第3話 最初の神隠し【後編】
「さぁ、すっきりした所で、実際に探してみようか?って、もうそんな必要もないね」
「どう言う意味?」
きずなの言葉に僕がそう投げかけると、姉が僕の肩を叩いた。
「居る……。二人、見える」
姉の言葉にぎょっとして前を見ると、姉と僕が子供の頃に衣服にしていた布と同じ物であつらえた衣服をまとった男女がこちらを見つめて立って居た。
5歳位の女の子は、自分の胸丈程のやっと歩けるようになったばかり位の男の手を引いて、手を引かれている男の子は3歳位でもう片方の人差し指を物寂しそうにくわえてこちらを見ていた。
「私の事、分かる?」
きずなが声をかけると、女の子がすぐ反応を示した。
「なんで、私が見えるの。 分かるの?」
「はは、見えるから、としか答えられないかな……。お嬢ちゃん、お名前は?」
「ちゃちゃ……」
「そうちゃちゃか、隣に居るのは、弟?」
「うん、つかさって言うの。 大事なの。 つかさは、我が家の宝なの」
女の子は、今にも泣きそうな顔をでそう言った。
「ごめん。今日は一人だけ、迎えに来たの。 ちゃちゃ、貴方だけ、先に帰ろうか? 坊やはちょっと後になるけど、理性がある分、置いて行かれたら辛いでしょう?」
「なんで、私が先になの? 私は大事じゃない。 つかさが居れば、ちゃちゃは要らないんだ」
瞬間、地面が割れて足場が崩れた。
地鳴りがして、絆がその場に倒れた。
慌てて駆け寄ろうとしたが、歩くと足場が崩れて身動きが出来ない。
「私に構わないで」
「大丈夫、怖がらないで。 ちゃんと、私が二人とも助ける。 今日は、一人だけ。 ここだけ、二人いるから、一人は何もしなくても帰れるの。 貴方が先に帰ろう」
「嫌よ、帰れない。つかさが帰らないと、私は帰れないの。 私はいらない子なの」
きずながいよいよ困っていると、姉が這い蹲って、きずなの元にたどり着き、女の子に向かって言った。
「そんな事無い。 お父さんもお母さんも、ちゃちゃ姉の事、ずっと心配していた。 後悔してたよ、私は女の子だったけど、ちゃちゃ姉が居なくなって、変わったんだよ。 私だよ、かりんだよ」
「……え、私の妹はつかさと同い年なの」
「三十年も経てば、もうこの歳よ。 わたしはかりんよ」
聞けば、二人が神隠しに遭った際、姉は3歳だったのだそうだ。
男女の双子で、自分は家の軒先で昼寝をしており、起きると二人を見失って号泣する両親の姿が一番古い記憶なんだと姉は語った。
※
山からの帰り道、僕は両手につかさと言う坊やを抱えて下山した。
結局、ちゃちゃが本当に大事だと思ってくれるなら、迎えに来るのを待っている。
そう言って、譲らなかったからである。
姉は、帰り道もずっと泣きながら歩いて戻った。
夢の中でも、涙が出るものか。
僕は、泣けなかった。
今日初めて聞いた事で、事実に感情が追い付かないで居た。
家に戻って、絆の部屋で夢渡りを解くと、行きは4人だったはずだったのに。
ちゃんと5人帰っていた。
「……お父さんとおかあさんを、私が呼んでくる。 簾もここに居て、私、一人で呼んで来たいの」
連れ帰ったつかさと言う推定3歳の兄は、いつの間にか眠ってしまっていた。
「疲れていると思うから、横にしてあげましょう。私の布団に寝かせてあげて」
「ありがとう。 君は、本当に凄いんだね」
僕がそう言うと、きずなは苦笑いした。
「そう? 不気味……じゃないかな。私」
「何言っているんだ。 君は神に仕える宮司じゃないか。 神秘に満ちている」
姉が間もなく両親を連れて来て、布団で眠る子供を見て、その場に崩れ落ちて布団に手を伸ばした。
「……ふっ……ぐっ。 夢か、夢だ。 嘘だ」
「いやぁあああああ……」
両親は半狂乱だった。
驚いた護衛が部屋に駆け付け、きずなが護衛に事情を話してくれた。
そして、突如叫び出す両親の声を聞きつけた近所の人が駆け付けて来て、事情を話して良いものか迷っていると、きずなが耳打ちした。
「こういう事は、先に里長に話をしてからじゃないと、後で遺恨が残るわ。立てるべきは立てるべきよね?」
「あぁ、そうだ。 済まない」
気配りが追い付かない。
彼女に何もかも、負けている。
歳は僕の方が七つも上なのに、知識も、配慮も、覚悟も何もかも。
それが、とても歯痒かった。
悔しいとさえ、思う程に。
※
「⋯⋯なぜ、上の子は連れて来ては下さらなかったのですか?」
取り乱して正気を取り戻すのに時間かかったが、何とか落ち着いた両親に事情を話し終えると、父はそうきずなに尋ねた。
いや、責めた。
「物事には、順序と言うものがあります。 お分かり願います。 もう、その子が戻った事を里の人達が知れば、後戻りは出来ません。 慎重に願います」
きずなの言葉に、母が狼狽えながらも言った。
「後戻り? 何のでしょうか?」
「私に呪解を願うなら、対価をいただきます。この子は、ただ迎えに行っただけです。 対価はいただきません。 ただの親切で済みます。 ですが、ほかの方々を助け、この里で柑橘の栽培を成功するのは、親切では済まされません。 私は、知恵と労力と代償を贖わねばなりません。それを無償でしてあげる謂れが無いからです」
「対価⋯⋯この里に、貴方の様な神様の様な方に贖える財力はありません。 無理です」
両親はがっくりと肩を落としてその場に臥せった。
20年振りに居なくなった当時のままの状態で戻ってすやさや眠る我が子に依然涙が止まらず、すすり泣いている。
「みな、後、7人も山に居るのですか?」
「はい、恐らく。今日きちんと確認したのは、ご子息とその子の姉で、名はちゃちゃと申してらっしゃいました」
「あの子も、連れて帰って下さい。あの子に私達は酷い仕打ちをしたんです」
父が顔を上げてそうこうと、きずなは言った。
「存じております。ですから、であればこそ、ちゃちゃさんは、助ける時はあなた方が傍にいて上げて下さい。対価を頂ければ、私は叶えます」
「私共の何を差し上げても、構いません。どうぞ、お助けください。お救いください」
「それは、里長と他の里の皆さん全員と話し合ってお決めください。 対価は、私もよく考えて願い出ます。まずは、お膳立てを願います。よく話し合って、遺恨なきよう皆様をまとめてください」
きずなはそう言うと、僕の姉に声をかけた。
「この部屋は、あの子が居るから、宜しければみずなちゃんとお姉様と休んでも良いかしら。流石にもう眠くって」
姉は慌てて、きずなに頭を下げた。
「勿論です。っ宜しければ、私がみずなと両親の部屋に参りますから」
「いいえ、人が居るほうが落ち着くから、宜しければ、一緒が良いわ。みずなちゃんを起こすのは、悪いから」
「お気遣いありがとうございます」
姉はきずなを連れて部屋に戻り、僕は眠る息子の前にかじりついて離れないようすを見守りながら夜を明かした。
※
明け方、また外がやっと青白く白んで来た頃、寝着姿のきずなが僕に声をかけて来た。
「あれ、坊やは?」
「つい、今しがた目を覚まして部屋に戻ったんだ。火の始末をしようと思って」
僕がそう言うと、きずなは今から部屋で書き物をしたいから、そのままで良いと言った。
何を書いているのか尋ねると、状況を書き留めたいと言った。
「あぁ、でも、良かったら、少し、二人で話がしたいわ」
彼女の申し出に、僕は願ったり叶ったりだと思った。
「良いよ。僕も、君と話したい」
きずなは、布団を片付けて手机を出してから、僕に話を始めた。
「私ね、結構頻繁に、顔を知らない男の人から縁談を持ちかけられるの。どこぞのお金持ちの次男坊とか、神社の次男とか、武家の次男とか」
「えっ、全部、次男なの?」
「そうなのよ。だって、私はおのこを産めない呪われた女系の娘なのよ。誰が長男を、それも婿入りさせたいを思うのかしら? 息子に家督を継がせたい家は、私に縁談を持って来ないの」
きずなは、ふと僕の事を見て、笑った。
「なのにね。 そんな私でも、欲しいって言う人が多くて困っていたの……。最初は、強気に断って何とかなっていたけど、年々、周りからも婿取りをせっつかれて……。 もう、年貢の納め時かも? って諦めそうになった時、貴方と会った時の事を思い出したの。 綺麗な顔した優しい男の人が、私にありったけの柑橘の実をただでくれた時の事を」
ふっと、背筋に寒いものが走った。
きずなは足を前に立ててそこに両手で頬杖を付いて、僕を見つめて言った。
「ずっと、お慕いしていました。 私の婿になって、いただけますか?」
まるで、人形の様だと思った。
彼女が嘘を付いている。
明らかに嘘だ。
彼女は、多々良を好いている。
妻子が居ても、多々良を見つめる視線は、想いのある男におなごが向ける眼差しだ。
僕の顔を覚えていなかったのに、何の謂れで好こうものか。
なぜ、嘘を付く。
分からなかった。
「え……」
「こちらから、敢えて求める対価は、貴方を望みます。 貴方が私の夫になってくださるのでしたら、私は、この里の七つの山を沈めて差し上げます。 私が望む対価は、私の婿取りです」
おどけた顔でそう言って、押し黙る僕に、苦笑いを零して言った。
「今の言葉を、後で、お話合いの時に、お伝え願います。 貴方の意見も大事ですが、肝心なのは、里全員の総意です」
ばかげている。
心からそう思って僕は心の内と一緒に、精一杯の強がりを繰り出した。
「僕に、里を救うに値する価値は無い。 そんな不釣り合いだ」
「釣り合い? そんなもの、結局、結果が出てみなければ分からないものです。 大事なのは、対価で取り決めた約束を必ず守り抜く事です。 その後の結果は、もう願った者も、叶えた者も、その通りにならない事はままある事です。 ゆめゆめ、それもお忘れなきよう言い含めくださいな」
※
翌朝、朝食の時、一人増えた幼子に一番喜んでいたのは、姉の娘のみずなだった。
「一緒に遊ぼ。お外で遊ぼ」
「みずな、お外は駄目なの。この子は司って言うの。 弟だと思って仲良くしてあげて」
「え、母様、私の弟。 やった、これで母様がばぁばに叱られないで済むね。 みずなも、女の癖にもう生意気だからあっち行けってもう言わないかな? 父様に会いたい」
みずなの喜びながらも泣き出しそうな顔に、胸が痛んだ。
「もう、父様の所にはもどりません。 みずな、この子は、母様の子じゃありません」
そもそも、みずなはまだ幼くて、この出来る成り行きも道理も分からない。
けど、敢えて口に出たそれが、みずなの願いと期待だったのだと思った。
その日は、両親と共に里長の家に行き、昨晩の話ときずなから提示された対価の話をした。
「簾をきずな様が婿に望む、と。それが、里を救う対価だと?」
「はい⋯⋯。兄様が、戻った事で、僕は次男になってしまったし、口減らしに良いですよね?」
全く皮肉が無かったと言えば嘘になるし、何より、いけしゃあしゃあと僕を婿に望むきずなの思惑に面白くない気持ちもあるのだが。
だが、今ここで、解決策を断たれて、危険に晒されるのは、僕達家族が一際だった。
里を救って貰えずとも、神隠しとして帰らなかった家族が唯一帰って来たのが我が家だ。
ここで、何も手立てが無ければ、一人だけ救って貰えたと言う不公平感で、外もおちおち歩けない。
今、下手にこれを周囲に知られれば、他の神隠しに遭った家族にも、顔を会わし辛い。
「里長、きずな様は、本物の神の遣いです。 思慮深く聡明な方です」
「でも、簾は一度は妻子を得た身でしょう? 村の為に人身御供云々の前に、そんな高貴な方に差し出して良いものなの?」
母の言葉に父が続いた。
「18歳と言ってらっしゃったが、お前の様な年増をな⋯⋯」
両親は、僕を差し出すのを渋ってみて、里長は呆れながら言った。
「いや、柚木崎さん、あの方々の様な裕福なお嬢様に婿にして貰えるなら、願ったり叶ったりじゃないか。俺は、実家の助けで、もうどうにもいかんくなったら、いつでも、自分の一家ぐらい実家に泣き付いて帰る場所はあるが、あんた方も含めて、もうここを離れて身を寄せる親戚あるのかい? 幸いな事じゃないか」
里長の言葉は説得力しか無かった。
立場が誰よりも1番悪いのが我が家だ。
あくまで、その次に、里長を除く里の一家全員でなのである。
「簾、あのお嬢さんは確かに年より幼く見えるがいずれ育つ。口減らしなぞ言わず、喜べ」
一同、里長かきずなの申し出をうけろと言っているととらえた。
「里長は、きずな様の話をお信じになられるのですか?」
「あぁ、まあな。 今まで、実家に金を出して貰って、博識の者の意見や祈祷師を呼んだが、何の足しにもならんかった。儂ら、ここに移り住んで30年、稚児を8人を神隠しに遭おうと、どんなに貧しい暮らしで耐え忍ごうと、甘い思いが出来た試しが無かったが、ただここを訪れ、大枚をはたいて、食料と武家の人を連れて里を見て回って、毎晩風呂を炊いて、皆に湯を分けてくれて、神隠しで心を痛めた家族にならって手を合わせてくれたお人はおらんじゃった。それだけでも、我が里にとってあのお嬢さんは神の様な方だ。柚木崎さん方は、そうは思わんか?」
両親も姉も、当の僕でさえ、反論の余地は無かった。
※
里長との話の後、家に帰っても、依然として僕達はもう議論する気力さえ残っていない有様だった。
両親と姉の抱える苦悩と相反して、僕は、きずなへの愛憎を抱いて苛立ちが募った。
「簾は我が家の大事な息子だ。 つかさが戻っても、ちゃちゃが戻っても、かりんがみずなを連れて戻っても、みんな家族だ」
父は僕をそう諭した。
「そうよ。簾は、私達の大事な息子よ。 いくら美しくても、聡明でも、裕福でも、里の為に、あの姫様に差し上げたり出来ないわ。 なんたって、貴方は妻を亡くしたばかりなのよ、心苦しい想いをさせられないわ」
確かに、僕は妻に先立たれた。
今でも、妻を愛しているし、もう、二度と会う事が出来ない息子の事も今でも愛している。
妻はきずなとは違って、肉体的に成熟した美しく優しい女だった。
いつも明るく、僕が甲斐甲斐しく家事を率先して手伝う事に、男の威厳が無いと責めたりもしたが、やがていつも、僕の行いを感謝して優しく接してくれた。
いつも、僕を誉めてくれた。
貴方の様に優しく謙虚で私もありたい。
妻が言ってくれたその言葉を思い出そうと思えば、まるで聞こえたかのように耳に蘇る。
そんな妻が産んでくれた息子は、可愛かった。
世界で一番幸せだと思えた。
妻子と三人で、仲良く暮らして行きたかった。
けど、もう、二人は居ないんだ。
妻は死んだ。
息子は、裕福な実家に引き取られたんだ。
僕には、この里の神社しか、残って居ないんだ。
僕が、一人、捧げて済むなら、もう構いやしない。
「父さん、母さん、もう昔の事だよ。 ここは、兄さんが帰って来て安泰だ。 僕は、僕の役目を果たすよ。 里の命運と引き換えに望まれるなら願ったり叶ったりだよ」
僕がそう言うと、母が怒った。
「馬鹿、あんたさえ良ければ良いって問題じゃない。 姫様の事を思いやりなさい。 あの方は、あんたを本気で好いてはない。 分からなかったの?」
「え?」
「簾、あの姫様はお前が姫様を連れて来た時、一緒にいた多々良と言う若者を好いているのだろう、かりんが言って私達もそうだと思った。 大体、なんでお前を婿に臨むのか私達はそれが不思議でならんのだ」
姉さん、なんて余計な事を両親に吹き込むんだ。
それを知っても今更余計に悩むだけじゃないか?
そもそも、僕だって何で彼女が僕を婿に望むなんて言い出すのか、不思議でたまらないと言うのに。
「姫様は、つかさが戻ってくる事で、廉の立場やうちの家計が辛くならないか、心配してくださった。 まさかと⋯⋯思うけど、無理に理由を作っているって事無いわよね?」
姉の思惑は僕も思い当たる事だった。
僕らに慈悲や憐みで、僕を望まれているのは、心底、情けない。
例え、なりふりなどかまっては居られない状況であるとは言え。
それはあんまりだ。




