第6話
巻の一:天地開闢
【第六石板:高天原政変】
※欠損率24%。第一石板より彫りが浅く、急速に刻まれた痕跡が顕著。以下、現代語訳――。
昼下がりの白い光が、半地下の研究室へと斜めに差し込んでいた。
左手に持ったサンドイッチを口に運ぼうとした瞬間、モニターに表示された釈文を追っていた私の右手が、スタイラスペンを握ったまま完全に凍りついた。咀嚼する顎が、動かない。
「……ちょっと待て。おかしいだろ」
【原文(古写本)】
――前王の崩壊より数多の歳月が流れ、
高天の地に、アマテラスと称される新たな君主、突如君臨す。
しかし、その統治、同胞スサノオの度重なる暴挙により揺らぐ。
【現代語訳(前野)】
『――前王の崩壊から長い歳月が流れ、高天と呼ばれる地にアマテラスと称される新たな君主が突如として君臨した。しかし、その統治は同胞たるスサノオの度重なる暴挙によって揺るがされることとなる』
【前野の考察】
誰もが知る記紀の記述では、黄泉の国から生還したイザナギが筑紫の阿波岐原で「禊」を行い、その際にアマテラス・ツクヨミ・スサノオの三貴神が誕生したはずだ。
だが、この石板ではその最重要プロセスが完全に抜け落ちている。
「イザナギの禊がないということは、この三神は……イザナギの血族ではない。前王朝を滅ぼして自滅したイザナギを踏み台にして、大陸から直接送り込まれてきた、全く別系統の『侵略者』。あるいは――」
ゴクリと喉が鳴る。胸の鼓動が、静かな部屋に響くほど速くなっていく。
そこでふと、私は手を止めた。石肌の摩耗と欠損の様子が、これまでの石板とは明らかに違う。刻みが浅く、線に迷いがない。まるで熟考する時間もなく、事態の推移をそのまま書き殴ったかのような筆致だ。
「……これは、他の板とは彫った事情そのものが違うのか。政変の最中に、急いで記録された速記版とでもいうような」
その違和感を頭の隅に留めたまま、私は次の一節へと目を移した。
【原文(続)】
――スサノオの軍勢、急襲す。
アマテラス、岩屋に幽閉され、
太陽の秩序、失われ、
土豪ら、闇に乗じて跋扈す。
【現代語訳(前野)】
『――スサノオの軍勢による急襲に耐えかねたアマテラスは、岩屋(強固な地下監獄)に幽閉された。その瞬間、太陽を信奉する王国の秩序は完全に消失し、あたりは無政府状態の深い闇に包まれた。闇に乗じて、まつろわぬ土豪たちが一斉に跋扈し始める』
【前野の解釈】
「高天……高天原とは天上の世界ではない。大陸と列島を繋ぐ、玄界灘の要衝『対馬』あるいは『筑紫沿岸の渡来基地』のことだ。
そしてスサノオの『暴挙』――水田の畦を壊し、神殿を汚すという行為は、アマテラスが列島支配のために持ち込んだ『初期農耕システム』に対する、遊牧騎馬系勢力による徹底的なインフラ破壊テロだったのだ」
私はノートに、古代の凄惨なクーデターの記録を叩きつけるように書き留めていく。
【原文(続)】
――オモイカネ、諸豪族を安河原に集め、策を練る。
アメノウズメ、(……)踊り狂い、
諸豪族、鬨の声を上ぐ。
その刹那、反乱軍、岩屋を破り、
女王を奪還す。
【現代語訳(前野)】
『――アメノウズメが(衣服を剥ぎ取るの意か)踊り、諸豪族は一斉にどっと鬨の声を上げた。その狂騒にスサノオ防衛線の兵たちが動揺したその刹那――反乱軍は地下監獄を破って女王を奪還し、王国に再び統治の権威が満ちた』
【前野の結論】
「アメノウズメが肌を晒して狂い踊ったのは、呪術でも神懸かりでもない。地下監獄を包囲するスサノオ側の警備兵たちの視線を釘付けにし、防衛線を弛緩させるための、極めて組織的な『デコイ(陽動工作)』だ。
その隙に、アメノタヂカラオ(屈強な突撃部隊)が物理的に監獄の門を破壊し、アマテラスを奪還した……!」
私は、その一連の激しい白兵戦の記録を締めくくる最下段の文字列を見つめた。文字は執拗に、刃物の先端で抉られている。
この血で血を洗うクーデターと王政復古の記録を、後世の隠蔽者たちは『天岩戸』という美しい神話へと昇華させ、呪わしい史実を完全に覆い隠したのだ。




