解決編
愛原マイは淡々と言った。
「遅いわね、コナ美さん」
「なんでここに!」
「この店のイカスミパスタに、黒づくしの組織の痕跡があると聞いて潜入していたの」
「どうやって?」
「バイトで」
「堅実!」
マイはエプロンのポケットからメモを取り出した。
「ソースの成分を分析したわ。イカスミ、黒ゴマ、竹炭、海苔、黒酢、黒豆、黒糖、黒胡椒、黒にんにく、黒歴史」
「最後の成分なに?」
「若手時代のポエム」
ヒジキが叫んだ。
「やめろ! それ以上読むな!」
マイは無慈悲に読み上げた。
「“俺は夜の海に沈むヒジキ。誰にも戻されない乾物の魂——”」
「やめろおおおおお!」
ヒジキが膝から崩れ落ちた。
百合ねぇちゃんがぽつりと言う。
「黒歴史って本当に黒づくしなんや」
コナ美はタッパーの中のソースを見つめた。
「なるほどな……見えてきたで、真実が」
「え?」
「この事件、単なるソース盗難やない」
コナ美は解凍ベントを指さした。
「解凍ベント。お前はソースを盗んだんやない。守ろうとしたんや」
解凍ベントが息を呑む。
「なぜ、それを……」
「簡単なことや。お前が持ってるタッパーには、ラベルが貼ってある」
全員がタッパーを見る。
そこには、太いマジックでこう書かれていた。
あとで食べる
さわるな
解凍ベント
「めちゃくちゃ私物化しとる!」
「いや、違う!」解凍ベントは叫んだ。「これは罠だ!」
「罠?」
「黒づくしの組織は、このソースを客に食べさせ、全員の口元を黒くして、店内を混乱させるつもりだった。その隙に、店の奥に隠された本当の秘密を奪うつもりだったんだ」
「本当の秘密?」
シェフが顔を青くした。
「ま、まさか……」
コナ美が振り向く。
「シェフ。あんた、まだ何か隠しとるな?」
シェフは震えながら、冷蔵庫の奥を開けた。
そこにあったのは、小さな箱。
箱にはこう書かれていた。
まかない用
白いミートソース
全員が叫んだ。
「白いミートソース!?」
ヒジキが立ち上がる。
「それだ! 我々が探していたのは!」
イカスミも目を見開く。
「黒づくしの組織にとって最大の敵……白いソース!」
百合ねーちゃんが言った。
「もう帰りたい」
博士のフォークが言った。
『ワカル』
その瞬間、ヒジキとイカスミが箱へ飛びかかった。
「させるか!」
コナ美は博士から受け取った蝶ネクタイ型変声機を取り出そうとした。
しかし、なかった。
「博士! 変声機は?」
「ああ、今日は置いてきた」
「なんでや!」
「代わりにこれを持ってきた」
博士は、小さな粉チーズ入れを差し出した。
「眠りのパルメザンじゃ」
「何それ」
「振りかけると、だいたい眠くなる」
「だいたい!?」
博士はヒジキに向かって粉チーズを振った。
パサッ。
ヒジキは止まった。
「……うまそう」
「寝ろや!」
イカスミが叫ぶ。
「ヒジキ! 惑わされるな!」
「だが……チーズは黒くない……新しい……」
ヒジキの目に光が戻った。
「俺たちは……なぜ黒にこだわっていたんだ……?」
イカスミがうろたえる。
「ヒジキ! 組織の理念を忘れたのか!」
「イカスミ……俺、本当は……」
ヒジキは震える声で言った。
「ペペロンチーノが好きなんだ」
店内に衝撃が走った。
イカスミは一歩後ずさった。
「裏切り者……!」
「黒くなくても、うまいものはうまい!」
「黙れ! 我々は黒づくしの組織だぞ!」
そのとき、愛原マイが静かに言った。
「イカスミ。あなたも気づいているはずよ」
「何をだ」
「あなた、昼にナポリタン食べてたでしょ」
「なっ……!」
マイはスマホを掲げた。
そこには、防犯カメラの映像。
イカスミが喫茶店でナポリタンを食べ、口元を赤くしている姿が映っていた。
コナ美が叫ぶ。
「赤づくしやんけ!」
イカスミは崩れ落ちた。
「違う……あれは任務で……」
百合ねーちゃんが追い打ちをかける。
「粉チーズもかけてる」
「やめろおおお!」
黒づくしの組織は、思想的に崩壊した。
解凍ベントはタッパーをそっとテーブルに置いた。
「これで……漆黒は終わった」
コナ美が微笑む。
「いや、まだや」
「え?」
「事件は終わってへん」
全員が振り向く。
コナ美はシェフを指さした。
「シェフ。あんたが一番怪しい」
「わ、私が?」
「そもそも、イカスミソースが消えたと騒いだのはあんただけ。でも実際には、ソースは解凍ベントが守っていた。黒づくしの組織も白いミートソース狙いやった。つまり——」
コナ美は一歩近づいた。
「あんた、本当は今日、イカスミパスタを出したくなかったんやろ?」
シェフの顔色が変わった。
「なぜ……」
「黒板メニューを見ればわかる」
コナ美は店内の黒板を指した。
そこには、こう書かれていた。
漆黒のイカスミパスタ
〜闇より深く、歯より黒く〜
※正直、洗い物が大変です
「本音出とる!」
シェフは泣き崩れた。
「そうです……もう限界だったんです……皿は黒くなる、客は笑うと歯が黒い、スタッフはエプロンを何枚もダメにする……なのに店長が、『映えるから』って……!」
百合ねぇーちゃんが肩に手を置いた。
「映えへんよ。黒い歯は」
博士のフォークが言った。
『ソレナ』
その後、警察が来た。
目黒警部である。
「また君たちか」
「目黒警部!」
「今回は何だ。殺人か? 宝石泥棒か? 爆破予告か?」
コナ美は胸を張った。
「イカスミソースです」
目黒警部は三秒黙った。
「帰っていいか?」
そして事件は解決した。
黒づくしの組織は、ヒジキがペペロンチーノ派、イカスミがナポリタン派であることが発覚し、内部崩壊。
解凍ベントは、盗んだソースを返したものの、タッパーを私物化していた件で軽く怒られた。
シェフはメニュー改定を決意し、翌週から新メニューを出した。
純白のミートソース
〜罪なき皿、救われる厨房〜
なお、全然売れなかった。
帰り道。
百合ねぇちゃんが言った。
「結局、今日の事件って何やったん?」
コナ美は夕暮れの阿佐ヶ谷を見つめた。
「黒に染まった人間たちが、本当の自分の味を取り戻す物語……かな」
博士がうなずく。
「深いのう」
愛原マイがぽつりと言った。
「いや、だいたいソースの話だったわ」
そのとき、コナ美のスマホに通知が来た。
差出人不明。
次は、白づくしの組織が動く。
気をつけろ。
——マヨネーズ
コナ美はニヤリと笑った。
「おもしろなってきたやん」
百合ねーちゃんがため息をついた。
「ならんでええねん」
夜の商店街に、博士のフォークの声だけが響いた。
『ユデスギデス』
「誰に言うてんねん」
完




