珍しいお客さん
いきなりだけど、社長の辻本さんはお茶を淹れるのが異様に上手い。
あたしも、前の職場ではお茶くみを結構やらされてたけど、正直言って
レベルが違う。ぶっちゃけ弟子入りしたい域に達している。
と言うわけで、あたしはお茶くみをする機会ってものがない。来客時も
お昼を頂く時も、お茶を淹れるのはいつも社長。うーん…型破りだね。
まあもっとも、来客なんてそうそうこの会社にはないんだけど。
そんなある日。
珍しく、その来客がありました。
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「ああいいよ、私が応対するから」
辻本さんのお言葉に甘え、あたしは特に何もせず自分のお仕事に集中。
小さいけど応接スペースはあるし、入口から直接行けるから挨拶をする
必要すらもない。ただ気配を消し、失礼のないようにするだけですね。
程なくして、パーテーション越しの挨拶の声がかすかに聞こえてきた。
どうやら、お客さんは女性らしい。柳橋さんと社長が応対してるのか。
この会社に来る人って、正直どんな用件なのか想像できない。…まあ、
お帰りの後ちょっと訊いてみよう。そんな極秘でもないだろうし。
パーテーション越しの声はそれほど鮮明じゃないし、別に聞きたいとも
思いません。そのうち気にならなくなり、自分の作業に集中して…
「丑三ツちゃん、ちょっといい?」
「はっ!?」
いきなり声をかけられ、返す言葉が露骨に裏返ってしまった。見れば、
いつの間にかすぐ傍らに柳橋さんが立っていた。…そんな集中してた?
「な、何でした?」
「変な質問なんだけどさ」
「はい」
「オンラインゲームって好き?」
「へ?」
何ですと?
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「…まあ、大学の頃まではそこそこやり込んでましたけど」
意図の見えない質問には、なるべく正直に答える。これ意外と大事。
「でも、就職してからは全然です。正直、特技とも言えないレベルで」
「なるほど、イイね」
「え?…何がいいんですか?」
変に期待されても困るから、実力は包み隠さず告げたつもりだけど。
それのどこが「イイ」んだろうか?
「今って、仕事立て込んでる?」
「いえ、全然大丈夫ですけど」
一段落したから異世界ネット検索で遊んでた、とは言わずにおこう。
「んじゃ、ちょっとつき合って」
「え…あ、はい」
促されるまま席を立ち、後に続く。…あ、やっぱり応接スペースに行く
流れか。って事は、お客さん関連の何かをやるって事になるのかしら。
さほど広くない会社なので、考える間もなく応接スペースに到着した。
「んじゃ入って」
「し、失礼します」
さすがにちょっと気後れした。
社長自らが応対した後で、いかにもお茶くみ社員という感じのあたしが
のこのこ出ていくのは気まずいよ。変な印象を持たれる可能性も…
「あ、丑三ツちゃんこんにちは!」
「え?」
そこにいたお客さんは、意外なほど親しげにあたしに挨拶してきた。
…いや、知らない人です。とっても美人だけど、どう考えても初対面。
「こ、こんにちは…あの…」
進退窮まった。
「あなた誰ですか」とは間違っても訊けないし、相手は確実にあたしを
知っている態でにこにことこっちを見ている。…何ですかこのピンチ?
「あ、誰だか分かんないかな?」
「………………は、はい」
もう認めるしかない。そうしなきゃ話が進まない。失礼を怒られるのは
後でいいだろう。とにかくこの人が誰なのか、そこだけでも…
「あたしよあたし、リプネリス」
「は?」
「ほら、よく見てて!」
キュイン!!
刹那、応接スペースに光が満ちた。
何とか瞬きを堪えて凝視した先で、その女性は本当に一瞬だけその姿を
変化させる。まぎれもなく、天界で見たあの神々しく仰々しい姿に。
………………
転生の女神様が、狭い応接スペースでお茶飲んでたんですか。
そうですか。
もういいや何でも。
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「とりあえず、彼女と一緒に行ってサポートしてもらいたいのよ」
「あたしがですか?」
「お願いねー!」
女神のテンション軽い。逆の意味でちょっとついて行けない。
…って言うか、オンラインゲームと今のこの状況と何の関係があるの?
「そんなに難しい事じゃないから、ちょっとお願いできる?」
「まあその…ハイ」
「ありがとー丑三ツちゃん!」
女神が手を合わせて拝まないで!
今のこのシチュエーションで難しい事じゃないからと言われたって、
何ひとつ安心できない。とは言え、お仕事ならやるしかないって話だ。
しゃあない、腹を括ろう。
「それで、いつから…」
「今から」
「え?」
「時間外手当を出すから上がって。で、一緒に行ってくれればいい」
「こ、こんな時間からですか?いやそもそも、どこへ行くんですか?
まさか天界とか…」
「違う違う、そんな大げさに考える必要ないから!」
ブンブンとかなり大げさに手を振る様子に、女神の荘厳さなどない。
この世界に顕現してるからなのか、本当にただの美人さんである。
と言っても、ここでゴチャゴチャと渋るのはあたしのキャラじゃない。
「分かりました。じゃ、とりあえずパソコンを閉じて支度してきます」
「ありがと。よろしくね!」
嬉しそうに笑う柳橋さんに一礼し、あたしは応接スペースを辞した。
手早くパソコンの電源を落として、そそくさと帰り支度を整える。
こんな時間に堂々と会社を辞する。いやあ、前職ではなかったなぁ…。
「んじゃ行こっか、丑三ツちゃん」
こちらも帰るモードになったらしいリプネリスさんが、手招きしてる。
さあ、それじゃ時間外のお仕事だ。気楽に、気を抜かず臨もう。
「また後で連絡するから」
「了解です」
柳橋さんと簡単な言葉を交わして、そのまま退社する。社長も見送りに
出てきてくれた。お先失礼します!
リプネリスさんに続いて入口ドアをくぐった瞬間、妙な感覚があった。
もうすぐ夕方というこんな時刻に、帰り支度をして外に出るって感覚が
もう不思議だもの。こないだ行った異世界とは、ひと味違う感覚だね。
さあ、何でもドンと来いだ。
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「いいお天気だね」
「そうですね」
そんな他愛もない事を言いながら、いつもの道を女神様と歩いてます。
いや、ってかコレ、どこ行くの?
「仕事には慣れた?」
「それなりに慣れてきました」
「それはよかった。先ぱ…じゃない柳橋ちゃんも喜んでたよ。いい子が
入ってくれたってね」
「…そうなんですか」
何を言い間違えたか気になるけど、そこはスルーして曖昧に答える。
正直、今のあたしはどの程度会社に貢献できてるのか、想像できない。
「実感はありませんけど」
「お世辞じゃないよ」
そこでリプネリスさんは、ちょっと口調をあらためた。
「今さらだけど、会社の業務内容はもう知ってるよね?」
「はい」
「記録にある、転生者の人数は?」
「312人らしいですね」
「どう思う?」
「単純に滅茶苦茶多いと思います。想像をはるかに超えてました」
「だよねえ」
フッと小さな笑みを浮かべながら、リプネリスさんは首を振った。
「だけど、実際にはそんな程度じゃない。もっともっといたんだよ」
「えっ?」
「考えてもみてよ。文化が発展した世界では、モエルギーは間違いなく
発生する。どこの世界でもね。で、飽和した時点で一人の人間がそれの
器になる。歳月を考えれば、とても300程度で収まるわけがないよ」
「それは…そうですよね。だったらどうして、記録では312人に?」
「記録してなかったってだけ!」
即答だった。
口を尖らせ、リプネリスさんは肩をすくめながら続ける。
「今の会社の形態になったのは割と最近だけど、転生の管理は以前から
やってた。だけどあそこの人たちはパソコン音痴ばっかりだったから、
データベースで管理するって行為にまともに向き合ってなかったのよ。
やっと辻本さんが始めたんだけど、あの人も得意って訳じゃないから」
「あー、なる…ほど。分かります」
そういやゴチャゴチャだったなあ、任されたパソコンのフォルダ。
不条理な内容を丸ごと呑み込んで、それでいてデータの整理ができる。
そんな人材を探していたなら、まあ確かにあたしは適任だったかもね。
どっちかと言うと、内容に関しての条件でなかなかいい人が応募して
来なかったとも考えられる。
なら、少しはあたしも自信を持っていいのかも知れないね。少なくとも
データベースは使いやすくなったと自負しておりますからね。
評価されるのは嬉しい限りです。
ところで、どこまで行くんだろ?
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「さ、到着!」
「へ?」
会社を出て、いくらも歩いてない。ってか、これあたしの通勤コース。
「到着」と高らかに宣言されたのは間違いなく、あたしの家ですが。
…いくら何でも、家に女神を上げる準備なんて出来てるはずが…!
って、あれ?
表札がない?
入口の脇のオリヅルランもない?
いや、よく見るとあたしの家とは…その…微妙に違ってる?
「もしかして気付いてなかった?」
「な、何にですか?」
「一緒に会社を出た瞬間、少し違う世界に跳躍したって事に」
「………………やっぱり」
あれ、勘違いじゃなかったのか。
こうして歩いてても気付かないほどよく似た、それでいて異なる世界。
女神様なら、身ひとつの跳躍も簡単だったって事ね。
で…
あたしの家、どうなったの?




