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アフターケアのお仕事

柳橋さん。

少し入れ込み過ぎじゃないですか?


え?…ああ、丑三ツちゃんの事?

やっぱそう見えるかな。


順応してきてるのは分かりますが、追いつけてるかどうかは疑問です。

歪みが生まれても不思議じゃない。少なくとも、俺はそう思いますが。


まあ、確かにそういう向きはある。自覚もしてる。ご指摘ありがとね。

こういうのって、自分じゃなかなか客観的に見られないもんだからさ。

じゃあ、ちょっと頼んでいいかな。


俺にですか?


そう。

あなた自身が、今の丑三ツちゃんをちょっと査定してみてよ。その上で

問題アリと判断されれば、あたしも認識を改める。それは約束するよ。


…俺、忖度は出来ませんよ。


もちろん。でなきゃ困るよ。

じゃあ、よろしくね。



分かりました。


================================


「外回り?」

「そう」


その日も良く晴れていた。

とは言え、あたしは内勤。外に出る機会なんかないなーと思っていた。

思っていたところに、柳橋さんから声をかけられた。


「玉見くんと、何件か回ってきて」

「あたしで大丈夫な案件ですか?」

「ああうん、それは大丈夫。どれもアフターケア系だからさ」

「…なるほど」


さすがに、細かく説明されなくても大体分かるようになってきてます。

「アフターケア系」とは、要するにモエビトが転生した後のケアだ。

お仕事としていくら数が多くても、異世界転生なんて奇跡に近い事象。

無事に終わった後でも、それぞれの世界は定期的にチェックする。

データ整理の中で勉強してるけど、実際に立ち会った事はまだない。

まあ、これも業務体験なのかもね。


「分かりました、行ってきます」

「よろしく!」


言ったらすぐがこの会社の基本だ。そそくさとパソコンを閉じて準備。

ここだけの話、事務仕事はけっこう一段落していたから、ヒマだった。

また新たな何かを見て学べるなら、いい気分転換とステップアップにも

繋がるかも知れないよね。


「じゃ、よろしくお願いします!」

「ああうん、よろしく」


元気に言い放つと、玉見さんは少し気後れした感じで答えてくれた。

あ、あたしがここまで切替えが速いとは思ってなかったのかな。



さーお仕事お仕事!!


================================

================================


ノリがいいな、この子。


最初の時は振り回されっぱなしって印象だったのに、もう慣れたのか。

ここまで順応性が高いなら、そりゃ柳橋さんも積極的に連れ回すよな。


まあいい。



俺は、俺なりに見究めるだけだ。


================================


「あー、ここなんですね」

「そう」


今は二人だけなので、丑三ツさんも助手席に乗せる。やって来たのは、

ついこの間のトラック転生の世界。夕刻だと、ますます元の世界との

違いが分かりづらい並行世界だな。


「つまり、ミガワリの確認ですか」

「相変わらず察しが早いね」

「いやあ、さすがに慣れてきたかも知れません」


にへらと笑う顔は、普段の印象より幼く見える。こんな顔するんだな。

ちょっと意外だった。


「そろそろ来るぞ」

「あ、あれですかね?」


いち早くターゲット人物を見つけたらしい丑三ツさんが、ドアを開けて

外に降り立つ。いや早いなこの子!って事で、俺も慌てて降りた。


歩み寄ってきたのは、見覚えのあるサラリーマンだった。見覚えって、

あるのが当たり前だ。


他でもない



俺がトラックで轢いた本人だから。


================================


「…あ、どうも」


声を発したのはサラリーマンの方が先だった。俺たち二人が誰なのか、

まだちゃんと理解しているらしい。


「どうですか、首尾は」

「問題ありません。まあ、奥さんがちょっと訝しんでるくらいですね。

もう少し呼吸が掴めれば、そっちの疑念は解消すると思います」

「気をつけて下さいね」

「もちろんです」


言葉を交わしながら、チラと傍らの丑三ツさんに目を向けてみた。

ちゃんと聞いてる。しかし、質問を挟もうという気配は特に見えない。

会うの初めてだろうに、この状況をすんなり受け入れてるのは凄いな。


「問題がないようなら、多分これが最後になると思います」

「分かりました」

「それでは、今後の人生をよろしくお願いします」

「はい」


小さな笑みを浮かべ、サラリーマンは俺たちに頷いた。そしてそのまま

家路を歩いて去っていく。あの様子なら、もう大丈夫だろう。立派に、

そして当たり前の事として「彼」の人生を歩んでいってくれる。

感慨が湧くのは、いつもの事だ。

ちらと見れば、丑三ツさんも同様に感慨の表情を浮かべている。


やっぱり順応が早いな、彼女は。


================================


「ホントにそっくりですね」

「まあ、そうでなきゃ問題ですよ」


去っていった姿は、もう見えない。おそらくもう、会う事もない。


彼が何なのかは、丑三ツさんも既に知っている。でなきゃ困る。

「ミガワリ」と呼ばれる、転生者の人生を引き継ぐ存在だ。原則的に、

転生と同時に女神が創造して送る。これまでに何人も経緯を見てきた。

人生を乗っ取る…と言うと聞こえが悪いが、絶対に必要な存在である。

転生は多くの場合、永遠の行方不明となる。もちろん明確な「死」で

始まる例も無くはないが、最近ではかなり少なくなっている。


スワンプマンか、テセウスの船か。哲学的に考え出したらキリがない。

事情を知っていればホラーな構図と言えなくもないが、結果オーライと

割り切った方がいい。余計な不幸を生むよりはよっぽどマシだ。


とは言え、受け入れられない人間がいるのも事実だ。前に在籍していた

若い女の子は、これが嫌だと言って会社を辞めた。柳橋さんも社長も、

あえて止めはしなかった。もちろん俺も止める気はなかった。彼女は、

退職前に会社に関する記憶の一切を消された。やむを得ない措置だ。

こんな仕事をしていれば、常人には理解も納得もできない事が起こる。

それを拒絶したところで、その人が悪いとは間違っても言えない。


俺や剛守さんならともかく、ここにいる丑三ツさんは普通の人間だ。

この状況を受け入れる事が出来ると信じるのは、まだまだ早いだろう。

だからこそ、俺は今ここにいる。


彼女は…


「世界を丸ごと創れるんですから、人一人くらい楽勝って事ですよね」

「え?…ええ、まあそうですね」


興味深げなその口調に、俺は何だか間抜けな返しをしてしまった。

語る彼女の声に、葛藤の響きなどはまるで感じられなかった。


「早く馴染むといいですね」

「…そうですね」

「完全に馴染んだ後は、もう自分がミガワリだった自覚は無くなるって

感じなんですか」

「確認した事はありませんけれど、リプネリスさんはそう言ってます」

「はー…やっぱり同じだなあ」

「同じって、何と?」

「あ、ご存知ないですか?」


こちらに振り返った丑三ツさんは、何となくドヤ顔になっていた。


「星新一の作品に、これとほぼ同じ描写があるんですよ。…ある意味、

あれも異世界転生系の元祖的な作品だったのかなーって!」

「星新一って…」


そんな事考えてたのか、この子は。

倫理とかそういうの、もうとっくにどうでもよくなってたんだな。

…気を揉んでた俺がバカみたいだ。


「残された人はどうなるのかって、ずっと思ってたんです。」


口調をあらため、彼女は言った。


「こんなケアがされているのなら、あたしは喜んでお手伝いしますよ。

妄想のエネルギーに振り回されて、誰かが不幸になるなんて嫌ですし」

「そうですね」


思わず即答した。

なるほど、柳橋さんの言う通りだ。俺が思う以上に受け入れてるなあ、

この子は。


「ええと、次はどこでしょうか?」

「え?ああ、じゃ乗って下さい」


促され、俺は我に返った。

そうだ、まだ仕事は終わってない。もう一件、確認すべき相手がいる。

そこに行くのなら、彼女は…


「今度は、転生した人間の方です。つまり異世界側ですね」

「あ、そっちもあるんですね」

「ちょっと時間かかりますからね」

「了解です!」


そんな言葉を交わし、俺はトラックをゆっくりと起動する。

次に向かう世界は、けっこう遠い。何度も行ってる場所ではあるけど。


正直、ちょっと抵抗があった。

丑三ツさんを、このままその世界に同行させる柳橋さんの判断に。

だが見極めるといった以上、これが必要な事なのは間違いないだろう。

そして今なら、まあいいと思える。

きっと彼女なら大丈夫だろう、と。


やっぱり柳橋さんの言う通りだな。


「あれ、玉見さん笑ってます?」

「ええ、まあ」

「あたし何か変な事言いました?」

「いえいえ、お気になさらず」

「気になるなぁ…」


笑ってたか、俺。

まあ、それならそれで悪くないよ。


「じゃ、行きましょう」

「安全運転でお願いします!」

「承知!」


イイねえ、こういうノリ。



どうせなら、明るく行こうか。


================================


挿絵(By みてみん)

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