聖女の憂鬱
カワイイは正義。
誰の言葉だっけ。誰でもいいけど。
あたしはこの言葉を、誰よりも強く実感しながら生きてきた。
ほんの小さかった頃から、あたしはとにかく可愛かった。自意識過剰と
言われそうだけど、こればっかりは事実だ。今にして思えば、あたしの
容姿というのはどこか特殊だった。単に整ってるってだけじゃなくて、
相手を問わずに庇護欲を刺激する。皆があたしを信じ、守ろうとする。
何が正しいのかを考える前に、まずこのあたしを守ろうとしていた。
最初に万引きしたの、いつだっけ。もう憶えてないくらい子供の頃だ。
もちろん呆気なく見つかった。友達二人と一緒だったけど、その一人が
しくじったらしい。後はそのまま、一緒だったあたしたちも捕まった。
だけどあたしだけは、店の人たちにただ心配された。共犯だという事は
どう考えても明らかなはずなのに、あたしはそのまま無罪放免だった。
友達二人は親や担任まで呼ばれて、大変な事になったってのに。
冤罪でも何でもなかった。あの時、ポケットには盗んだ手鏡があった。
それでも大人たちは、あたしに対し何の弁償も贖罪も求めなかった。
その事がきっかけで、友達二人とは絶縁関係になったっけ。
あの時初めて、何かが異常なんだとはっきり悟ったのを憶えている。
あたしという存在の何かが、他人の認識を歪めている。あたしに対する
無条件の肯定を生み出していると。それは、形を持たない異能だった。
誰に叱られる事も、否定される事もない。あたしはただ受け入れられ、
そして特別な存在だと認知される。認知されるたびに、あたしの異能は
ますます研ぎ澄まされる。そして、身の内で大きく育っていく。
カワイイは正義。
その言葉が、あたしの存在を端的に表していると思った。本来の意味と
違うんだろうけど、今のあたしにはどこまでもしっくりくる言葉だ。
みんなあたしを好きになる。
あたしが好きになる必要はない。
誰もがあたしを肯定し、守る。
そして今日。
聖女召喚という、ファンタジー全開の儀式があたしをここに招いた。
言うまでもない異世界。選ばれない候補がいる点まで、テンプレ通り。
この地に来た事で、あたしは自分の力に本当の意味の「納得」を得た。
ずうっと内に秘めていたあの力は、今日のためにあったんだと。
いいじゃない。
元の世界に帰れるかどうかなんて、もはやどうでもいい。どこの世界に
いても、あたしは肯定されるだけ。誰に対する思い入れも湧かない。
こんな力が使えるのなら、このまま聖女として留まるのも悪くないね。
で、何だって?
闇夜の魔女?
そいつを殺せばいいのね?
いいよ、やってやりましょう。
どうせ来たばかりの世界だ。余計な情報を得る前にサクッと排除する。
後の事は後で考えればいいだけだ。
さあ、楽しい魔女退治といこうか。
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「…話を聞いて下さい」
「あぁ?」
面倒臭いな、あの地味子。
選ばれなかったんならもう大人しく引っ込んでりゃいいのに、どうして
わざわざあたしの前に立つんだか。
ま、別にちょっとならいいけどさ。
「この子は、魔女じゃないんです」
は?
ここに至ってそんな事を言うわけ?
「この世界が変わってしまう前に、普通に生きてたただの日本人です。
あたしやあなたと同じ。だから」
「うるさいな」
ギュン!!
もういい。
面倒臭すぎる。
勢いよく手を振ると同時に、烈風が巻き起こった。我ながら怖い力だ。
足元でグダグダ言ってたあの子は、もう一回壁に叩きつけられる。
あー、痛そうだなぁホント。
元の世界じゃ、何だかんだ暴力的なイジメとかはしなかったからなぁ。
こういうバイオレンスは、さすがにちょっと引く。慣れてきてるけど。
ここでこの二人を殺せば、呆気なくその感覚にも慣れるんだろうなぁ。
ま、それはそれで…
ギイイィィン!
「痛うッ!?」
いきなり、冷たい一撃が襲い来た。反射的にガードだけはしたものの、
かざした手に霜が付いてる。何だ、冷凍系の魔術ってか?
小賢しい。
やる気か、闇夜の魔女。
望むところだよ。
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「あいちゃん……!」
震える両足に何とか力を込めつつ、あたしはかすれた声を絞り出した。
あたしのすぐ隣に立つあいちゃんの右腕は、聖女に向けてかざしてる。
その態勢のまま、指先がボロボロと崩れ始めているのが見えた。
さっきまでの細かい粒子じゃない。砂の彫像が壊れるみたいな崩壊だ。
モエビトの「力」を行使する事が、そのまま彼女の肉体を蝕んでいる。
「あぁ、もう限界かなあ…」
さすがに、自分の体が崩れる様子にショックを受けたらしい。声には、
隠し切れない絶望の響きがあった。
「ま、これが報いなのかもね」
「そんなわけない!」
あたしは、頷く事ができなかった。彼女の言葉に同意できなかった。
何の報いなんだ、それは。
彼女を殺しに来た人間を返り討ちにした事が、そんなに重い罪なのか。
冗談じゃない。
強大な相手だと知って挑んだなら、敗死はひとつの運命だったはずだ。
命を懸けて戦うというのは、そんな運命を受け入れてこそじゃないか。
彼女はただ、強かっただけだ。
カケラも望まないそんな力を得て、変貌する世界に置き去りにされて。
悪趣味な肩書きを背負わされた上、そんな罪を認めろと言われるのか。
報われなさ過ぎだ、そんなのは。
この世界の全てが、彼女を魔女だと断罪するとしても。
あの聖女が、高潔な使命感で彼女を亡きものにしようとしても。
あたしだけは、彼女を否定しない。
あたしは。
丑三ツ智華は。
転生管理会社・TKKの社員だ。
譲れない一線は、絶対に譲らない!
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イラつくなあ。
仲良しムーブが実にイラつくなあ。
なんかあたし、悪者みたいじゃん。そういうの、割と心外なんだけど。
大勢の人に請われてわざわざ来た。それでこんな扱いされるとさあ…。
人間だとか何とか、小難しい理屈を並べられたって不愉快なだけだよ。
あなただって、今日この世界に来たばっかりの身でしょうが。
何を「全部分かってます」みたいな事言ってんだ。そこがムカつくよ。
どっちが本当の事を言ってるか。
正直言って、どうでもいいんだよ。あたしにとって、思い入れなんかは
どこの誰にもないんだから。なら、適当に誰かの言葉に乗っかるだけ。
どれが本当かなんて、召喚される前からほとんど気にしてなかったよ。
あたしは、肯定される人間なんだ。それは、世の中の仕組みの一部だ。
何がしたいのかは分からないけど、そんなちっぽけな体であたしの前に
立ち塞がるな。それはこの世の中に逆らう行為だ。許されないってば。
…ああ、また面倒臭くなってきた。もういいよ。言い合いは嫌いだし。
変な後腐れとかが残らないように、思いっきりぶっ放して消し飛ばす。
たかが二人だ。もういいよね?
んじゃ、行くよ。
悪く思わないでよ。
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月明かりじゃない。
昼間のようなその光源は、おそらくあの聖女が本気で放つ一撃の光だ。
ここまでに受けた攻撃から分かる。
あの一撃には、耐えられないと。
あたしだけじゃない。あいちゃんの体も、跡形も残らないだろう。
逃げる機会は、自分から手放した。もう、何をするのも間に合わない。
「智華ちゃん」
「……」
「ごめんね」
「いいよ」
体の震えは、ピタリと止まった。
恐怖心も消えてしまった。何だか、変な達成感すらも心に湧き上がる。
口元の血を拭い、あたしはゆっくりあいちゃんに向き直って笑った。
「何だろ、後悔も何もないよ」
「…おせっかいだなあ、ホントに」
「誉め言葉と受け取っておきます」
「どうぞ、ご自由に」
あいちゃんも笑った。
初めて見る、嬉しそうな笑い顔だ。
見られてよかったなと思う。今は、ただそれだけを思う。
こんな有様だけど。
ここに来てよかったと。
彼女に会いに来てよかったと。
強がりなしにそう思う今の自分が、他のいつよりも誇らしいよ。
怖くない。
あたしは
あたしたちは
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「ムカつくんだよ、その顔が!」
もういい。
消えろ二人とも!
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ドッゴオォォォォォォォォォン!!
放たれた力は
地下に至る全てを砕き尽くし
そこにいた二人の許に到達し
そして
その力は
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「…あ?」
何?
巻き上がった粉塵の向こうが、何か不自然な球形の空間になっている。
まるでそこだけ、あたしの一撃から除外されたかのような…
ブワッ!!
疑念を吹き飛ばすように、しつこく待っていた粉塵が吹き飛んだ。
誰かいる。
あの二人じゃない誰かが。
…いや、あの二人も後ろにいる。
まだ原形を留めてる。
何だ。
何なんだ。
あの女は。
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「…………」
声が出せなかった。
倒れ込んだまま、かろうじて上体を起こして目の前を見やる。
月明かりの影になっていて、しかもこっちに背中を向けて立っている。
だけど、それが誰なのかははっきり確信できた。
一瞬ののち。
「大丈夫ですか、丑三ツさん?」
傍らから声をかけられ、視線だけをそっちに向ける。
ああ、やっぱり。
「玉見さん…」
「何か、かなりとんでもない状況になってますね」
「……」
「丑三ツちゃん」
「はい」
背中越しの言葉に、あたしは何とか呼吸を整えて答える。
「仕事熱心も程々にね」
「…はい」
おっしゃる通りだと、肝銘します。
「なぁにィ?邪魔する気ィ!?」
不機嫌そうな聖女の声が響くけど、もうその姿は見えなかった。
目の前に立つ人の、背に遮られて。
空気が震えるような、そんな感覚が周囲を満たした。
気のせいじゃない。傍らの小石が、微かに振動しているのが見える。
「ウチの大切な社員に」
「あ?」
「何してくれてんだテメェはァ!!!!!!!」
柳橋さんの、その怒声は。
冷たい空気を、根こそぎ震わせた。




