第27話:天空城塞の対峙
第2章:出雲東征準備編
第27話:天空城塞の対峙
かつてマカツと呼ばれた豊穣の国は、今や巨大な大和の墓標へと完全に変貌していた。
街並みは跡形もなく消え去り、中心部にはタケミカヅチが急造した、天空の白土城塞が、そそり立つ断崖の頂に禍々しく聳え立っている。ふもとの焦土から見上げれば、深い濠に遮られた城壁は、まるで虚空に逆さに浮く白い山のようだった。
石灰と白土で塗られた要塞の壁面に隙間なく並べられた精緻な青銅鏡が、朝日の光を収束させて眼下の灰を白く塗り潰し、侵入者の接近を許さぬ、絶対的な威圧の世界を作り出していた。大和はマカツの地を完全に占領し、その軍事拠点としたのだ。
その天空城塞の最前面――崩れ落ちた居館の残骸の上に、将軍タケミカヅチは傲然と座していた。
大槍『オハバリ』を傍らに無造作に立てかけ、灰色の瞳で遠く南の地平を冷徹に見つめている。彼が吐き出す息は微かな金属擦れのような重みを帯び、周囲の空間をちりちりと無慈悲に緊張させていた。
「……来たか。しぶとい羽虫どもだ」
タケミカヅチの傍ら、抜き身の直刀を膝に置いていた武神フツヌシが、静かに立ち上がった。
彼の白い着流しは、風もないのに鋭利にたなびいている。その瞳には以前人間を圧倒した時の退屈はなく、研ぎ澄まされた鏡のような殺意が宿っていた。
「フツヌシよ。風の匂いが変わったとは思わぬか」
「……ええ。潮騒の匂いです。それも、ひどく澱んだ、底の見えぬ深海の匂いだ」
フツヌシが鋭い視線を向けた先。地平線の向こうから、真っ黒な津波のような線が押し寄せてくるのが見えた。
――一万の軍勢。
隼人の地を震わせる叫び、熊襲の野獣の咆哮、磐井の鉄の重厚な響き。影のように蠢くマカツの敗残兵たちが胸の奥に抱く、臓物を焼き焦がすような宿怨。それらが混ざり合い、天上の青銅鏡の光を根こそぎ喰らい尽くすような巨大な影となって、マカツの廃墟へと迫っていた。
その軍勢の先頭。泥にまみれた軍馬に跨がり、一本の大矛を高く掲げる男がいた。
イワレビコは、城壁の頂に座すタケミカヅチを真っ向から見据えた。彼の左肩に繋がれた黒鉄の義手は、背筋のワイヤーに引かれてぎち、ぎちと不吉な金属音を立てて蠢いている。
一万の軍勢が、要塞の手前数百歩の距離で、ぴたりと地響きを止めた。
「ニニギ。スイゼイ」
「ああ、分かってる。ここが、俺たちの死に場所じゃねえ。大和の厳かな命日だ」
ニニギが、黒石を埋め込んだ不動の大盾を地面に深く突き立てる。
「……大和のシステムは、既にハックしている。視えるぞ。あの光学照射の下に隠された、要塞の剥き出しの弱点がな」
スイゼイが、血走った目で天空城塞の物見櫓を鋭く指差した。
イワレビコは馬を降り、ゆっくりと石畳を歩み出た。右手に握られた天の沼矛の穂先が、硝子化した地表を削り、火花を散らす。
「……タケミカヅチッ!!」
イワレビコの咆哮が、神域の冷徹な静寂を切り裂いた。
「お前は言ったな。人間は、ただのごみだと。大和は、抗えぬ法則だと」
イワレビコは、黒鉄の義手の左手で大矛の柄を力強く握り直した。義手のワイヤーが限界まで引き絞られ、金属発条が激しく摩擦熱を帯びる。焦げた黒漆の不気味な煙が、彼の周囲に漂った。
「なら、その法則を……俺の大矛で、根こそぎ穿ち抜いてやる。一万の絶望を、その喉元に叩き込んでやるぞッ!!」
城塞の頂でタケミカヅチが、ゆっくりと腰を上げた。
彼が白銀の大槍『オハバリ』を手にした瞬間、白土で築かれた高台の城塞と大槍が、大気中の電荷を強引に吸い寄せる避雷針として共鳴し、マカツの全域に、凄まじい本物の雷鳴が轟き渡った。
「……面白い。死に損ないの長よ」
タケミカヅチの全身の周囲に、大気電位をコントロールされた鉄砂と擦れ合う、青白い静電気の火花が激しく渦巻く。
「その泥にまみれた不条理な執念。大和の理をもって、今度こそ塵一つ残さず、世界から消し去ってくれよう」
武神フツヌシが音もなく前進し、その凶暴な直刀を抜いた。それに応じ、ニニギが野太い咆哮と共に、大和の光学標定を乱反射させて無効化する逆S字迷彩の『隼人の大盾』を掲げ、突撃の合図を送る。
大和の冷徹な黒漆の光と、地上の真っ黒な潮騒が、マカツの灰の上で今、真っ向から激突した――。




