第6話:青柴垣の真実
巻の二:神殺し戦記(上)
第6話:青柴垣の真実
不帰の森から戻って十数日。あの最初の襲撃から、二十日余りが経っていた。
朝が来るのが、これほど恐ろしかったことはない。
イワレビコは黒焦げになった木材の山に腰を下ろしていた。夜明け前の、藍色と灰色が混ざり合う薄暗い空の下。かつて集落の象徴だった広場には、今や形を留めるものは何一つ残されていない。
折れた柱。焦げた布の端切れ。粉々に砕けた水甕。燻り続ける死の煙が、風が変わるたびにイワレビコの頬をなで、肺の奥を焦げた臭いで満たしていく。
マカツ西のコトシロヌシの邑。かつて人口三百四十二人を数えたこの地は、大和の最初の一撃で既に焼け野原と化していた。だが、灰の下から鍬や器を掘り出し、焼け残った蔵の穀物を頼りに、生き延びた者たちが静かに舞い戻り始めていた。昨夜、大和の討伐隊は、その帰還民を「清め」に現れたのだ。
始まりは昨日の夕刻だった。
斥候が血相を変えて高台の粗末な館に飛び込んできた時、イワレビコはただ黙々と、不帰の森の山民から譲り受けた超重量鋼鉄剣――フツノミタマの手入れをしていた。
過酷な重量負荷で左腕の筋肉は裂け、壊死した皮膚が黒く強張っていたが、手だけは動かしていた。止まれば、考えてしまうからだ。
「……西の邑の焼け跡に、大和の軍勢が」
「数は」
「百……いや、それ以上。完全に統制された鉄甲の重装歩兵の集団です」
イワレビコは刀を置いた。
百――あの最初の朝にマカツを蹂躙した大和の兵は、わずか五十。それを退けるどころか、その後の余波を凌ぐだけで、こちらはナガハをはじめ多くの精鋭を失った。
密集陣形を組んだ百の重装歩兵を相手に、今の残存兵力で正面からぶつかれば、待っているのは全滅の二文字だ。
「焼け跡に戻った民に、即刻森へ逃げろと伝令を……」
「既に送りましたが、大和の歩兵軍が……先に着いておりました」
駆けつけた時、焼け跡に築かれた仮住まいの一帯は、既に終わっていた。
丘の上から見た時、廃墟に立てられた粗末な小屋の群れが、再び巨大な松明のように燃え上がっていた。
大和の重装歩兵が、長大な大盾を隙間なく噛み合わせ、その一帯の外周を完全封鎖していた。逃げ出そうとする者を、長矛の密林が容赦なく中央へ突き返す。
規格化された鉄甲を纏った兵たちの無機質な歩みが、逃げ惑う赤子を、親を、何の躊躇もなく規格の一部として肉の塊へと変えていく。
「突入する」
イワレビコがフツノミタマの柄に手をかけた瞬間、隣にいたニニギがその腕を万力のような力で掴んだ。
「離せ」
「待てと言っている」
ニニギの声は低く、地を把むような響きだった。
「今突っ込んで、何人救える。言ってみろ。あれだけの密集陣形に夜戦で突撃し、俺たちが全滅してみろ。残された居館の民は誰が守る。……お前が今ここで死んだら、この地上の反撃はその瞬間に詰みなんだよ」
血の出るほどわかっていた。だからこそ、内臓が煮えくり返るほど自分を呪った。
丘の上、暗闇に紛れ、集落が再び灰になるのをただ見守っていた。悲鳴が炎の爆ぜる音にかき消され、空に昇っていくのを、拳を血が滲むほど握りしめて眺めていた。
朝になり、大和の兵は去った。彼らにとって、それは戦いではなく単なる「作業」に過ぎなかった。
焼け跡に入ると、生存者はわずか十七人だった。かつての三百四十二人のうち、二度の惨劇を経て残ったのが、この十七人だった。
子供が六人、女が八人、老人が三人。男は一人もいなかった。
男は全員、盾になろうとしてその場で突き殺されたか、あるいは大和の巨大墳墓を築くための「最良の造営部民」として生きたまま連行されたのだ。
一人の子供が、ふらりとイワレビコの前に歩み寄った。
「おとうさんは、どこへ行ったの?」
イワレビコは、その場に膝をついた。答えられなかった。
かつて一族を率いた長だった。神を殺すと豪語した反逆者だった。
だが、大和の巨大な土山の泥にされようとしている父親たちの行方を、目の前の小さな子供に伝えることなどできなかった。
彼はただ、沈黙を突き通すことしかできなかった。




