第4話 奇跡の証明-1
「きずな様、折り入ってお尋ねしたい事があるのですが」
その日の夕刻、部屋にたくみと籠って書き物に勤しむ二人に夕餉に呼びに行ったついでに僕は意を決して申し出ると、きずなはたくみに先に食事に行くように言って、二人きりになってから、話を始めた。
「どうぞ」
「どうして、貴方は僕を婿に望むのか? お尋ねしたくて、その……きずな様は、私のようなものよりもっと、若くて、裕福で、名家の方を婿に望む事が出来るのに、なぜ、僕の様な者を……と」
「それは今朝お話致しました。兼ねてより、お慕いしておりました。そう申し上げたでは無いですか?」
きずなはそう言って、柔らかく僕に微笑みかけた。
甘美な言葉の調べなのに、まるで、僕を空気のように見ているのがうすら寒くて嫌悪を覚えた。
本当なら、甘酸っぱい愛の告白なのに。
その態度はえぐいと思った。
「そうでしょうか? 貴方は僕を好いてはいない。 なぜ、偽るのですか?」
でも、僕の言い分に、まるで夢から覚めた様に、真顔に戻って、今度は苦笑いした。
「あら? 話に乗ってくださいな。 理由は二つ、ございます。 一つは貴方が私を好きでない事。 もう一つ、貴方が私の名前を呼ぶ事が出来るからです」
いやいや。
確かに恋焦がれる程ではないが、きっと、妻子を持つ前であれば、彼女を欲したと思うし。
僕がきずなを好きでないと言うのは。
図星ではない。
と言うか、理由の後者が気になる。
何で僕がきずなの名前を呼べると言うだけで、理由になり得るのか?
「きずなって名前を呼べる事が凄い事なの?」
「えぇ、私の名前を呼ぶ事が出来るのは、多々良と叔父上と巧と多々良の妻と……貴方様です。 人で、私の名前を呼べた今存命の方は」
そう言えば、多々良の妻が『私が無駄に異能があるせいで』とぼやいていたが、確かに、姉は呼べなかったし、里のモノも誰もきずなが名乗っても、きずなの名前を口にしていなかった。
「私の婿候補は、多々良が最初に名前を教えて、私の名前を呼べなければ、そもそも会えませんし、会わせません。 それでも、私の姿をどこかで見かけたり、裕福で特権を持っていると言う事実にこだわって諦めないものは……、多少荒っぽいお断りをするんです。 貴方は、そもそも、着流しで来られて、ちょっとあんまり面白いから、兄やんが追い返し兼ねてちょっと手順が狂ってしまったけど、貴方が私の名前を呼ぶ事の出来た唯一の人だったのよ。なんで、私の名前が知られてないか? それには、明確な理由があります。 普通の人間に、私の名前は呼べないからです。と言うか、兄やんったら、私の名前を呼べるか確認もしないまま、私に引き合わせるから、私も最初、興味で貴方に会ったのです。 運命……のようなものは、感じましたわ」
多々良と氷室と氷室の息子の巧は、きずなの名を呼んでいた。
でも、姉は呼べなかった。
里のものも、誰一人、僕以外で名前を呼んだものは居ない。
呼ばないのではなく、呼べないからだったと言うのか?
「ですが、見破られてしまいましたが。 恋はしてない……。 でも、私は貴方なら、よもや……とは思っております」
「良いの? 僕が君を好きじゃないのに、何でそれが、僕を選ぶ理由になるのさ」
「私が誰も、好きになれないからです。 そう言うの無い人と一緒になれば、やっと安心できる……と思ったの。 貴方のお気持ちを踏みにじる事をお願いせねばなりませんが、それが対価に値すると私は願います。 我が夫として六封じい婿入りされ、私の娘の父となっていただきたい」
あぁ、なるほど、だったら、対価だ。
愛していない、好きでもないけど、だからこそ、望むと言うのが。
対価の負荷だと考えれば。
彼女はちゃんと、憐みや慈悲ではなかった。
利己的に、僕を望む代償に、僕と僕の里を救ってくれるって。
そう言う意味だと理解した。
※
夕食の後、僕は両親と姉を部屋に呼んで、きずなと話した内容を話して聞かせた。
「つまり、神木の娘様は、他に好きな男がおって、その男は長男で妻子があって結ばれる事はなく、他の男を婿を貰わねばならん。 で、お前がたまたま、条件を満たして、お前があの方を好いて居らんから、それがまた、良いと?」
「そうです」
父はため息を付いて、姉を見た。
「かりん、簾は、神木の娘さんの事どう思っておると思う?」
「……う~ん、普通にあのお姫さんの事、まんざらじゃないってかんじよね?」
「そうね、私も、かりんに同じよ」
両親と姉は、僕はきずなに好意を持っている節があると言って来た。
虚を突かれて頬を引き攣った。
「「「で、どうなの?」」」
両親と姉に声を合わせてそう尋ねられ、僕は俯いた。
「僕は、きずな様の意見に同感だ。 ぼくは、あの方を好きになれないよ。 別れても妻子が今も僕の一番だし、僕を好いていないのに、好意は向けられない」
好きになれないは嘘だ。
好きでもないと断言されても、いっそ、そう言われて気持ちを焚きつけられた。
幼いけど、ぶっきらぼうで、頑なな所が、可愛らしいと思う。
普通なら、嫌な性格だが、完璧そうでそう言った欠損を見つけると、微笑ましくて好ましい。
容姿や身体つきは、僕も一定の好みがあって、特に幼顔が好きとか、未成熟なあどけなさが好ましいとか。
そう言うんじゃなくて。
あぁ、でも、今まで感じた事のない、衝動を覚えもする。
時々、彼女が困っている顔を見るとゾクっとする。
でも、何はともあれ、だ。
今も、僕は妻子を一番愛しているし、愛していたかった。
それが、結論だと思った。
だが、対価は対価だ。
それ相応の理由があってこそ、贖うに値する価値が生まれる、捧げられる。
だったら、僕の気持ちなんて、関係ない。
僕は、自分を対価にするべきだと思った。
無価値な僕が、里にしてあげられる事はない。
妻子に何も出来なかった自分に、価値何てない。
そんな僕が価値を生み出せると言うなら、捧げるべきだ。
そう思った。
※
翌日、再び、里長の家を両親達と尋ね、きずなの申し出について話合って結論を出した。
「里のみんなが賛成するなら、申し出を受けても、構いません。僕は、きずな様に従います」
この地を離れ、きずなの婿になる。
その決心はあった。
里が救われ、神隠しにあった残り7人が全員帰って来るなら。
この身一つ惜しむ理由はない。
甘い柑橘がこの地に根付き、里が潤えば、悲願が叶うのだ。
里長は、きずなを呼んで、僕ら家族と里長がきずなの申し出を受ける決意が決まった事を話した。
「ですが、この事を皆に話すにしても、説明しづらいものでございます。神隠しから戻った稚児を一人で、皆が納得するものか、と」
「そうですね……。手始めに、狩猟でも致しましょうか?」
「狩猟でございますか? ここは、ちと特殊な山々で、狩猟の後、祟りが凶事が続くので、皆控えております。 特に、里の向かいの山で野兎一つ追おうものなら、蛇が山道を取り囲んで、とてもではありませんが狩猟にはならない有様で」
「七つの山で一番、そう言った不吉ごとが多いのはその山ですか?」
「はい、柑橘を植えた山は、柑橘自体が不味いので、猿も猪も寄り付かぬ分、その山は米や芋を山の合間の空き地に畑を作っておるので、狩猟が出来ず獣があつまり放題で難儀しております」
「では。願ったり叶ったりですね。明日、わたくし共で、イノシシを狩って参りましょう」
「なんと、 本当に、危険なんですぞ」
「明朝、私が祈祷致します。 山の怒りも鎮められず、何の説得力がありましょうか?」
そう言って、きずなは本当に明朝、護衛のものに篝火を焚かせて、持って来た神服に着替えて、榊の枝を携えて狩猟儀礼の祭事を行い、連れて来た氷室の護衛とたくみと共に山に入り、夕刻、猪を3頭、鹿を3頭、野兎を3羽仕留めて帰って来た。
「もう、大丈夫よ。一頭厄介なのが居たけど、説き伏せたから、この山だけ特別祟られる事はないわ。 明日、汁物にして里のみんなで食べましょう。 里長、お話はその時が良いのではなくて?」
「ありがたい事です」
「獣皮はお金になるわ。 知識のある人がいれば、人手をお貸しいただけると幸いでえすか?」
「かしこまりました」
その日は、深夜まで村の広場でかかりびを焚いて、獣の肉を割いて、皮をはいだ。
「肉は涼しい所で血抜きしながら冷やして、皮は水にさらして、朝陽が昇ってから乾かしましょう。 今日はお疲れさまでした」
きずなも血まみれになって作業しており、近くの小川で血を洗った。
僕も不慣れだが、率先して解体に励むきずなやたくみの手伝いをした。
「神に仕える身で、狩猟に参加したり、捌いたり、しても良いものかな」
「簾様だって、手伝って下さったではないですか?」
「君がやっているのに、僕が、手伝わない訳にはいかないだろう。 そうじゃないんだ。 どうして、こんなことまでしてくれるの」
僕の質問に、きずなは満面の笑みを浮かべて言った。
「え、だって、証拠を見せないと、みな信じる根拠にならないからに決まっているじゃないですか? 口だけでモノを言う人を、貴方はお信じになられるのですか?」
「でも、だからって。君は、本当に神様の様な奇跡を僕に見せてくれたじゃないか?」
「それは、貴方達家族と、里長様にだけです。 里の皆さま全員に納得していただく為にやったんです。 難しかったですか?」
いや、まあ、きずなのやろうとした事の真意を汲む難しい事は確かだが。
それ以上に、きずなが挑んだ内容の方がはるかに難しい事である事に、ぐうの音が出ない。
「君が今日、狩猟を通して取り組もうとした課題の難しさに比べれば、君の本心を汲む事程難しくはない……かな。 怪我とかしなかった?」
ふと、きずなが川の浅瀬でひざ丈の川にうずくまるように体を流している傍で、彼女のうなじに傷を見て傍に屈んだ。
「へ?」
「首……うなじの所、どこかで打ったの?」
「あぁ、枝が落ちて来た時、よけられなくて」
「は?」
「あぁ、ちょっと力のある霊獣が居て、人に親諸共、狩り取られた時の事を恨んで祟り神になっていたんです。 よっぽど歯痒い気持ちを抱えて死を遂げたようで、ちょっと辛かった……。 子供だけは守りたかったって……。 子は成仏していて、親だけが未練と怨嗟に縛り付けられて成仏できないで居たんです。 祝詞を上げて成仏させたから、もう大丈夫です―――――生きて行く為に、人も獣も命がけですから」
顔を洗って水を弾く、きずなの濡れ髪と顔を見ていると、たまらない感情がこみ上げて来た。
あぁ、この子は、女だ。
初めて、僕はきずなを女と認識して背中にゾクリと冷たいものが走った。
「後は、お風呂沸かして貰ってくるから、もう上がって」
「血なまぐさいまま、お家には入れません。 神職に携わる方のお家に、穢れも落とさずまかりなりません。 血だけではございません。 命を奪ったこの身と心を清めているんですわ」
「君が息の根を止めた訳じゃないだろう?」
「ん? さすがに猪は無理でございましたけれど、鹿と野兎は1頭ずつ私が弓で仕留めたんですのよ」
神職に携わるものが手ずから殺生をするなんて聞いた事ないよ。
僕は本気で呆れてしまった。
※
僕は、家に帰ってすぐ風呂を沸かそうと思ったが既にきずなの護衛の人達が湯の準備に取り掛かっていて、僕は食事の用意をしていた両親から食事を受け取って護衛の人達に食事を勧めた。
「朝食べたきりで、お腹が空いているだろう? 先に食事を摂ってから、風呂に……」
「ご飯を食べてお風呂に入ると、体に悪いのよ。 先にお湯をいただきます」
きずなはそう言って、真っ先に風呂に入った。
きずなはその日が、里に来てから一番の長湯で、出てくるとお腹が空いたと居間にやって来て用意された膳に箸をつけた。
夕食は、米の飯に、豆腐とワカメの汁物に、里芋とこんにゃくの煮ものだった。
「良かった、消化の良いものばかりで嬉しい」
「今日一日動いてもっと精のつくものが良かっただろう?」
生憎、米の飯も、味噌も豆腐も、氷室が心付けにくれた食料で、わかめやこんにゃくや野菜だけが僕の家が出したわずかな食料だった。
きずなが家に来てから、僕達は、今までで一番贅沢な食卓を囲んでいる。
「もう夜遅いから、精の付くものも良いけど、胃がもたれて寝苦しいでしょ?」
「君は本当に、よく物を考えているんだね」
「なるべく、合理的に生きる事を心掛けているの。 物事の選択を誤らないように努めているの。 簾様もお食事を召し上がって」
「僕は、みなが食べてからで良いんだ。 僕は、狩猟には付き添えなかったからね」
「あら、簾様は神職に携わってらっしゃる方なのですから、当たり前です。 本当は、肉を捌いたり、皮をはいだりを手伝ってはならないのに」
「君も、同じだろう?」
「あぁ、私は、特別ですから。 まさか、私にお張り合いになられてお手伝いなされたんですか?」
「そうだよ。君が率先しているのに僕が、やらないのは筋が通らないと思った」
「それは、勘違いです。 私は、使命に恭順して、生きているので」
「使命?」
「ええ、神木の家系の使命に準じて、その使命を果たす為なら、血を流す事も厭いません。 ですから、簾様はもう二度と殺生にはお触れませんよう願います。 大事なお方なのですから」
きずなが僕を大事なお方と言うから、胸がドキッとした。
そして、その言葉が胸にひっかかった。




