あるゲーマーの記憶
「どうかな?丑三ツちゃん」
「………………」
コメントを求められても困る。
正直、ちょっと思ったのと違った。
間違いなく、ここはあのゲームの…バトレリウス・オンラインの世界。
さっきまでずっとプレイしてたから確信がある。実に忠実な再現だ。
…だけど何だろう、この違和感は。前回のサラリーマン転生者を追って
向かった異世界とは、何かが大きく異なっている。それはつまり…
「…仮想現実っぽいですね」
「だよね、やっぱり」
リプネリスさんは、苦笑していた。
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そうだ。
現実さながらの世界ではあるけど、現実かと言われれば何か足りない。
それは道行く人たちの顔立ちとか、建物の形とか。何であれ、多様性が
決定的に欠落している。要するに、何もかもが似たような感じなんだ。
世の中のもの全てを一人がデザインした場合、こういう事になるのか。
それがゲーム世界であろうと、真の創世であろうと同じって事なのか。
「まあ、数分前にできたばっかりの世界だからね。まだまだ浅いよ」
「やっぱり、そういう事ですか」
「もちろん、最低限の現実性は担保してる。それも、これから少しずつ
厚みを増していく。まだまだここは出来立ての世界って事よ」
「出来立ての世界…」
パワーワードだなあ、ホントに。
創世のベータ版とでも言うべきか。何にせよ、あのゲームに自分の命を
懸けている人にとっては理想郷だ。それにしても、お手間いりですね。
「いけるかな、コレで?」
「十分だと思いますよ」
「よかった!」
お世辞でも気遣いでもない。むしろこのくらいゲームに忠実な方が、
ヘビーユーザーには受け入れやすいと本気で思うから。
創世のお手伝いがオンラインゲームというのも、ホントに不条理だね。
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ジリリリン!
スマホの着信音が小さく響いた。
現在のあたしとリプネリスさんは、キャラメイクした通りの姿である。
それでスマホって違和感凄いけど、こればかりは必須アイテムなので。
案の定、柳橋さんからの着信です。世界を超える電話って何気に凄い。
「はい、丑三ツです」
『リプネリスさんに替わって』
「はい」
あ、直接は話せないんだ。そこは、思ったより不便なんだなあ。
「柳橋さんです」
「ありがと…もしもし?」
『ちょっとマズい感じになってる。モエビトの家の周りの空間全体が、
ほんの少しだけど歪み始めてるよ。多分、もう朝までは持たない』
「そっか、思ったより早かったね」
『そっちの準備は?』
「終わったよ。丑三ツちゃんからのお墨付きももらった」
『分かった。じゃあお願いね』
「はあい…どうもありがと」
「はい」
スマホを受け取りながら、あたしは漏れ聞こえた会話の意味をきっちり
理解していた。理解できる自分が、何だかちょっと怖くもある。
どうやら、モエビトの力が発現し、あの世界が変異しつつあるらしい。
もっとストレートに言えば、世界の終わりが始まろうとしてるって事。
…うーん、実感がついて来ないよ。
「聞いたよね?」
「はい」
「おかげで間に合った。それじゃ、あの世界に戻ろう」
「了解です」
新世界滞在、短かったなあ。
VRゲームの体験版って感じかな。まあ、正直言ってもう十分ですね。
長く留まりたいとは全然思わない。そこまでゲーマーじゃないです。
とりあえず、責任もって見届ける。
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キュイン!
戻る際は呆気ない。不思議な感覚は一切なく、一瞬で元の部屋に帰還。
あーあ、食べ散らかしてるなあ。
「さて…さっきの画面、出せる?」
「スコアランキングですよね?」
「そう」
「ちょっと待ってて下さい」
世界の崩壊は近いけど、あわててもいい結果は出ない。確実に行こう。
画面を操作して、さっき表示させたあの歪なランキングを再度表示。
…うわあ、ますます歪んでるなあ。かろうじて読めるけれど…
「ますますスコア伸びてますね」
「ぶっ通しでやってるだろうから、まあ順当な結果でしょうね」
このジンってプレイヤー、いったい何十時間プレイし続けてるんだろ。
そのまま衰弱死…とか、そういった末路も十分考えられる。とは言え、
もうそんなの待ってられない状況になってるんだろうな。という事は…
「今、彼を転生させるんですか」
「そう」
「どうやって…?」
思わず、素朴な疑問が口をついた。
前回のサラリーマンは、テンプレなトラック転生だった。だけど正直、
この人が身を挺して誰かを救おうとするイメージがまったく湧かない。
そんな相手を、どうやって転生まで持って行くのだろうか。まさか…
「ま、見ててよ」
「はい」
今さら、その是非を問う気はない。転生させないと、世界は崩壊する。
プロセスがどうであれ、あたしには見届ける責任がある。ドンと来い。
コントローラーをそっと手に取り、リプネリスさんはそのまま全身を
うっすらと発光させた。と同時に、歪んでいたランキング表示画面が
ゆっくりと正常表示に戻っていく。間違いなく、これってチートだね。
そして…
「悪いけど、ゲームオーバーよ」
ポツリと告げられたそのひと言が、終わりの合図だった。
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他を全て圧倒していた、「ジン」のスコアがどんどん減少していく。
凄まじい勢いでカウンターが回り、積み上げた戦績が無に帰していく。
ああ、これ確かに唯一無二の手だ。ゲーマにとっての、事実上の死刑。
女神チートで成されている事なら、リアルタイムで絶望に襲われてる。
ゲームが全てだという人にとって、これは本当に…
カウンターは「10」で停止した。
ゼロまで行かなかった現実に、逆にリアルな残酷さを感じてしまう。
己の全てを懸けたゲームスコアが、何の前ぶれもなくここまで落ちた。
それはつまり…
………………………………
ジリリリン!
柳橋さんから、電話がかかった。
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「丑三ツです」
『外まで絶叫が聞こえてきたよ』
「でしょうね」
その意味は分かる。はっきりと。
「それと、空間の歪みが消失した」
「分かりました」
「やっぱり理解が早いね、さすがは丑三ツちゃん」
「目の当たりにしましたから」
「じゃあ、しっかり見届けて」
「了解です」
電話を切り、向き直った瞬間。
「出て来るよ」
リプネリスさんが告げると同時に、テレビ画面が危険な光を放った。
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キュイィィィィィンン!!
物理的な力は、特に生じなかった。衝撃を受ける事もなかった。
画面から飛び出してきたその光は、無数の微細な画面の集合体だった。
「…これが、モエビトの魂ですか」
「そう。肉体を離れた真の姿よ」
「…………」
禍々しさはない。かと言って荘厳な気配もない。どっちかと言うと、
無機質な電気的発光だ。あたしは、注意深くその画面に目を凝らした。
それぞれに何か小さく映っている。おそらく、この人の記憶の一編だ。
今日まで生きてきた魂を形成する、本当の意味での走馬灯って感じか。
目を凝らす。
ひとつひとつに。
そこに映るものが、なんであるか。
ひとつひとつに…
…………………………………
………………
「ゲーム画面ですね」
「そうね」
「そればっかりですね」
「そうみたいね」
不意に、何だか泣きそうになった。
悲しいというよりもむしろ、それは寂しいに近い感情かも知れない。
見ず知らずの人物の臨終の記憶に、言い知れぬ寂しさを感じた。
どこを見ても、ゲームばっかりだ。
それ以外の記憶など見当たらない。
この人にとっては、家族も思い出も記憶するに値しなかったのか。
本当に、ゲームの世界にしか意味を見出さなかったのか。
だとしたら。
寂しいなあ、本当に。




