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倭王年代記  作者: 水前寺鯉太郎
神殺し戦記(上)

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第12話:北の鉄塞破壊戦

巻の二:神殺し戦記(上)

第1章:マカツ滅亡編

第12話:北の鉄塞破壊戦

 北の断崖。そこは、大和が周辺部族から強奪した鉄鉱石や水銀朱を強欲に集積し、東の海の大和本隊へ送り出すための、大地の剥き出しになった傷口のような場所だった。

 垂直に切り立った崖の頂には、巨石と丸太を組み合わせた大和の最新鋭物流拠点――『北の鉄塞』が聳え立つ。豊国の海峡、すなわち瀬戸内海への入り口を物理的に塞ぎ、各地の富の循環をせき止める大和の「楔」。

「……あれが、大和の補給線の心臓部か」

 ニニギが、削られた大盾の影から異様な光景を盗み見る。

 鉄塞の周囲には、大和本国から派遣された精鋭歩兵が百人以上。これまでの哨戒兵とは統制の格が違う。彼らは一糸乱れぬ密集陣形を組み、絶対的な軍事聖域を死守していた。

「大和の密集歩兵陣は、指揮官の鳴らす『神聖な鐸』の高周波音で脳を同期させている。これから俺が、その音響統制を狂わせる。効果は数十秒。その間に主門を叩け」

 スイゼイは外套から錆びた真鍮の音具を取り出し、迷いなく自らの手首を切り裂いた。流れ出る血を金属へ滴らせる。

「神の法を狂わせるには、人間の理性をどぶに捨てる必要がある。黙って見ていろ」

 スイゼイが音具を叩いた。

 ――キィィィン、チリィィィィィンッ。

 耳を塞ぎたくなるほど不快な、特定周波数の不協和音。その瞬間、大和兵の脳内同期が完全に破綻した。

 指揮官の鐸の命令が誤認され、絶対の陣形がぜんまいの切れた絡繰りのように崩れ始める。

「今だ。行け……死にたくなければな」

「ニニギ、突入するぞ!」

「おうッ!!」

 イワレビコ、ニニギ、そしてわずかな生存兵が断崖を駆け上がる。

 イワレビコはフツノミタマを引き抜いた。黒い高炭素鋼の刃が、超重量の殺気を纏って風を裂く。

「不浄の……反乱軍が……主門を……」

 大和兵が震える手で長矛を構えるが、命令系統は乱れ、陣形に致命的な隙が生じている。

 イワレビコは壊死した左腕を遠心力に任せ、兵を掛甲ごと骨まで叩き割り突き進む。

 だが――大和の要塞は甘くない。

「楔に触れさせるな。不穏分子を掃討せよ!」

 音響攪乱を跳ね除けた十数人の兵が防衛線を再構築。砦上部から大型弩の火矢が豪雨のように降り注ぐ。

「ぎゃああああッ!」

「助けて……くれ……殿!」

 昨日まで泥水を啜り共に飢えを凌いだ仲間たちが、大和の火力に肉体を引き裂かれ、悲鳴を上げて沈んでいく。

 ニニギが大盾で必死に防ぐが、多方向からの弩弾は防ぎきれない。

「止まるな! 砦を壊さなければ、全員が無駄死にだ!!」

 イワレビコは悲鳴を脳から排除した。立ち止まれば犠牲が霧散する。長の心は、黒剣の冷たさに呼応するように凍りついていく。

「そこだッ!!」

 崩れかけた城壁を踏み台に跳躍。主門の前で、スイゼイが血を吹きながら絶叫する。

「イワレビコ! そこが物流の結節点だ! 黒鋼を叩き込め!」

 イワレビコは肉と骨を軋ませ、壊死した左腕の限界を超えて黒剣を振り下ろした。

 ――ドォォォォォォンッ!!

 超重量の鋼鉄大剣が主門の支柱を根元から粉砕。鉄塞の門が崩壊し、物資と鉄鉱石がどっと崩れ落ちる。

 補給ルートは完全に断たれた。大和兵は拠点を失い混乱に陥る。

 イワレビコは着地し、荒い息をつきながら振り返った。

 そこにあったのは、勝利の光景ではない。

 生き残ったのはニニギとスイゼイ、瀕死の兵が数人。他はすべて、この一瞬の突破口を作るための「肉の壁」として消えた。

「……勝ったぞ。楔は壊した」

 スイゼイが血を拭いながら笑う。

 イワレビコは黒く壊死した左腕を見る。変色は首を越え、顎まで這い上がっていた。

 仲間を捨て、人間性を削り、手に入れた最初の戦果。それは祝杯にはあまりに血臭く、虚しい絶望的な一歩だった。

「……次だ、スイゼイ。次の要衝はどこだ」

 その声には迷いも感傷もない。死者の名さえ呼ばぬ冷徹な横顔に、ニニギは大和より恐ろしい「怪物」の完成を予感した。

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