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闇夜の魔女

何も見えない。

あれからどのくらい経ったのかも、もう憶えていない。

時の流れなんて、何の意味もない。


あの日から、あたしの時は



永遠に、止まったまま。


================================


既に夜も更けている。街灯なんかは望むべくもないけど、その代わりに

星明かりが圧倒的だ。このあたり、逆に現代日本では望むべくもない。

行き交う人もいない寂しい街道を、ひたすら飛行魔術で突き進む。

さすがにジェット機みたいな速度は出ていない。新幹線にさえ劣る。

だけど、特急電車程度は出せているはずだ。飛行しつつ、現在の座標も

きっちり把握している。


もうそろそろだ。


速度を落とし、そのまま着地する。標高はそれほど変化していない。

だけどさすがに都市部からはかなり離れたらしく、何もない丘陵地だ。

冒険者ギルドの受付さんから聞いた情報では、この辺に潜伏している。


「………………」


意識を集中し、周囲を見回す。

もちろんあたしに、気配の探知など出来るはずがない。SSランクとは

言っても、それはあくまで出力的な設定に過ぎない。練度の足りなさは

数値設定では補えない…って話だ。所詮あたしはなんちゃって魔術師。

その点はちゃんと弁えないとね。


だけど。

北東の空を見やった瞬間、あたしは理屈ではないひとつの確信を得た。

そこに見えた光景に、形容しがたいデジャヴがあったから。


星が見えない。

他のどこを見ても満天なのに、その方角だけひとつの星明かりもない。

まるでそこだけ置き忘れてしまったかのように、黒々としている。

…いや、それだけじゃない。じっと目を凝らしてみれば、星が見えない

領域の境界部分が歪んでる。境界に浮かぶ星が、わずかに伸びている。

陽炎のように不条理な空間の歪み。だけどあたしには、見覚えがある。

リプネリスさんとゲームをした時、ランキング表示画面が歪んでいた。

規模感がまるで違うけど、それでも同質のものだという確信がある。


闇夜の魔女、か。



言い得て妙だな、本当に。


================================


ここまで近づけば、曲がりなりにも魔術師である感覚が教えてくれる。

大まかな対象の位置を。その感覚を頼りに、今回も地下迷宮に下りる。

今回はガチで暗い。なので暗視能力向上の魔術を発動させて行動する。

さすがに、この地に見覚えはない。ただ粛々と、黙々と歩を進める。


もう時計は見ていない。残り時間がどのくらいかも、意識していない。

自分で決めてここまで来たのなら、誰かに頼るような心持ちは嫌だ。

…我ながら、惚れ惚れする仕事への情熱だなぁ。まだ休日なのに。

だけどあたしは


ゾクッ!!


坂を下り切ったと同時に、凄まじい悪寒が全身を駆け抜けた。物理的な

温度低下もあるけど、これは違う。これは「気配」だ。圧倒的な気配。

魔女と呼ばれ世界中から怖れられる存在が、進む先に間違いなくいる。



世界を呪う、闇夜の魔女が。


================================


起源は、誰にも分かりません。

他の世界から来たのだという説も、かなり有力です。私も信じてます。


強力無比な魔術を使い、これまでに名だたる冒険者を屠ってきました。

村ひとつを消し去ったという伝説もあります。…さすがに眉唾ですが。


その存在は光さえ呑み込み、周りの人間の心をも黒く染め上げる。

放つ闇に呑み込まれた者たちは皆、おぞましい魔物へと変貌していく。

彼女はこの世界に在る全てを呪い、そして歪め続けている。


それが闇夜の魔女です。


語る事で思い留まらせよう、という意図があったのか、受付の女性は

思いのほか饒舌に説明してくれた。闇夜の魔女なる者の伝承について。

そこに誇張があったのかどうかは、よそ者のあたしには分からない。

彼女からの説明だけで分かる必要もない。分からない部分は確かめる。

自分自身の目と耳と体で。

悪寒を抑え込み、なおも前進する。もはや方向を疑う必要などない。

進む先に闇夜の魔女がいる事実を、ここに来る誰も疑わないだろう。

やがて目の前には、明らかに人工のものと思しき鈍重な石扉が現れた。


この向こうに、闇夜の魔女がいる。間違いなく、彼女はここにいる。


口を引き結び、あたしは身体強化の魔術を全身に巡らせる。そうして、

ゆっくりとかざした両手で石の扉を押し込む。…冷たい!何だコレ!

ドライアイスみたいな感触が皮膚を刺す。凍結してないのが不思議だ。

一体、どうしてこんなに…?


ザリッ!


考えてる間に、重い石扉が少しずつ内側に向かって開く。さすが安定の

SSランクだ。パワーも半端ない。冷たさを堪え、なおも押し込む。

ほどなく、どうにか身をくぐらせる事が出来るだけの隙間を作れた。

同時に手を離し、素早く中に入る。予想通り、中は外よりぐっと寒い。

食品貯蔵用の冷蔵庫ほどではないと思うけど、案の定息が白かった。


外とは対照的に、石扉の向こう側の空間は青白い光に満ちていた。

もちろん暗いけど、地面からの光が空間を淡く照らし出してる感じだ。


その空間の、ほぼ反対側の壁際に。


マントのような布を羽織って座る、小柄な影が見えた。周囲の空間が、

少しだけ歪んでいるように見える。顔は見えないけど、相手がこちらを

見ているという気配は伝わった。


ザリッ。

ザリッ。


迷わず歩み寄る。一歩ごとに温度が下がっているようにも感じるけど、

ここまで来たあたしには怯む理由になり得ない。ただ歩み寄っていく。

相手は動かない。相変わらず、顔も見えない。だけど、拒絶の意思は

伝わってくる。それでもあたしに、前に進む以外の選択肢なんてない。

ただあたしは、あなたに


バシュウウッ!!


何の前触れもなく、微細な氷の塊が飛んできた。しかも数百個単位で。

とっさに防いだものの、それにより更に周囲の温度が下がったらしい。

もう、あらゆる意味で時間がない。だからこそあたしは迷いを捨てる。


ここまで来たんだから。


「…はじめまして」


防御の態勢を解き、あたしは背筋を伸ばして何気ない口調で告げた。

ごく当たり前の、初対面の挨拶を。もちろん返事なんて返ってこない。

そんな事は分かってる。だったら、次はどうすべきか。強力な魔術で

先手必勝の攻撃を仕掛けるとか?


違う。

いま必要なのは、暴力じゃない。

互いを知るための、限りなく当然のひと言だ。


「あたしは丑三ツ智華。」

「…え?」


初めて、マントの影から小さな声が聞こえた。呪詛ではない、純粋なる

人の驚いた声が。


「東京都内の会社で働いてます」

「………………」


相手は何も言わない。だけど視線はあたしに向けられているままだ。

的外れな見解なら、こういう風には決してならなかっただろう。


あたしは戦いに来たんじゃない。

知らなきゃいけないと思ったから、ここまで独りで来たんだよ。

だから、迷わずに告げる。


「異世界の日本からこの世界に召喚されたんですよ」

「………………証拠は」

「地下迷宮です」


ようやく言葉を交わす事が出来た。だったもう、迷わず言ってしまえ。

少なくとも今のあたしには、そんな資格があるはずなのだから。


「世界は違っていたけど、あそこに眠っていたのは東京の街でした。」

「………………」

「あなたも、日本人ですよね」


ビクッと、肩が震えたのが見えた。黒い粒子が体から飛び散ったのも。


「…餃子、お好きですか?」

「え?」


よほどその言葉が意外だったのか、彼女は初めてあたしの方を見た。

ずっと影になっていたマントの奥に見えたのは、あたしと同年代らしき

女性の顔だった。


やっぱりか。


「すみません、宇都宮の印象って、とりあえずそれしか無かったので」

「…さすがに失礼じゃない?それ」

「ですよね」


笑ったのが見えた。微かに見えた。

魔女なんかじゃない、人間の女性の寂しそうな笑みが。

やっぱりここ、宇都宮だったのか。日本地理はどこの世界でも同じか。

確認していた座標は正しかった。



そして、最後の確信も得た。



ここは中世ファンタジーの異世界に見えるけど、本当はまったく違う。

自由の女神像を発見したテイラーの気持ちが、少しだけ理解できた。


ここは、歪められた世界だった。

世界の在り方も人々の常識さえも、根こそぎ歪んで変わり果てた世界。

誰が望んだ形なのか、モエルギーは現代日本にハイファンタジー世界を

こんな形で侵食させたんだ。


歪んだ世界で、たった一人。

歪む前の世界を記憶している彼女は「闇夜の魔女」と呼ばれた。

それほどまでに圧倒的な力を持ち、そして変わる事が出来なかった。

答えは、最初から目の前にあった。




彼女が、この世界のモエビトだ。

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