

あいちゃんは最期に、そんな言葉を遺してくれてたって事なのか。


世界の全てに拒まれ、自分の未来をあきらめたあいちゃんが。

最後の最後に出会ったこのあたしの願いを、柳橋さんに託したのか。

それがこれなのか。


喜ぶべきなのか。

それとも悲しむべきなのか。

今のあたしには、全然分からない。分かるはずもない。


あいちゃんは、救われたのか。

それとも、救われなかったのか。

あたしには…


「ね、ちょっと見ててよ」


黙り込んだあたしにはお構いなく、柳橋さんがちょっとドヤ顔で言う。

ハンドル脇の赤いボタンを押すと、メーターの部分が微かに発光した。

そして。


『目的地ヲ指定シテ下サイ』


いかにもな機械音声が流れ出した。若干レトロな外観とのギャップが、

何だかちょっと気に障る。


「…AI搭載ですか」

「そうそう。凄いでしょ?」

「凄いですね」


答えるあたしの声も機械的だった。


嬉しくない。

今これを用意したよと言われても、カケラも嬉しくない。

…あたしは今日、こんな事のために出社したんじゃないはずなのに。

それは絶対に分かってもらえると、信じていたのに。

どうしてみんな、そんな能天気に…


「ま、とりあえず乗ってみてよ!」

「…分かりました」


もういい。

話題にしたくないと言うなら、もうあたしもしつこくは訊きません。

このスクーターがあたしへの気遣いだと言うなら、黙って受けます。

それがこの会社の方針なら。


スタンドを立てたままで、あたしは機械的にスクーターにまたがった。

まともな感情さえも抱けないまま、やや乱暴にシートに腰を下ろして…


………ん?


「きゃあ冷たあぁいッ!!」


思わず頓狂な裏声を上げてしまい、危うくそのまま転びそうになった。

シートの表面部分が冷たい!お尻が凍り付くかと思った!!


「やーい引っかかったアハハハ!」

『引っかかったー!!』


腰が引けた珍妙な姿勢で飛び離れたあたしに、愉快な笑い声が飛んだ。

あわてて目を向けると、柳橋さんが爆笑してる。社長たちは苦笑いだ。

え、何これドッキリなんですか!?

って言うか、いま、確かに…


『やーい智華ちゃーん!!』


スクーターから聞こえる機械音声のトーンが、さっきとまるで違う。

肉声にしか聞こえないその嬌声に、限りなく聞き覚えがあった。


「…あいちゃん?」

「そう!」


頷く柳橋さん、果てしなくドヤ顔。


「AIじゃなく、あいちゃん搭載のワンオフよ。気に入った?」

「はい」



あたしは、笑うしかなかった。


================================


「じゃあ、ちょっと行ってきます」

「気をつけて。安全運転でね!」

「はい」

『お任せを!』


すでに用意されていたヘルメットを被り、柳橋さんたちに見送られて

ゆっくりとガレージから走り出す。今日の午前中一杯、慣らし運転だ。

これも仕事の内だと言われたので、遠慮せずにとことん走ります。



二人で。


================================


………………………………


残念ながら、彼女の肉体はとっくに限界だった。維持すら無理だった。

次元跳躍にも耐えられなかったよ。

けど、魂だけはサルベージできた。全ての記憶と共に回収したんだよ。


…で、どんな経緯でこんな形に?


もちろん本人の希望でね。

ぶっちゃけ、肉体の錬成というのは禁忌に近い。ホイホイとそう簡単に

やれるような事じゃない。だけど、器を用意するくらいなら問題ない。

で、訊いてみたのよ。そうしたら、ほとんど即答で希望が提示された。


それがこの、スクーターだと。


そう。

あなたと一緒に走りたい、ってね。理由もちゃんと語ってくれたよ。

このくらいならお安いご用ですよ。何たって、頑張ったんだもんね。

あなたもあいちゃんも、どっちも。


柳橋さん。


ん?


ありがとうございました。


どういたしまして!

んじゃ、さっそく乗ってきな!



はい!


================================


『智華ちゃん』

「ん?」

『空の蒼さは変わらないね』

「そうだね」


本当にそう思う。

どこの世界でも、空は蒼いんだよ。

曇る日もあるけど、いつか晴れる。どこの世界の空も、誰の心も。


『あ、海だ』

「海だね」

『はは、ちゃんと風を感じられる。超テクノロジーだなぁ!』

「いい風だよね」


平日午前から、堂々とツーリング。イイご身分だなぁあたしって。

何か、頑張った甲斐があったよ。

ねえ、あいちゃん。


「これからもよろしくね」

『こちらこそ!』


空の向こうに、未来が広がってる。

どこまでも、限りなく広がる未来。


さあ、どこまで走ろうか。



道は続いてるよ!


挿絵(By みてみん)


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================================


================================


ガラッ!


大きな瓦礫が裏返る。

立ち上がった体から、おびただしい量の粉塵が舞い落ちた。


山頂部が無残に崩れた、山の中腹。

誰もいない寒々とした景色の中で、場違いな金髪が朝日を受けて輝く。


「…あの女ァ……」


かすれた声で、聖女はうめく。

見えるはずもない、遠い誰かの姿を見据えて。



日は、高く昇りつつあった。

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