第26話:狼の逆襲
第2章:出雲東征準備編
第26話:狼の逆襲
隼人のクニを後にした「人間軍」の北上還幸は、大和の虚を突く電撃戦となった。
光学ジャミングを可能とする隼人の盾、筑紫・磐井の高度な金属鍛造技術、そして熊襲の屈強な武力。大和の天下の理によって「処理完了の不浄」として台帳から一度消去されていた敗残兵たちは、今や一万を超える巨大な津波となり、タケミカヅチの本国軍が引き揚げた後の手薄な前線網を内側から激しく食い破っていた。
「前線の哨戒陣地、すべて沈黙!……奴らは死んだはずだ、台帳の数字が狂っている!」
マカツへの帰還路に配置されていた大和の地方守備隊は、突如として焦土の底から湧き上がってきた狼の軍勢を前に、陣形を組む暇もなく完全にパニックに陥っていた。
ぎち、ぎち……。
イワレビコは進軍の先頭に立ち、黒鉄の機械式義手の鋼指を深く握り込んだ。大型弩の炭素ばね鋼が背筋の躍動と連動し、摩擦熱によって、義手に塗られた黒漆と隼人の生薬が焦げた不気味な黒煙が、陽炎のように立ち昇る。
「……ニニギ、スイゼイ。大和の耳目を塞げ。本国軍にこの『バグ』を気づかせるな」
「応よッ! 天へ余計な信号を送ろうとする大和の拠点は、この楯ですべて圧殺してやる!」
ニニギが、隼人の黒石とマカツの折れた鉄を泥臭く積層溶接した、巨大な大盾を掲げて不敵に笑う。
背後では、耳膜を破られたスイゼイが血の滲む麻布の包帯を揺らしながら、大和の光学通信を乱すための真鍮の音具を鳴らし、前線の通信網を完全にジャミングしていた。
大和の守備隊が放つ大型弩の極細の鉄矢の豪雨。だが、その一斉掃射の前に、ニニギの満身創痍の肉体が猛然と立ち塞がった。
「……長の前に、一本の矢も通さねえと言ったはずだぜ、大和の猟犬どもォ!!」
ニニギが、鉄と玄武岩を何重にも重ね合わせた積層大盾を傾斜させて構えた。大和の守備隊が一斉に放った質量突撃を、ニニギはたった一人の盾で正面から受け止める。
――衝撃の受け逃がし。
天から雷が落ちたかのような凄絶な轟音。ニニギは盾の傾斜角度をミリ単位で制御し、降り注ぐ鉄矢の狂暴な運動エネルギーを、積層装甲の滑りによって逸らし、自らの肉体をバイパスにして、すべて足元の大地へと物理的に逃がしたのだ。
ニニギの足元から大地の岩盤が真っ二つに割れ、両足が土の中に深く沈み込む。だが、彼の絶対防御の盾は、大和の放った物理エネルギーを完全に無効化していた。
「な……!? たった一人の盾に、我が守備隊の火力が完全に殺されただと!?」
大和の指揮官が絶句する。
「……次は、俺の番だ」
イワレビコは、ニニギが大地に固定した不動の盾を蹴り台にして、空中へと高く跳躍した。空中で、黒鉄の義手の金属ワイヤーが限界まで引き絞られ、鈍い火花を散らす。
――超質量の一撃。
イワレビコは、海の民特有の驚異的な重力バランスの制御をもって、大和の防陣の頭上へと真っ直ぐに舞い降りた。
義手の驚異的な引き込み膂力と、アメノヌボコ本来の超高比重の質量が生み出す圧倒的な落下エネルギー。それは防陣の周囲一帯の空気を爆発的に押し潰し、地面の砂を猛烈に巻き上げた。
「ぐ、おぉっ……身体が……岩のように重い……ッ!」
大和兵たちの掛甲が、凄絶な風圧に押し潰されるように軋む。そこへ、イワレビコのアメノヌボコが、一寸の狂いもない神速の一突きとなって正確に突き刺さった。
一閃。
大矛の鋭利な穂先は、大和の指揮官が構えていた重厚な盾を容易く貫通し、その鉄面の飾りを鮮やかに弾き飛ばした。大和の冷徹な密集陣形が、その圧倒的な格の違いによって、内側から物理的に粉砕されていく。
「……俺たちは、もう大和の台帳に怯える家畜ではない。大和のシステムを内側から食い破る、狼だ」
イワレビコは、黒鉄の義手の鉤爪で、大矛の鈍い刃を静かに擦りあわせた。ぎち、ぎち、と不気味な火花が散る。
大和の残党は完全に戦意を喪失し、マカツの焦土へと続く最後の関門が、ついに物理的にへし折られた。
一万を超える人間軍の津波は、かつて全てを失ったあの始まりの地――黒煙の燻る「マカツの廃墟」へと、今、堂々たる逆襲の足音を響かせて還幸したのだった。




