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遠い世界の少年

「着きますよ」

「ああ…ハイ」


「やっとですか」というひと言を、かろうじて呑み込んで頷く。

トラックの助手席は、今回が初めてだった。ちょっと緊張もしていた。

異世界へ渡る道中なんて、どういう光景なのか想像できなかったから。


だけど実際には、ずぅーーーーっと灰色のブロックが左右にある道路。

表面がざらざらだから速度や距離は実感できるけど、とにかく退屈だ。

よくこんな道、飽きずに運転できるもんだなぁ…と変に感心した。



ともあれ、異世界に到着ですね。


================================


「アプリの使い方、分かります?」

「ええもちろん。コレですよね」

「そうそう。やっぱり習得が速い。さすがですね」

「いやあ…」


称賛の言葉には曖昧に答えておく。ここで言うアプリとは、己の容姿を

変化させる代物だ。前回行ったあのロックサイクロプスの世界において

登録し、ズルでレベルアップをした「あの」SSランク魔術師である。

スマホアプリを手早く起動させる。と同時に、光が全身を包み込んだ。


キュイン!


もはや「着替え」なんて概念を超越した、文字通りの「変身」である。

黒いローブ姿でトラックの助手席に座る自分が、違和感の塊ですね。

今さらって話だけど。

カッコいいから家で何度も試した…というのは、誰にも言ってません。

そりゃ操作も慣れるってもんです。


そして、これまた今さらな事を質問しておこう。


「あの、これいいんですか?」

「と言うと?」

「違う世界の仕様ですけど、これでウロウロしてもいいのかなって…」

「ああ、気にしなくていいですよ」


玉見さん、あっけらかんと即答。


「ぶっちゃけ、転生後の世界なんて似たり寄ったりですからね。魔法が

デフォルトで存在する系だったら、その仕様で全然OKですよ」

「へー…なるほど…」


身もフタも無いなあ、その言い方。確かに現実はそうなんだろうけど…

いやいや、別にそんな卑屈な考え方しなくてもいいか。元の世界に似た

並行世界でも、道行く人々の服装はまったく同じだ。その中に紛れても

誰も気付かないだろう。だったら、これも堂々と振舞えばいいだけだ。


ちなみに…


「この姿でのSSランクって、他の世界でも通用するんでしょうか」

「大体の世界で最強クラスですよ。それこそ転生者とかが相手でないと

苦戦にすらなりませんって」

「さいですか、やっぱり」


キャラメイクに失敗したかなあ…。まあ目立たないよう気をつけます。


「じゃ、行きましょうか」


今回は玉見さんもそれっぽい容姿になってのお仕事だ。似合ってます。

ランクは………聞かないでおこう。



さ、いざ行かん。


================================


「平和ですね」

「ええ、そうですね」


思わず口をついたあたしの感想に、玉見さんは何となくドヤ顔で即答。

この人にしては珍しい感じだった。


それはそれとして、ここはなかなかいい世界だ。小さな街に来たけど、

治安がいいのがひと目で判る。で、この世界独自の異能も見て取れる。


「何歳になった時に神から授かる…系の世界ですよね?」

「ええ。15歳です。まあ、戦いに特化した力は稀らしいですよ」

「それは珍しいですね」


物語の世界でも、そういった異能を授かる設定は戦いとセットの場合が

大半だ。どんだけ物騒な世界だよと言いたくなるけど、テンプレだろと

言われたら反論できない。だけど、ここの世界はそんな物騒じゃない。

そして、得た異能の管理に関してもきっちり制度が決まってるらしい。


うん、本来はそうあるべきだよね。神様から授かる力なんてものはね。

当たり前が当たり前に機能している世界は、これほどまで平和なのか。


何だか、テンション上がるなあ。

うん。


================================


「それで、この街に転生者がいるという事なんですよね」

「ええ、そうです」


問わなくても分かってたけど、一応確認しておく。

この世界に来てから、ほぼまっすぐこの街に来ている。街に入った後も

足取りに迷いがない。という事は、目的地が最初から決まってるんだ。

おそらく、何度か来てるんだろう。玉見さん、すれ違う人の何人かとは

会釈までしてるし。常連さんだね。…あたしはどう見られてるんだろ。


そうこうしているうちに街の中心を抜け、北の牧草地にまで至った。

ここまで来ると、酪農を営んでいるらしき家もかなり大きくなってる。

あ、牛だ。元の世界と変わらない。あ、犬もいる!可愛いなあ!


「楽しそうですね、丑三ツさん」

「え?…あ、ハイ。いいとこだなと思いまして」

「俺もそう思いますよ」


何だろう、実感こもってるなあ。

まあ、悪い事じゃなさそうだけど。


やがてあたしたちは、一軒の大きな家の前で足を止めた。ひと目で判る

酪農家だ。でっかいサイロだなあ。どれくらいお金持ちなんだろうか…

などと下世話な事を考えてる間に、玉見さんは敷地に足を踏み入れる。

あわててその後に続く。どうやら、本当にここでは顔なじみらしい。

入口の脇の小屋にいた男性も、軽く会釈しただけだった。こういうの、

何だか不思議だなあ。ここの人と、どれくらいの付き合いなんだろう。


まあ、そろそろ分かるだろうけど。


================================


「こんにちは」

「あらタマミさん!お久し振り!」

「ずいぶんご無沙汰ねぇ!」


中庭のような場所で作業をしていた女性たちが、ワッと湧き立った。

…いや、普通にモテますねこの人。本当にいいんだろうか?だって…


「あらあら、もしかして恋人!?」

「ヤだホント!?ショックだわ!」


えっ?まさかあたしの事ですか!?いやいや誤解です!あたしは…!!


「仕事の後輩ですよ。ご心配なく」

「ああらそうなの。よかった!」

「こんにちはー!ええっと…」


「…ウシミツです。よろしく」


あっさり恋人説は消え去りました。それはそれで、何だか謎の敗北感。

まあ、ここは割り切らないとね。


………………

悔しくなんかないもんね。


================================


「ジューイはいますか?」

「ええ、向こうでエサ袋運んでる。久し振りだから、喜ぶと思うよ!」

「どうも。じゃあこれ、皆さんで」

「あらあら!どうもアリガト!」


どこに仕舞ってたのか、玉見さんはお菓子の包みを女性たちに渡した。

…いやそれ、駅前のお店で売ってるマドレーヌですやん。いいのか?

…いいのかな、マドレーヌくらい。何ならあたしもひとつ欲しいけど。


「それじゃ」


軽く手を振ると、玉見さんはさらに奥の方へと迷いなく歩いていく。

あたしも軽く頭を下げて後に続く。皆さんはマドレーヌに夢中ですね。

どこの世界でも、スイーツは強い。


それはそうと…


「ジューイというのが、この世界に転生したモエビトなんですね?」

「そうです」

「どんな力を持ってるんですか?」

「いやあ、まだ何も」

「へ?」


「まだ」何もって、それはつまり…


「その人、おいくつなんですか?」

「5歳の少年です」

「えっ!?」


ちょっと声が裏返ってしまった。

5歳って事はまだまだ、この世界の異能に目覚める年齢にはるか遠い。

前回のサラリーマン転生者の時は、一足飛びに覚醒の時に赴いたのに!

いや、そもそもの話…


「ひょっとして、転生した瞬間からこうして見守ってるんですか?」

「やっぱり分かります?さすが!」


そう言って足を止めた玉見さんは、あたしに二ッと笑いかけた。


「ちゃんと見届けたいんでね」

「見届けるって…そのジューイ君の成長をですか?」

「そう」

「また、どうしてそこまで…?」

「俺のエゴと、そして責任ですよ」


笑みを浮かべたままの玉見さんが、どこか寂しげな表情になった。


「ずいぶん小っちゃくなったけど、たった一人の俺の兄貴なんでね」

「え?」


兄貴?

それがモエビトで、転生者で…


………………え?



空は、どこまでも蒼く澄んでいた。

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