ケルベロスの迷宮
「…これをお一人で?」
「ええ、まあ…ハイ」
…あたし、何かやっちゃいました?
冒険者ギルド受付の女性の表情に、否応なしにそんなテンプレセリフを
想起してしまう。ゴブリン10体を一人で討伐って、そんなに不自然な
戦果だったのかしら。…こないだのロックサイクロプスと比較すると、
かなり雑魚だと思ったんだけど…
難しいなあ、ホントに。
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「…まあ、鮮度からして、誰かから買い受けたのではなさそうですね」
骸の状態をチェックしつつ、受付の女性はそんな事を言った。
「そもそもこれらの個体、けっこう難度の高いハイゴブリンですよね。
どうすればここまで原形を維持して絶命させられるんです?」
「それはまあ…威力を絞って。」
レーザービームと言ったところで、理解してくれるわけがない。
そもそもあれとて、本来の意味でのレーザービームじゃないだろうし。
「ハイゴブリンだと?」
「おお、スゲェな。こいつら全部を嬢ちゃんが倒したってのか?」
もたもたしてる間に、背後に大勢の荒くれ冒険者さんが集まっている。
感心半分疑念半分といった視線が、否応なしにあたしの背に注がれる。
…何だろうか、この謎の罪悪感は。
「一体どうやったんだよ。ちょっと見せてくんねえか嬢ちゃん?」
「ああそうだ。ぜひ見せてくれ!」
わぁ勝手に盛り上がらないでよぅ。こんな形で目立ちたくないよぅ…
手続きとしては問題なさそうだったのに、受付さんまで目で「やれ」と
圧をかけてきてる。何だこの窮状。あたしが何をしたってんですか?
…いかん、ちょっと腹立ってきた。
「ちょっと小さな穴開けますね」
「は?」
バシュバシュバシュン!!
受付さんの返答を待たず、横一列に並べられたゴブリンの骸を目掛けて
なんちゃってレーザーをぶち込む。唐突な暴挙に、周りにいた冒険者が
ヒッと声を上げて後ずさった。
一瞬の閃光と、小さく穿たれた孔。そしてそこから微かに立ち上る煙。
百聞は一見に如かず。みな等しく、知りたい事を知って黙り込んだよ。
これぞSSランク。
どうだ、恐れ入ったか。
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「スゲェな…」
予想通り、床まで穴が貫通してた。何人かが興味深げに見てます。
「あんな凄腕、いたっけか?」
「聞いた事もねえな」
「まさか、闇夜の魔女とかじゃ…」
「え?」
「あ、いや何でもねえ!」
思わず向き直ったあたしに、会話をしていた数人の男性たちは慌てた。
「闇夜の魔女って…」
「すまんすまん!冗談だよ、冗談!それほど凄腕だってだけだ!!」
「……そうですか。」
いちいちリアクションに困るけど、あんまり食い下がるのはよそう。
変なヤブヘビになったら困るし。
「闇夜の魔女」という謎ワードは、召喚された時にも耳に挟んでいた。
そもそも聖女の召喚は、その魔女を倒すために行われたはずだ。なら、
この世界を脅かす存在なんだろう。正直、今のあたしの手に負えるとは
とても思えないし関わる気もない。まあ、興味ないとは言わないけど。
もしあの子が戦う事になるのなら、健闘を祈るばかりですね。
うん。
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「ご確認ください」
「はい。…確かに」
ようやく討伐の報酬が受け取れた。きっちり金額も確認します。OLは
こういうところキチッとするのだ。これにて冒険者の仕事は終わり。
後はご当地グルメをちょっと…
「あの、ウシミツさん」
「はい?何でしょう」
「あなたの腕を見込んで、もう少し稼げるお仕事を紹介したいなと」
「え?」
稼げるお仕事って…
うん、聞くだけ聞いてみましょう。
何事も経験だ。
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「トレジャーハントって…つまり、お宝を取ってくるって事ですか」
「そうです。よくご存じで」
いや言葉の意味はすぐ分かるけど。それが魔物の退治より割がいいの?
「ご経験はありませんか?」
「ええ、なにぶん日が浅くって」
浅いというか、まだ数時間ですし。知らない事だらけの世界ですしね。
「公示はしてないんですが、実際は広く知られています。と言っても、
半端な実力の人に斡旋しないという不文律があるものですから」
「ああ、なるほど。…じゃ聞くだけ聞きます」
「こちらになります」
そう言いつつ受付さんが差し出した書類に、黒々と書かれていた表題。
『ケルベロス迷宮の手引』
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…うん、ケルベロスという名前も、この世界には存在してるんですね。
ファンタジーは世界を超えるのか。不思議だなあ。
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そんなわけで、やって来ました。
つくづく展開が速い。何と言ってもタイムアタックだから。場所的にも
けっこう近かったし、まあ行くだけ行ってみようって事で請け負った。
トレジャーハントってのは、地下のダンジョンに眠る「異界の財宝」を
集めてくるお仕事らしい。いわゆる魔物討伐とは、全く異質な内容だ。
途中で魔物と遭遇するリスクもあるらしいけど、それよりも問題なのは
ダンジョン自体が複雑怪奇な構造になっている点。下手に深い地点まで
行ってしまうと、帰り道を見失って力尽きる。とにかく謎の多い場所で
出現する魔物も非常に特殊らしい。…もしかして、異世界の異世界か?
「いかがでしょうか」
「達成ノルマは無いんですよね?」
「ええ、完全な歩合制ですので」
「んじゃ、ちょっと行ってみます」
割と軽いノリで承諾しました。まあ深入りする気は無いし、よっぽどの
強敵でもない限り負ける事はない。だったら社会勉強も兼ねて行こう。
せっかくの機会なんだし。
もちろんソロだ。誰もついて来ないよう、床に孔を穿って言い含めた。
皆、縮み上がって散っていったよ。何か染まってきたなあ、あたし。
てなわけで、現在に至る。
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入口は狭かったけど、ほどなくして大きな空間に出た。地下なんだけど
ほのかに壁のあちこちが光を放っているらしく、それなりに見渡せる。
ここがケルベロスダンジョンか。
「………………」
何だろう。
見渡して感じるのは、怖れとかではなく純粋な「違和感」だ。何だか、
空間の構成が非常にいびつである。
天井が高いのは見て分かる。だけどその下の空間が、しっくりこない。
何と言うか、屋外空間を想起させるような構造になっているのである。
例えて言うなら…ええっと…何だ…
「映画のセットだ」
そう口に出した途端、腑に落ちた。ちょっとだけ声が反響している。
そうだ。屋外を表現した、大規模なセットみたいな印象なんだここは。
本来なら空が広がってそうな空間の上が、デコボコの岩肌になってる。
どうしてこんな不自然な空間が…?
まあいいや。
とりあえず今は、トレジャーハントとやらに挑戦してみる。目の前には
緩やかな坂がずうっと下に向かって伸びている。さすがに坂の下までは
見通せないし、坂全体が徐々に右にカーブしてるから余計に見えない。
まあ道幅(?)はけっこう広いし、なだらかだから歩くに苦労はない。
まずはゆっくり下ってみましょう。我ながら肝が据わってるなあ。
いざ、お宝を目指してGO!
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「………………」
黙々と歩く。
坂は実に緩やかで、ハッキリ言って歩く人にとっても優しい感じだ。
道なき道を突き進むお宝探しとは、どうにもイメージが合いません。
何なんだ、この拭えない違和感は。
恐怖じゃない。不安でもない。まあ強いて言うなら、困惑だろうか。
間違いなく危険な場所に向かってる肌感が強まる一方、歩けば歩くほど
妙なデジャヴみたいなものが湧く。…あたし、ここに来た事がある?
そんな馬鹿な。いくら何でもそれは飛躍し過ぎている。つい数時間前に
召喚された世界に、どんな見覚えがあるって言うんだ。おかしいって!
いや、それでもあるんだ既視感が。どうしても否定できない既視感が!
予感がある。
この坂を下りきった先に、あたしの困惑に対する答えが待ってる予感。
そして分かる。もう少し行ったら、この下り坂が終わるという事も。
もう少しで…
ほら、予想通りだった。
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そこは、さらに開けた空間だった。地下とは思えないほどの開放感だ。
放射状に何本かの道が伸びており、その1本が下ってきた坂だった。
どの道も広い。とにかく広い空間。たった一人でいる事の違和感よ。
ここは…
ドオォォォォォォォォン!!
考える前に、鈍い音が響いた。
目の前の空間の一部が大きく崩れ、そこから巨大な「何か」が現れる。
四つ足の獣だ。つまりケルベロス?いや、頭はひとつしかないけど…
いや、そもそも生物じゃないのか。金属か岩か、とにかくそんな質感の
ゴーレムか何かだ。あの時に戦ったロックサイクロプスは岩の肌を持つ
怪物だったけど、これは「違う」。生物的な存在感を放っていない。
何かしらの力によって動いている、巨大な作りものの獣だ。
ケルベロスと形容するのは、かなり無理がある。元の世界基準だけど。
両目を赤くを光らせつつ、あたしをじっと睥睨している。何と言うか、
歓迎されてないのは肌で感じます。…つまり、お宝の番犬なのかしら?
ここまで来た以上、逃走って選択はない。まずはとにかく戦ってみる。
でないと、先には進めないだろう。
断じてお宝が欲しいわけじゃない。そうじゃない。あたしが欲しいのは
違和感に対する納得だ。おそらく、目の前のケルベロスが答えに繋がる
何かを持っているはずだ。
よおし。
魔術師ウシミツ、推して参る!!




