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婿嫌いの竜公女は 酸いも甘いも嚙み分ける  作者: 藤 慶


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第5話 みずなの願い-1


田植えが始まり、里の者は総出で、山の端々に散るわずかな畑に水をはり田植えをして10日程忙しい日々を過ごした。


他の農村では、もっと長い時間田植えに勤しむが、この里は山深い故に畑を張るのに限度があって、もう今以上の開墾の余地が無かった。



そして、田植えが終わって数日の後、きずなが、氷室を伴ってやって来た。


武家のお供は連れてはおらず、代わりに人足を五人ほど伴って来た。


話を聞けば、氷室は還暦も近いので隠居して、たくみに家督を譲ったのだと言う。

たくみは嫁を貰って、今は嫌々ながらも、馬回り番筆頭の役に就いたのだそうだ。



「お前のやる事に口も出せば、咎めもする。 あまり無茶をするようなら、首に縄をかけて帰るからな」

「叔父様は鬼ですか?」



きずなは凄く嫌な顔をしていた。



「田植えが一段落着いている所で申し訳ないのですが、一度、唐津の方に修繕に出向かねばならなくなりました。 鏡山と言う所に稲荷神社があるのですが、そこに修繕を頼まれていた板を届けに参るので、後数日、お待ちいただけますか?」


「勿論です」


「で、宜しければ、前にみずなちゃんが海を見たい、恋しいっておっしゃっていて。私、約束してしまいましたの。 今度、海に連れて行って差し上げるって。 馬車は、持って来た当面の食料をここに置いて行けば、みずなちゃんはそこに乗っげられるし、私、鏡山の温泉が楽しみで、良かったらかりん様も一緒にどうか? お声をかけていただけません?」


みずなが海を見たいと言うのは。

生まれ育って見慣れた海が懐かしいのではない。

生まれ育った海で共に暮らした父が恋しいのだが。

そんなの思いもせず、ただ軽い気持ちでみずなを可愛く思ってしてくれる好意に水を挿したくなかったので、敢えて語らず、僕は両親や姉に事情を話すと、両親も姉も最初はそれを渋ったかが、最終的に僕と姉とみずなの3人で、きずなに同行することを決めた。


「では、明日の明朝立ちましょう」


その日は、夕方に姉から明日、海町に向かう事を聞いてみずなが大はしゃぎだった。

夕食の時、うっかりみずなが僕が田植えの合間に里を抜けて、海に行った事を話すから、思わず窘めてしまいそうになった。


「兄やんは連れて行ってはくれませんでした」

「あら、簾様、何処かお使いですか?」


「あぁ、ちょっと、用事があって。 急ぎだったから、連れて行けなくてごめんね、みずな」


何とかそつなくやり過ごしたが、冷や冷やしていた。


「時に、柚木崎殿。 貴殿に、お話がある。 少し時間を貰えぬか?」


夕食の後、きずなが風呂に向かうのを待ち構えていたと言わんばかりに氷室にそう声をかけらられ、僕は氷室に用意した部屋に連れて行かれた。


「何でございますか?」

「里の地鎮の対価に、きずなが貴殿を婿に望んだと言う話だが、死別して間もないと聞く。ぶしつけだが、いつ頃身罷られたのか、聞いても宜しいか?」


「今年の春先でございます。冬眠明けのマムシに指を噛まれてその日のうちに、と聞いております。妻から離縁状が届いて……その一方的でしたので、実家を尋ねて行きました所、葬儀の最中でございました」


僕は聞かれるがまま、妻子の話を氷室に聞かせ、氷室は痛ましげに目を閉じた後、僕に言った。


「ご愁傷様であった。詮無い事を聞いて申し訳ない。 だが、貴殿は喪も明けきらん翌月に我が姫を尋ねて来られたのか?」


「はい、妻の位牌どころか、亡骸に逢う事も叶いませんでしたが、毎日、手は合わせておりますれど、姉に里を救う手立てに是非と乞われて、恥を忍んで伺った所存です」


「着の身着のままでか?」


いや、それを言われると非常に痛いとしか言い表しようがない。

姉も、同じころに、婚家を追い出されるかたちで実家に戻って来ていて、お互い、まぁ、どうかしていたと言うしかない。


「はい」

「何の為だ。 里が立ちいかんのは今に始まった事ではなかったものを。なぜ、そんな時に、参られた」


僕は、ふときずなの元を尋ねるに至った経緯を思い出しながら、一つ、印象的だった姉の言葉に心を打たれた事を氷室に告げた。


「姉の言葉が、僕の心に火を付けました。 誰も恨みたくない。 憎みたくない。 だから、僕に行って欲しいと願ったからでございます」


氷室は更に顔を顰めて、皮肉なまなざしを浮かべて言った。


「願いを聞いた、か。 姉上の願いが、きずなに引き合わせたか。 大した願いと……想いだな、それは」


氷室はため息を付いた。


「きずなに乞われて、何度、浜玉の海町を探しても見つからんかったお前が、自ずからやって来たのが、そうか……。 全く、大したものだ」


きずなが探して貰っても見つからなかったと言っていたが、合点がいった。




翌日、荷馬車を引いて、きずなは馬に乗せ、荷馬車にみずなと姉を乗せて貰い、僕と氷室は歩きで出立した。


還暦前には、見えない壮年の氷室は、そもそも武家なので、若いとは言え一介の村人の僕より体力があった。


「神社の息子に、遠出は厳しかろう。途中で馬を求めるか?」

「いえ、滅相もございません。姉と姪を荷馬車に乗せていただけるだけで十分でございます」


「遠慮するな。 神木の婿になられる方のご家族だ。 厚遇して然るべきだ」

「へ?」


「もう、約束は取り交わされたも同然だ。 今更、無しにはせんのだろう? であれば、我が領地の真の主の婿様だ、貴殿は」


武家であり、つい先日まで黒田藩の馬回衆の筆頭の役目についていた氷室の言葉に、背中に、ぞわりと嫌なものが走った。



「みずな、あっちの道を通りたい」


道中、みずなが街道沿いから少し離れた道を指さした。

すると、姉の顔が曇った。

ここの道をそっちにそれれば、婚家の近くを通ると悟った。


「駄目よ、今日は、お使いのついでに立ち寄るの?」

「ええ、嫌、嫌、私、もっと海の傍が見たい」


いや、絶対、そうじゃないだろう?と思った。


「みずなちゃん、ごめんね」

「申し訳ございません」


宥めるきずなに、姉は狼狽えながら頭を下げた。


「いいえ、折角海に来たのにつまらない想いをさせて、申し訳ないの私の方です。お詫びに、帰りはそちらの道を通って帰りますわ」


姉の顔色が悪いのには気づいていないのか、

きずなはあっけらかんと笑って言った。


「え? へ? あっ、あの」

「お気になさらないで」


いや、駄目だ。

違う。

姉の尋常ならず挙動に、きずなは全く頓着しなかった。


昼過ぎに、神社にたどり着き、品を納めると社の宮司から昼食の振る舞いを受けて、早々に神社を後にした。


何かきずなが早々と用事を済ませて出立を急いでいる節が解せなかった。


「ねぇ、私、ここからなら、こっちの道で帰りたい。 こっちが良い。 絶対こっち」


みずなが帰り道、早速海辺の道を乞うから、僕は閉口したが、なぜかきずなは大喜びした。


「奇遇ね。私もこっちが良かったの。 あれ、さっきの道じゃなくて良いの?」

「うん、ここ、ここが良いの」


そう言って、みずなは荷馬車を飛び降りて、前に進み出ると、きずなも馬を降りて氷室に馬を押し付けて並んで歩いた。


「え、もしかして、ここが好きなの」

「うん、お家からは遠いけど、たぶんここ……絶対、ここ」


いきなり小道をそれて走り出すから慌てたが、荷馬車と馬を連れてはうまく道なき道を終えず、さっそうと追いかけるきずなと共に、二人の姿を見失ってしまった。



僕は、氷室にことわりを入れて、二人を探して二人を追った。

そして、だいぶ時間がかかったが、きずなとみずなを捕まえる事が出来た。

と言うか、途中で気が付いたのだが。


——え、もしかして……。

みずなは兎も角、きずなの様子が腑に落ちなかった。

あれは走っていたんじゃない。

逃げていた―――――と。


「何で、僕達から逃げようとしたの?」

「え、私は、みずなちゃんを追ってただけよ……」

「みずなはただ、海の近くに行きたかっただけだもん」


2人とも、一様に僕から目を逸らして物を話した。

絶対嘘だと確信していた。


「きずな様、貴方は嘘を付く時、右斜め45度に顔を傾ける癖がございます。 偽りを申されるときは用心なさいませ」

「はへっ、いいえ、そのような癖はございません……」

「そうかな? 今まさに、右斜め45度だけど?」


いや、肯定しようと否定しようと、もう確信の域だから。


「だから……あぁっ、もう。 ごめん、みずなちゃん、失敗しちゃったよ」

「そんな……、私、とと様に会いたい。 きっと、ここの近くで貝を取ってらっしゃるんです。 さざえというちょっと先の方が苦いけど、とっても美味しくて高く売れるもので」


海沿いが低い岸壁になった、海辺を歩きながら話していると、海から声があがった。



「みずな……」


岸壁の岩の合間から裸の男がこちらに喰ってかかる形相で睨みつけて、海から上がって僕達に食いかかって来た。


「こんっの、人さらいがっ」

「きゃぁっ」


流石にきずなも驚いて、思わずみずなを守ろうと抱き締めたが。

僕は思わず息を呑んだ。

——その男に見覚えがあったためだ。



「うっわぁ、落ち着いて。 違う、人さらいじゃない」

「お前ら、人の娘を連れてどういう了見だ……って、 あんたかりんの弟の……」


「そうだよ。かりんの弟の簾です。 ご、ご無沙汰しております。 義兄様」

「おっ父、おっ父」


みずなは抱き締められていたきずなの腕を振りほどいて、海で濡れている父親に泣き縋った。

感動の対面なのは、良いのだが。

素潜り漁の最中だと言うのはわかるが、褌一丁は不味い。

ここに、氷室が駆け付けたら、さすがに物の捕らえ方一つでだが、切られてしまうかもしれないと冷や冷やした。


「義兄様、妙齢の女性がおられるので、大変申し訳ないが服を着ていただけますか?」

「その娘は誰だ?」


「私は……」

「姉様です。 兄やんのお嫁さんになられる方でございます」


「は? あんた、もう既に妻子が居たはずじゃ」


あぁ、話が致命的に拗れるじゃないか?




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