神殺し戦記第2話
※ここから先は石板の損傷が激しくなんとか解読できた文字をつなげ、そこに私の独自の解釈を加えて翻訳する。
【第一石板:マカツの悲劇・承前】
「二十七度でございます。殿が物心つかれてからだけで」
オオクメの一言に、イワレビコは絶句した。
「二十七、だと?」
大和に“掠奪”された回数。それは、彼の人生のほぼすべてを覆う数字だった。
本隊が黒煙の向こうへ去ってから数時間。村人たちがようやく奪われた者たちの名を呼んで泣き始めた頃――
村の入り口から、あの不吉な地鳴りのような歩音が再び響いた。
ガチリ、ガチリ。
大和がこの地を縛り付けるために残していった、数人の「警固の衛士」が歩く音だった。
村の広場。漆黒の鉄面をつけた隊長が、傲然とマカツの民を見下ろす。兜の内側には、大和の武官位を示す「三等神曹」の刻印が打たれている。地方警固に配される下級指揮官、大和の軍制でいえば班長格に相当する立場だった。
身に纏う重装短甲は黒漆で覆われ、その防錆技術は大和が独占する最新の軍事技術だった。塩風にも赤サビにも屈しない“文明の暴力”が、辺境の村を冷酷に見下ろしていた。
村長が震える膝をつきながら這い出る。
「か、神使様……何用でしょうか。要求された人員は、確かに……」
鉄面の男は答えない。兜の隙間から冷酷な視線を動かし、タカクラジの家を捉えた。
懐から黒い油を染み込ませた草束を取り出し、火をつけて無造作に放り投げる。
――轟音。
乾いた萱葺きの屋根は猛烈な炎を上げた。水をかけても消えない、粘り気のある地獄の焔が家を包む。
「あああ……っ!」
タカクラジの妻が赤子を抱えて飛び出す。村の若者が薪割りの青銅の斧を手に、大和兵へ突っ込んだ。
「よくもタカクラジを奪い、家まで……!」
高床の居館から、イワレビコはその光景を凝視する。
「止せッ!」
だが叫びは届かない。
若者の斧が黒漆の胸甲に激突した。
パリン。
あまりに虚しい音。青銅の斧は鍛造鋼の鎧に傷一つつけられず、粉々に砕け散った。
三等神曹は微塵も動じず、分厚い盾の縁を若者の顔面へ叩きつけた。
グシャリ。
肉の潰れる音。若者は焦げた土に沈んだ。
「不浄なり」
鉄面の奥から、歌うような冷酷な判決が下る。
「この地は、大和へ捧げる貢納が足りぬ。不浄を焼き、清めねばならぬ」
背後の兵たちが火矢を放ち、広場に面した家々が連鎖的に発火していく。
イワレビコは高欄を握りしめた。爪が剥がれ、指先から血が流れる。
「殿! 門を閉じろと命じてください!」
オオクメが必死に衣を引く。
「ここで兵を出せば、圧倒的な武力差で国ごと滅ぼされます! 頼みます、今は黙って見ていなければならないのです!」
「……民が、焼かれているんだぞ」
視界の先で、タカクラジの妻が倒れ、炎に飲み込まれる。あいつが命をかけて守ろうとしたすべてが、今、大和の数人の兵によって塵に変わろうとしている。
「俺は、長だぞ! 長が民を捨てて、何がこの国の主だ!」
イワレビコはオオクメを振り切り、高台から駆け下りた。木柵の門を押し開け、火の海へ飛び込む。
「そこまでだ!」
三等神曹が首を傾ける。
「辺境の小首長。お前も、清めを望むか?」
「黙れ。貴様らに清められる覚えはない」
イワレビコは粗末な鉄剣を抜き、男の首を狙う。
完璧な角度で刃が走った――はずだった。
――キィィィィィィンッ!
耳を劈く高音。イワレビコの剣は、大和の鍛造直刀に触れた瞬間、根元から折れた。
「弱い」
鉄面が歪んだように見えた。
次の瞬間、漆黒の直刀がイワレビコを薙ぎ払う。
地面に激突し、右肩から血が噴き出す。肉が抉れ、耳から血が流れる。
「これほど弱いものが、なぜ牙を剥く。大和の威光を理解できぬなら、その魂ごと灰になるがいい」
男が直刀を高く掲げる。
これが大和。人間がどれほど武器を鍛えようとも決して届かない、組織と文明の暴力。
死を覚悟したイワレビコの目に、燃え盛るタカクラジの家の跡が映る。
直刀が振り下ろされる――
すべてが絶望に飲み込まれようとした、その時だった。




