永遠の忠犬がいる世界
ドオォォォォォォォォン!!
「痛ったぁ…」
油断した。
体当たりを喰らって吹っ飛ばされ、壁に背中から思いっきり激突した。
この姿での痛みって、何気に初めてかも知れない。目の前で唸る獣は、
ロックサイクロプスより数段強い。
めり込んだ体を無理やり引き抜き、立ち上がって服の埃を手で払う。
痛かったけど、ダメージにまで至る一撃ではなかった。さすがSSだ。
あたしの頑丈さを警戒してか、獣は姿勢を低くして距離を保っている。
膠着だ。あたしが次にどう動くか、それにより戦端は再び開かれる。
一撃を喰らった事により、ある程度相手の持つ力は理解できたと思う。
率直に言って、負けはないだろう。SSランクのあたしが本気になれば
一方的に倒せるはずだ。この先に、何かしら奥の手でもない限りは。
相手は動かない。ただ警戒してる。あたしというにわかSSランクを、
警戒すべき相手だと認識している。さすがは獣の直感、恐れ入るよ。
だけど。
先制攻撃を喰らってしまったのは、単なる油断じゃない。いくら何でも
そこまで気を抜いたつもりはない。しっかり気を張って対峙していた。
一気に間合いを詰めた、あの瞬間。
坂を下りきった広間で、真っ向から向き合った。地下迷宮にも関わらず
周囲には不思議な開放感があった。そして同時に、強烈なデジャヴが。
地下深くの、薄暗がりの中の景色。
そして目の前にいる、金属のような肌を持つ巨大な獣。
ずうっと抱いていた困惑が、確信に変わった瞬間だった。
だからこそ、対応できなかった。
目の前の、巨大な犬の一撃に。
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なおも動かない相手を牽制しつつ、あたしは身体強化術を発動させる。
デタラメSSランクは、こういう時実に便利だ。非常に雑な思念だけで
きっちり発動してくれるから。
ダン!
地面を踏み割りながら一気に跳躍。犬の頭上を軽やかに踊り超えると、
天井ギリギリの軌道で放物線落下。見事狙いのポイントに着地した。
そう、ピンポイントで「ここ」に。
「グルルオォォォォッ!!」
跳躍軌道を追って向き直った犬が、怒りの咆哮を轟かせた。その巨体を
翻らせて、一気に突っ込んでくる。今度こそあたしを殺す気だろうな。
あたしは、その突撃をかわそうとは思わなかった。ただ待っていた。
彼が、ここまで到達するのを。
そして。
「ゴアアァァッ!」
「待て」
猛る犬に、あたしは右手をかざして穏やかに告げた。
「待ってるんでしょ?先生を」
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静寂は、唐突だった。
彫刻を思わせる質感の犬は、本当に彫像のように停止した。赤い目が、
目の前のあたしをじっと見ている。怒りではない、別の感情を湛えて。
そうだよね。
きみは、そういう犬なんだよね。
そんな姿になっても。
上野先生を、待ってるんだよね。
「あたしは、あなたを知ってるよ」
「………………」
巨大な顔を見返しながら、あたしは今さらその威容に確信を深めた。
そうだ。
何度も見た事があったんだよ。
今までも、そして多分これからも。
君の事は、ずっと前から知ってた。
拭いきれなかった違和感に、やっと答えが出た。間違いない答えが。
ここに至るまでに下ってきた坂道。
あれは、道玄坂だ。
何度も買いものの際に通った道だ。
この子と向き合った、眼前の広間。
あれは、スクランブル交差点だ。
いつも人の多さに辟易していた。
そして今、傍らに立っている台座。
すり減ってるけど、文字は読める。
いつの時代でも、人が待ち合わせの定番として集っていた場所。
この子の名を関する、この場所。
「あなたなんだよね、ハチ」
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ゆっくりと身を起こした巨大な犬―ハチ公像は、誰もが知る姿勢になり
そのまま動きを止めた。その瞳から光が消え、完全な彫像に還る。
大きさはずいぶん変わってるけど。
その佇まいを、見間違えはしない。
その名は、忠犬ハチ公。
この場所を
渋谷を象徴する存在だった、日本一有名な秋田犬だ。
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「お戻りですか。ずいぶん長く…」
あの受付女性は、あたしの顔を見て言葉を切った。何か感じたらしい。
ポーカーフェイスが苦手なのはもうずっと前からだ。別に気にしない。
愛想笑いする気分じゃないから。
「いかがでしたか、ケルベロスの」
「行ってきました、目ぼしい迷宮はほとんど踏破してきました」
「え!?」
ガラン!
驚く受付さんの目の前に、いくつか大きな宝石を出して雑に並べる。
さらに驚いて目を開く彼女。そして背後からは、また野次馬が集まる。
今さらどうでもいい、そんなのは。
何がトレジャーハントだ。
ショッピングモールのテナント内に遺された商品を漁るだけの仕事だ。
悪いけど、性に合わないよ。
どこの迷宮でも似たり寄ったりだ。位置関係もしっかり調べてきた。
調べれば調べるほど確信がどんどん深くなり、そして気が滅入った。
5つのダンジョンを一日で踏破し、もはや疑う余地のない所まで来た。
だからあたしは、ここに戻った。
「まだまだあります。で、ちょっと教えて欲しいんですけど」
「な、何でしょうか?」
「闇夜の魔女は、今どこに潜伏しているんですか?」
ザッ!!
背後にたかっていた冒険者たちが、一斉に後ずさる音を聞いた。ああ、
やっぱりそういう反応になるのか。でも、そんなの今さら構わないよ。
さっさと教えて下さい。
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「すみません。それは規約でお教えできないと」
ガラガラガラガラガラッ!!
最後まで聞かず、あたしは収集した「お宝」を一気に目の前に出した。
瞬く間に、カウンターがいっぱいになってボロボロとこぼれていく。
「全部、情報料として進呈します。だから教えて下さい。噂くらいは
聞いてるんでしょ。だから早く」
「し、しかし危険過ぎます。勝手な行動はさらなる危険を」
バシュバシュバシュン!!
みなまで言わさず、あたしは彼女の背後の壁をレーザーで穿った。
ヒッというかすれた声と共に、その顔が恐怖で引きつる。
「時間が無いんですよ、早く!」
悪い事をしているのは分かってる。トラウマになるだろうって事も。
それでも、時間が無いのは事実だ。あたしにも、そして彼女にも。
両国。
浅草。
日本橋。
そして桜田門。
どこもかしこも、陰鬱な地下迷宮と化していた。朽ち果ててもなお、
その面影は圧倒的だった。
これだけ目の当たりにすれば、もうあたしだって困惑とは縁を切る。
受け入れた上で、今のこの不条理な状況への検証と理解とを構築する。
今のあたしだからこそ分かる事が、確かにあるんだから。
なら、次にすべき事はひとつだ。
闇夜の魔女に会う。
そして彼女と話して、見極める。
それこそが、あたしの仕事だから。




