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何のために生きるのか

長々と感傷に耽るほど、この人物に思うところがあるわけでもない。

また、あまり長々とここに留め置くのもよくないだろう。


「じゃあ、送るね」

「はい」


リプネリスさんのひと言に頷いて、あたしは「魂」から距離を取った。

代わりに前に出たリプネリスさんの手が、ゆっくりと魂に伸ばされる。


一瞬だった。


シュパアァァァァン!


細かなゲームの映像の集合体だった魂は、まるで花火のように弾けた。

部屋いっぱいに飛び散ったそれは、ほんの数秒で全て消え去った。

儚いという表現が正しいかどうか、イマイチ自信が持てない。何だか、

テレビの電源を落とした時のような呆気なさがあった。


「これで終わりですか」

「ここから始まり、とも言えるよ」


スッと手を下ろしたリプネリスさんが、そう言ってちょっと笑った。

言葉の意味がすんなりと腑に落ち、あたしも同じように笑う。


終わりでもあり、始まりでもある。



それが転生なんだと。


================================


「あの人は、無事にあの世界に転生したんでしょうか」

「見てみる?」

「え?」


あっさり即答され、あたしは思わずきょとんと眼を見開いた。…いや、

そんな簡単に見られるの?もしや、またあの世界まで見に行くとか…?


ピッ!


リモコンの入力選択ボタンを押すと同時に、表示画面が切り替わった。

そこに映っているのは、さっきまで長時間遊んでいたゲームと同じ…


「…あれ?」


似てるけど違う。全体のクオリティとか、表示されるアングルとかが。

しかも見覚えがある。確かここは、ついさっき…


『あれ?』


画面から聞こえてきた男性の声に、ハッと目を向ける。そこにポツンと

佇んでいるのは、一人の冒険者風のキャラクターだった。これ、確か…


『ここって…始まりの村か?』

「あっ」


そのひと言を耳にした瞬間、それが誰なのかを確信と共に察した。


「分かるよね?」

「はい」


リプネリスさんの問いに即答して、あたしはコントローラーを手に取り

視点を動かす。映っているキャラの正面に合わせた瞬間、そのキャラは

両手を突き出して雄叫びを上げた。


『やったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォッッ!!!』


周りの人が驚いているのが見える。スピーカーから聞こえる叫び声は、

世界の壁を飛び越えて室内に響く。


ああ、本当に嬉しいんだな。



これが、転生した「ジン」なんだ。


================================


『警察と消防が来てるよ。そろそろ潮時だから引き上げるね。職質とか

されたら面倒なんで』

「お気をつけて」

『はあい。じゃそっちもお疲れ』


そう言って、柳橋さんからの電話は切れた。


どうやってかはもう訊かないけど、警察無線を傍受したんだそうな。

家族からの通報で、モエビトの家に駆け付けた警察。どうやら死因は、

心臓発作だったらしい。少なくとも自殺ではなかった。それは確かだ。

もちろん事件性はないだろうけど、それでもそんな事のあった政治家の

家の近くにトラックを停めてたら、怪しまれない方がおかしいだろう。

状況を見届け、柳橋さんはとっとと撤収する事にしたらしい。


世界崩壊を止めたにしては、何だかやましさを感じてしまうムーブだ。

でも仕方ない。ゲーム転生なんて、どれだけ説明しても理解は無理。

やった事は確かに不条理だけれど、そもそも彼の魂は死んではいない。

望む場所に、望む形で今も在る。


終わりなのか、始まりなのか。

それとも、単なる途中だったのか。それはもう、本人にも分からない。

この世界が崩壊しなかったのなら、それで良しとすべきなんだろうな。


うん。


================================


「それじゃあ、あたしは帰るね」

「お疲れさまでした」

「違う世界ではあるけど、できれば片付けといてくれる?」

「お任せ下さい」

「ゴメンねー丑三ツちゃん!」


だから女神様が、そうやって気安く手を合わせて拝まないで下さい!


まあ確かに客観的に見れば、仕事の後で一緒に楽しくゲームしました…

といった構図でしかない。新世界を創造しましたなどと、誰が信じる。

だからこそ、きちんと片づけをして帰りますとも。


「割と向こうから近いらしいから、柳橋ちゃんが迎えに来てくれるよ」

「じゃあ、ゆっくり待ってます」

「うん。今回はホント助かったよ。またよろしくね、丑三ツちゃん!」

「お役に立てて何よりです」

「それじゃあ、また!」


キュイン!!


手を振りながら、リプネリスさんは光を放って消えた。後に残ったのは

食べ散らかしたお菓子の残骸だけ。ゲーム画面ももう、電源を落として

暗くなっている。


「さあて、お片付けしよっと」


日常の中の非日常。



うん、慣れてきたね。


================================


「お待たせー」


30分ほどで、柳橋さんが玉見さん運転のトラックで迎えに来た。

元の世界では、ここから会社までは徒歩の距離だ。トラックに乗るのは

元の世界に戻るためだけだろうな。次元跳躍しないと帰れないし。


「問題ない?」

「はい」


荷物を手に取って電気を消す。

と、その瞬間。

妙な寂寥感がこみ上げてきた。


「柳橋さん」

「ん?」

「もうここに来る事、ないですか」

「ここって、この家?…それとも、この世界って意味?」

「世界の方です」

「まあ多分、ないだろうね。同一の世界から、モエビトが複数誕生する

確率はきわめて低いから」

「…………………」


やっぱりそうなのか。

だったら…


「どうしたの丑三ツちゃん?」

「柳橋さん」

「ん?」


「ひとつ、お願いがあるんですが」


ワガママなのは分かってる。

でも、ここまで関わったんだから。


ひとつだけ。


================================


その日は、よく晴れていた。


街から少し離れた山間に位置する、割と大きな斎場。

あたしは今日、無理を言ってここに来ていた。柳橋さんと一緒に。

文句も言わず、柳橋さんはあたしのワガママにつき合ってくれていた。

黒いスーツが似合ってます。

あたしは…イマイチかなぁ。


まあ、参列する訳じゃないけど。



見届けに来ただけ、なんだけど。


================================


「葬儀もないんですね」

「そうみたいね」

「荼毘に付して終わりですか」

「大ごとにしたくないだろうから、まあ妥当な判断でしょ」

「………………」


確かにそうだろうけど。

仮にも実の子供が亡くなったのに、焼いてお骨にして終わりって何?

読経も本当に申し訳程度で終わり。参列者なんて母親と他に数人だけ。

父親は仕事があるのか、この場には来てすらいない。


ジンと名乗り、オンラインゲームの世界で伝説となったプレイヤー。

人間としての彼の終焉が、こんなに素っ気ないものになるとは。

怒りも悲しみも湧かない。悪いけどそこまで彼への思い入れはない。

生き方に共感してもいない。でも、それでも納得できない思いはある。


「せいせいしたって顔してるねえ、お母さんも他の人たちも」

「そうですね」


柳橋さんの言う通りだ。母親はじめ数少ない参列者は、誰ひとりとして

悲しみの色を浮かべてない。むしろ肩の荷が下りたとでも言うように、

朗らかに談笑している。目の前で、遺体が荼毘に付されているのに。


どうしてこんな事になるんだろう。

どこをどう間違ったのだろうか。

息子との死別という現実に、母親は本当に何も思うところがないのか。

だったら…


口にしないではいられなかった。


「…あの人は、いったい何のために生きているんでしょうか」

「ゲームをするためだよ」

「え?」


食い気味の即答が返ってきた。

あまりに迷いなく、そう答えて。



柳橋さんは、あたしを見ていた。


================================


「今さら疑問に思う事じゃないよ」


いつの間にか、遺族たちは休憩用のスペースに移動していた。多分、

まだ少し時間がかかるからだろう。炉の音がかすかに聞こえてくる。

そちらに視線を移した柳橋さんが、淡々とした口調で続ける。


「見たでしょ?彼はゲームをする事に己の全てを懸けていた。つまり、

それこそが生きる意味だったのよ」

「それは…そうなんでしょうけど」


それだけの人生って、何なんだ。

人としての生を受けてから今まで。そして、新世界に転生した後も。

彼には、それしか無いというのか。そんな人生なんて…


「勘違いしないで欲しいんだけど」


柳橋さんは、表情を緩めて言った。


「あたしは別に、それを愚かだとか無意味だとか言う気は微塵もない。

ただ事実を言ってるだけ」

「……そうでしょうか」

「じゃあ、逆に訊くけどさ」


そこで、声に強い思惟がこもった。それを察したあたしも向き直る。

あたしの顔を見ながら、柳橋さんは粛々と問うた。



「今の丑三ツちゃんは、何のために生きてるの?」


================================


「…………………」


即答なんて、出来るはずもない。

あたしは、答えなんて持ってない。そこまで信念を持ってはいない。

ただ何となく、生きているだけだ。何となく学校を出て、働いている。

かなり特殊な仕事をしているけど、それは問いの答えにはなり得ない。

あたしは…


「……分かりません。あたしには」

「だよね。それが普通だよ。いや、そうであってくれないと困るよ」

「へ?」


予想に反し、柳橋さんはにっこりと嬉しそうに笑った。



あたしの顔を見ながら。


================================


丑三ツちゃん。


はい。


何のために生きるか。その問いに、迷わず即答できる人は少ないよ。

むしろ、その人はちょっと危うい。


…危うい、ですか。


そう。

あ、別にジンだけの事じゃないよ。ってか、モエビトだとか何とか、

そういうのも関係ない。今あたしが言いたいのは、単なる生き方の話。


答えを持ってる生き方が危ういと?


そのとおり。

自分が何のために生きているのか。その答えを知っているという事は、

それ以外全てが「違う」んだという事実の裏返し。極端な言い方すれば

その目的を果たした瞬間に死ぬって事になるでしょ?


それはまあ…そうなりますね。

生きる目的がひとつなら。


彼は、その答えを出していたのよ。

自分はゲームをするために存在している。それが彼の揺るぎない答え。

いいか悪いかなんて、今さらそれを論じる気はない。そもそもそんなの

あたしは興味ない。他人の生き方にそこまで意見する気もないよ。


彼はただ、オンラインゲームというものに自分の存在意義を見ていた。

転生した後もそれは変わらないし、きっとそのまま悔いなく終わるよ。

彼の答えは、もう揺るぎない。


…確かにそうですね。

それ以外のものは、何にもない。

遺された家族の心の中にもない。

彼という存在は、ゲームの中にしかない。それはあたしも分かります。


悪く言うのは簡単だよ。

同情したり、哀れんだりするのも。

だけど、それは彼にとって無意味。自分の生き方を貫いてるんだから、

ある意味では勝ち組なんだよ彼は。まあ、世界崩壊なんて迷惑だけど。

だからもう、気にしなくていいよ。


分かりました。

悲劇を見出そうとするあたしのこの考えが、そもそも傲慢なんですね。

平たく言えば、余計なお世話。


ま、そういう事でしょうね。

見たでしょ?母親たちの顔を。


はい。

せいせいしてましたね、ホントに。

これから枕を高くして寝られると、真顔で語っていそうな気もします。


寂しい有様だとは思うけど、そこにもう悲劇はない。それぞれが自分の

あるべきところに落ち着いて、まあ少なくとも以前より前を向いてる。

転生した彼だって、ハーレム作って楽しく暮らしてるらしいからね。


なるほど。

確かに。


気にするだけ損ですね、うん。


================================


トラックは、駐車場の端に停まってあたしたちを待っていた。

玉見さんは前と同様、運転席に座りマンガを読んでたらしい。この人、

ホントにマイペースだなあ。


「あ、終わりました?」

「ええ」

「すみませんお待たせしました」

「丑三ツさん、気が済みました?」

「はい、おかげさまで」


迷わず即答する。

もう、お骨拾いまで見届けようとは思わなかった。時間の無駄だから。


「ありがとうございました」

「いえいえ。これも先輩の務めよ」


気負わない柳橋さんは、笑ってる。

あたしがこういう事を言い出すの、もしかしたら分かってたのかな。

だけどあたしは、無駄だったなんて思わない。確かに必要な事だった。


何のために生きるか、か。

自分で口にした問いだけど、確かに簡単に答えを出すべきじゃないね。

答えを出してしまった人を見届けた今なら、なおさら強く思える。


気長に答えを探していこう。

そう、ここでお仕事をしながら。


「じゃあ、帰ろっか!」


柳橋さんの号令で、転生トラックは動き出す。



さあ、次のお仕事も頑張ろう!

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