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トップランカーの生き様

どこまでも、つまらない世界だ。


夢も希望も、口にする事さえない。誰もが流されるままに生きている。

学校に通い、会社に通い。いつしか所帯を持ち、育児に疲れ果てる。

そんな日々に、生産性などまったく感じられなかった。


高校2年の頃、クラス内でいじめがあった。自分は無関係だったけど、

虐げられる様子に吐き気を催した。何故か、いじめられている奴の方が

限りなく醜く見える自分がいた。

俺は、その頃から学校には行かなくなった。いじめがどうなったのかも

結局知らないままだった。同級生は何で俺が学校に来なくなったのか、

理解できなかっただろうな。まあ、もうどうでもよくなっていたけど。


心配する親に頼み、ゲーム用PCを買ってもらった。正直、ゲームには

それほど明るくなかった。だけど、今の自分に必要なのはこれという、

不思議な確信が芽生えていた。


それから俺は、オンラインゲームにとことんまでのめり込んだ。

その仮想現実の中には、間違いなく俺の望んでいた世界があったんだ。

『バトレリウス・オンライン』が、俺にとっての運命の作品だった。

リリースを心待ちにしている頃に、二十歳を迎えていた。自分の年齢を

ほとんど意識してなかった事実に、驚くほど何の感慨もなかった。

両親は、いつか俺が部屋から出ると信じていたらしい。少なくとも、

それから数年の間は。正直言って、愚かしいとしか思えなかった。


俺にとっての世界は、ここにある。それはもう、揺るがない現実だ。

その現実が持つマイナスの意味まで含めて、俺はとっくに受け入れた。

ゲームの世界には、俺という存在を崇拝しているプレイヤーも数多い。

顔も名前も知り得ない彼らこそが、俺の世界を確かに形作っている。


他に何もいらない。

俺はバトレリウス・オンラインで、俺という存在を崇高な伝説にする。

他には何ひとつ求めない。どれほど外の世界で蔑まれる事になろうと、

俺の世界はここにあるのだから。



俺はトップランカー・ジンだ。


================================


「…うわあ……」

『筋金入りの引きこもりのくせに、しっかり意見は発信してるのよね。

正直、ちょっと引いた』


ゲームもいよいよ佳境に入った頃、柳橋さんから連絡が来た。いわく、

例のモエビトのSNSアカウントが見つかったらしい。覗いてみたら、

確かにこの人と確信が持てました。何と言うか、鬼気迫ってる感じだ。


「あー、こっちの画面にもちょっと歪みが出てる。まずいわね」


スマホ画面を覗いたリプネリスさんが、眉をひそめてそんな事を呟く。

あらためて見れば、確かに画面内の文字がところどころ歪んでいた。

危険な兆候なのは、説明されずとも感覚で分かりました。


「…どうなるんですか、これ?」

「このジンってのがモエビトなのは確実だけど、前回みたいな転生の

プロセスを踏む感じじゃないわね」

「そうなんですか…どうして?」

「単純に会いたくないから」

「なるほど」


マッハで納得しました。

いくら転生の女神でも、この人には会いたくないし話したくないのね。

理由としてはあまりにも完璧です。


「それじゃあ、直接向こうの世界に転生させるって事になるんですか」

「そう。それも、急がないとね」


リプネリスさんの口調は厳しい。


「この手のモエビトが現実を歪めた場合、救いのない終末世界が来る。

文面から分かる通り、現実世界には何の思い入れもない感じだからね」

「確かに」


現実よりゲーム世界がいいと心から思ってる人にとっては、部屋の外の

世界なんて家族も含めてゴミ同然の代物だろう。むしろ滅べばいいと、

本気で思ってるかも知れない。


何と言うか、暗澹たる気分になる。


「…この人をモエビトにしたのは、同じようにゲームを拠り所にしてる

大勢のゲーマーなんでしょうか」

「理解が早いね丑三ツちゃん。まあ大体そういう感じよ。彼がトップに

君臨してるからこそ、鬱屈した念が全て集約した。当然の結果かもね」

「……」


つくづく、背筋が寒くなる。

ゲームに依存する引きこもりなど、多分どこの世界にもいるだろう。

それが世界崩壊の引き金になり得るなんて事実は、あまりにも重いよ。

人間の妄想というか欲求というか、何しろそういうのは恐ろしい。


『委縮してちゃダメよー!』


見透かしたかのように、スマホから柳橋さんの声が飛んできた。


『だからこそ、あたしたちがいる。それをしっかり自覚して!』

「分かりました」


即答し、気合いを入れ直した。


そうだ。

少なくともこの瞬間、世界の終末を防ぐためにあたしたちは在るんだ。

似てるけどちょっとだけ違う、この穏やかな世界に。だったら迷わず、

今すべき事をしよう。


『こっちはモエビトを捕捉しとく。丑三ツちゃんはリプネリスさんと、

とりあえずそのゲームをひととおり一巡しておいて。いいわね?』

「了解しました!」

「おお頼もしいね」


勢いよく答えたものの、今の状況を顧みてちょっと恥ずかしくなった。

カッコよく言っても、ただゲームをやってるだけだもんね実際。


まあいいや、急ごう!


================================


『バトレリウス・オンライン』は、明確な終わりのないゲームである。

難敵の攻略といった目的はそこそこ用意されているけど、それらだって

リポップする敵とかだ。いつまでも遊んでいられるからこそ、こうして

日常の全てを注ぎ込むゲーム廃人を生み出してしまうわけだし。


まあ、ゲームの仕様に関して今さらあれこれ批判する気はない。ただ、

当初の目標だった中ボスの攻略まであと少しってだけ。女神様的にも、

そこまでやり込めば十分だとか。

さすがに今この段階にまで至れば、リプネリスさんの目的は分かる。

と言うか、ゲームしながらぽつぽつ聞かせてもらいましたからね。


今回は、いわゆるゲーム転生というやつだ。やり込んでいたゲームの

キャラクターになって、その世界を満喫する系のパターンね。転生とは

言いつつ、ある意味ではもう二度と目覚めないVR世界でもありそう。

当然、その世界はゲーム内の世界と同じものでないとダメ…って事だ。

これまた当然の話だけど、そういう都合のいい世界はまず存在しない。

リプネリスさんが語気を強めてそう言った以上、事実なんでしょうね。


じゃあどうするのか、答えは簡単。そういう世界を新たに作るって事。

リプネリスさんは転生の女神である以上に、創世の神でもあるらしい。

という事は、つまり…



うん、凄い事を手伝ってるなあ。


================================


2時間後。


「ジン」を名乗るトップランカーが現在住んでいる家を突き止めたと、

柳橋さんからの電話連絡があった。いや個人情報どうなってんですかと

言いたくなったけど、そこは必殺の女神ネットワークよ。まして相手は

近日中にも世界を破滅させかねないモエビトだ。存在を探知するなんて

さほど難しくもなかったらしい。


『でっかい家だよ。父親は文科省の重鎮、母親は教育評論家だってさ。

まあ、引きこもりの一人や二人なら苦もなく留め置けるだろうね』

「引きこもれる家、って事ですか」


予想はしてたけど、ウンザリです。まあ今さら言う事は何もないけど。


『ちなみに、そっちはどう?』

「ひととおりクリアできました」

「楽しかったよー!」

『それは結構。おつかれ!』


長丁場になったけれど、それなりにゲーム世界を満喫できたなと思う。

最速クリアとかランキング入りとか目指した訳じゃない。ゲーム自体を

楽しみ、その世界を感じる事こそが目的だったんだから、これでいい。


「さて、と。じゃあ始めるか」


最後のマカロンをポンと口に入れ、リプネリスさんは立ち上がった。


「世界の創造ですか」

「まあそんなとこね。で、悪いけど丑三ツちゃんも手伝って」

「え?」


あたしがそんな大役の手伝いを!?


「何をすればいいんですか?」

「手を繋いでくれればそれでいい。あなた自身が経験したこのゲームの

記憶と知識も、そうすれば全部参照できるからね」

「分かりました」


揃ってテレビの前から離れ、対面に向き合う格好でリビングの真ん中に

立つ。相変わらずの違和感だけど、もうそれも慣れてしまってるなあ。


「始めるよ」

「はい」


差し出した両手を、リプネリスさんの両手がそれぞれ軽く握った。

神様のはずなんだけど、その感触は普通の人の手と何も変わらないね。

今さら緊張もしない。いや、むしろちょっとワクワクしてるかも?


「いいというまで目を閉じててね」

「了解です」

「あと、世界創造はあたしの存在を起点に行う。つまり、完了の時点で

あたしとあなたは想像された世界の中にいる事になるからね」

「え!?」

「ほら、目を閉じておいて!」


そう言われ、あわててぎゅっと瞼に力を込める。いや、聞いてないよ!

このままゲーム世界に行くなんて、心の準備もへったくれも…!!


刹那。


キュイィィィィィンン!


臓腑を震わすような振動が体全体を走り、両足の裏に触れていたはずの

床の感触が唐突に消失した。今なお立っている感覚だけはあるけども、

自分の周囲が根本的に「変わって」いるという確信が心に圧し掛かる。


これは夢でも幻覚でもない。

ちっぽけな現実への認識を根こそぎ変える、神の領域を五感で捉える。

ついさっきまで一緒に遊んでいた、ゲームの世界を創造して訪れる。

考えてみれば、これほどテンション上がる体験もそうそうないだろう。



さあ、ドンと来い新世界!!

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