第3話 最初の神隠し【前編】
博多に帰る氷室と多々良を見送ると、きずなは満面の笑みを浮かべた。
まるで、少女のようだと思った。
女物の着物は、初対面で多々良の家を下女に扮して訪れた時だけで、後は神社では袴姿、里に来てからは僕ら里の者の男衆と同じような野良着を着ていた。
と言っても、布は上等でしつらえも華美だった。
裕福さが滲み出ている。
着物を着ればかわいいのだろうが。
「さて、邪魔者……じゃなかった、叔父様もお帰りになられた事だし。早速、探索から始めようかしら。本当は暗くなってからが、本番なんだけど、昼のうちもどんな感じが見ておきたいしね」
夜の山舐めては困る。
こんな山深い場所を夜出歩こうなど、死にたいと言っているに等しい。
そう思って、呆れつつも黙って聞いていた。
「姫様。父上から、くれぐも、姫様の無茶を止めるよう言いつかっておりますれば。せめて、夕暮れの後が宜しいのでは?」
いや、だから、夜の山はそれこそ危ないじゃないか?
「明るいうちに、見取り図を作って置きたいの。下見は明るいうちが良いの。参りましょう」
まるで、物見遊山(観光気分)だな。
こんなに暢気な気持ちでは危ういとさえ思った。
一日がかりで、まずは神社の裏手の山の一面に植樹した柑橘の畑を見せて回り、次の山では、山のふもとで茶を育て、丁度茶摘みをしている所を見せて回った。
「お茶は山の敷地の外で育てているのね」
「そうだよ。斜面に畑はなるべく作りたくないだろう?」
「だったら、なぜ柑橘は敢えて、山の一角の木々を倒してまで、斜面に植えたの?」
「その方が、樹木が沢山陽の光を浴びる事が出来るからだよ。後、風通しを良くして虫がつきにくく出来る」
「常識の範囲内で理にかなっている分、破滅的に、勿体無いわ」
「どう言う事?」
僕がそう尋ねると、柑橘は不出来だが、お茶は不味くないないのだから。 理由は明確だ。 分からないか?と言われて僕は、正解どころか、見解一つ見出せなかった。
三つ目の山は、山の途中にそもそも地崩れで狭いが草むらがあったので、そこを耕して、段々畑で米をわずかに育てていた。
「ここのお米、収穫は少ないけど、高値が付くわね」
「えっ、何で分かるの?」
「山は朝晩気温がぐんっと下がるでしょ? そういう所で育てた方が甘みが出るのよね。それも、ほぼ上流の一番綺麗な水で育てるから、きっとすっごく美味しいんだろうなって」
ご名答だ。
実はここで育てた米は、里で食べるより、売ってお金に変えて、改に米を買い求める事で倍の量に増える。
「ここは、理想的ね。山も崩さす、作物を取っている」
きずなは僕に何も教えようとはしないが、何か伝えようとはしてくれている。
だが、自分が全く見当にたどり着いていないのが、残念でならない。
そう思いながらも、次の山を案内した。
途中、山の手前で手を合わせる夫婦に遭遇して、きずなは声をかけた。
「失礼ですが、何に手を合わせていらっしゃるんですか?」
「12年前に、山菜取りに出かけた際に、はぐれた息子に手を合わせておりました。時折夢を、見るのです。 僕が、みんなを守るから、ずっとここで見守っていると夢枕に立つのです。 いつか、帰って来る。 私達はそう信じております」
きずなはその話を聞き、改めて夫婦が手を合わせる山を見つめて、しばし、目を閉じていた。
※
夜、まさかきずなとたくみが家を抜け出し、山に入ろうものなら、氷室や多々良が半狂乱で怒鳴るさまが目に浮かんで、気が気では無かった。
夕食の後、また、きずなが、姉とみずなと共に湯を貰った後、寝所に入ったのを見て、ホッとしていたのも束の間、きずなの部屋に寝着姿のたくみが入って行くのを見て、心の臓が飛び出すかと思った。
「え、馬鹿、駄目よ。 ちょっと、止めて来なさいって」
慌てて、もうどうして良いか分からず、見て見ぬ振りをしようとその場を立ち去ろうとしたのに、背後で姉も同じものを見ており、咄嗟に僕の背中を突き飛ばすから、きずなの部屋に体当たりしてしまった。
「誰?」
ふすまに身体をぶつけて物音が立って、部屋の中から声をかけられたのと同時に、襖が開いて、巧が出て来て言った。
「何用でしょうか?」
「あ、えっと、その今日の里の様子がどうだったか、お話をうかがえないか?と」
「夕食時にお話しした限りですが?」
「巧、良いわ。入っていただいて、丁度、お二人にだけ、先にお伝えしておきたいと思っていたの」
きずなの部屋は、もう就寝時だと言うのに布団も引かず、手机を出して、書き物をしている最中だった。 行燈の油は高価で、夜に書き物を出来る程灯すのは贅沢だったが、惜しげもなく煌々と灯していた。
「私達、姉弟だけに、先にお話しくださるんですか?」
「えぇ、今日一日で、大体の仕組みはわかりました。皆様、よく今日までここで生きて来られたものだと、感服しております」
いや、結構、何度も里は存亡の危機を迎え、とうとうもうだめか?って思っているギリギリの状態なのだが?
「そうですね。皆貧しく、蓄えも碌に出来ない、生きるギリギリで暮らしてまいりました」
「普通であれば、1年も暮らせなかった筈なのに、よく棲みつくことが出来たものです」
「それは、どう言う意味でしょうか?」
きずなはこの地に纏わる、凶事と異能の話をした。
この地は霊力に溢れた場所で、充満する霊力が山に籠り切るが故に、本来人が棲みつく事など叶わない場所だと言うのだ。
山の木々を損ねて、勝手にかの地の樹木を植え付け、柑橘が不出来の実を付けるに至る事。
移り住んで間もなく、立て続けに起こった神隠しは、山の霊力に吸い込まれて人柱として山に閉じ込められていると、言うのだ。
「そんな、何を根拠に」
「今日、一日、山を見て回って居る時に、私ちゃんと説明したでしょう? 山を損ねて作った作物は恵みを受けられず、山を損なわず育ってた作物は一級品になるって。又は、山の敷地の外なら、それ本来の恵みをもたらしてるって」
え、いや、確かに、今日、一日かけけてその話を確かに聞いたけど。
そう言う意味までは、くめなかった。
「そう言えば、昼に結構、シカやイノシシの足跡や野兎の形跡を見たけど。なぜ、あまり狩猟をしないの? 獣肉や毛皮は、食料や蓄えに持ってこいでしょう?」
「縁起が悪いんだ。狩猟で獲物を取ると、その家で病気や事故が続くから、みんな極力控えている」
「そんな事では、獣が里や畑に居りて来るようにならない?」
「でも、家族が大事だからね」
「う~ん、強要はしないけど、狩猟の前後に祝詞を上げれば、滅多な災厄は防げるよ。折角、神社があるのだから、神事を疎かにすべきではないわ」
「そんな事で、どうにかなる事なの?」
「いみじくも神職に携わる者が言って良い事ではないわ。あなた方は誰よりも神を信じて氏子を導く方でしょう?」
絆の言い分がまさにもっともだった。
※
「で、結論から話すわ。 解決策は一つ。 七つの霊山に間欠泉を作って、その根元に吸い寄せられた人柱を助け出して、後は自然の流れに任せてここで暮らす事。 人柱を解放すれば、人は自由を得られるし、山に選ばれた逸材だから、山で自由に振舞える、その人が願えば、柑橘も恩恵を受けられるし、山での殺生の怨嗟もほぼ無力化できるようになる」
絆の話を聞き終えると、姉が震える声で言った。
「えっ。神隠しに遭った全員を、つまり、救い出すって。 え、もう、この前居なくなったのでさえ、10年も前だったのよ?」
「えぇ、でも、少なくとも、今日、夫婦が手を合わせて居る山にも、この神社の裏手の山も全部に、人の気配があったわ」
「どうして、そんな事があなたは分かるのよ」
食って掛かる姉に絆は、寂しげな表情でぽつりと答えた。
「それは、話せないわ。でも、知っているんでしょう。 神木の許しなく大鏡の敷地六封じに入る事は叶わず。 その娘、異能と引き換えに、娘一人で世代を繋ぐ呪われた娘……だってさ」
お道化て言うきずなに、僕と姉は、押し黙った。
いや、確かに噂はそうだが、間に受ける内容ではない。
だが、それを信じて居なければ、今ここに彼女を呼んで、ここに居るはずがない。
彼女の異能を信じているからこその今だ。
でも、それを言葉に出来ずに居たが、姉は違った。
「私、一生懸命考えたけど、分からない。だからって、貴方が神隠しの謎が何で解けるのか、説明になって無い」
姉は、物事がうまくいかないと結構感的で攻撃的な性格だが、真面目に物事を考える性分だ。
馬鹿正直に自分が話についていけない事に、苛立ちながらも、癇癪を起こすのを堪えて、理解しようと言う姿勢に僕は内心安堵した。
だが、僕も依然として、全く説得力の無いきずなの言い分についていけなかった。
「無能の人に話しても、ただ貴方方を怖がらせるだけだから、そんな事を言われても困るわ」
「何ですって」
無能呼ばわりされて、呆気なく癇癪を上げた姉に、たくみが慌てて前に出た。
「お待ちください。 今のは、こちらの失言でございました。 きずな様、今のお言葉はあんまりです。 異能が無い、普通の人に。 そう仰らないと普通の方には伝わりません」
きずなは、口を尖らせて、溜息を付いた。
「そうね。⋯⋯そうよね。う〜ん。 ねえ、私は簾様の名前は聞いているけど、みずなちゃんのお母様、貴方のお名前まだ聞いて居なかったから、お名前を教えて下さる?」
「えっ、何よ、急に」
「お教えくださいませ」
「⋯⋯かりんよ」
「ありがとうございます。私は、神木 絆【きずな】です。 簾様、かりん様。 私の名前を呼べますか?」
「しんき きずな様」
僕が名前を読んだ後、姉も僕に続いた。
「しんき⋯⋯。⋯⋯呼べない。えっ、何で?」
「では、たくみの名前はいかがですか? 氷室 巧【ひむろ たくみ】は?」
「ひむろ⋯⋯たくみ様。呼べた」
姉が名を口にすると、きずなは少し微笑った。
「かりん様も素晴らしい。たくみの名前が呼べるなら、説明出来るかも。 たくみ、4人で参りましょう。 道案内は多い方が良いわ」
きずなが嬉々としてたくみにそう持ちかけたが、たくみはあまり良い顔では無かった。
「みだりに、夢渡りを広めませるのは、いかがなものかと」
夢渡りとは何だ?
※
きずなの手ほどきで、きずなとたくみと僕と姉の4人は外に出た。
「今夜は月も出てないのに、外が見える」
夜の里は暗闇で、僅かな月明かりで、行燈も無く外を出歩くのは狂気の沙汰だ。
なのに、きずなは僕たちに小さな小袋を持たせ、目を閉じるよう言って、不思議な感覚がした後、身体が軽くなり、辺りが灯りのない場所でも見渡せる様になった。
「ふふっ、夢渡りなんて久しぶりでわくわくするわ」
「よもや、こんな場所で夢渡りしようとは、父上にバレたらお叱りを受けます」
「だったら、口が裂けても言っては駄目よ。私も巻き添え喰らうじゃない」
「何をおっしゃいます。僕がきずな様の巻き添えですから」
2人は、そんな事を言いながらも、何処か楽しそうに見えた。
「裸足で歩いているのに、痛くないし、汚れない⋯⋯不思議だ」
「当たり前よ。ここは、夢現の世界なの。夢渡りって言って、魂だけで、存在しているの。ほら、空も飛べるのよ」
きずなはそう言って、地面を蹴って神社の鳥居の上まで上がった。
「えっ、嘘だろう?」
「私も出来るかな」
姉はそう言って同じように地を蹴ったが鳥居の上までは飛べなかった。
だが、それでも非現実的な高さまで上がって、舞い上がったまま宙に留まって僕を更に驚愕させた。
「遊んでいたら、夜が明けますよ」
たくみに窘められて、きずなも姉も地上に戻って、神社の裏山を目指した。
「ここの山で居なくなったのは二人って言っていたわよね?」
「そうだよ。一番近いから、この山にしたの?」
険しく急こう配続く山道の筈なのに、いくら進んでもまったく疲れる事はなかった。
息一つ上がらず、汗をかくこともなく、ぐんぐん進めた。
「あぁ、全然違う。 本当、察しが悪いわね。 話だけじゃ信ぴょう性ないから、一人だけ連れて帰ろうと思ったの」
「は? 誰を」
「神隠しに遭った子供を、よ」
きずなの言葉に、僕と姉は言葉を失い、打って変わってたくみが怒りを露わにした。
「それは駄目です。 きずな様」
「なんで、駄目なの? 今、先に簡単に救えるものは救ってあげるわ。 一人だけなら、助け出せるはずよ」
きずなは自信に満ちた表情でそう言い切って、先を急いだ。
「私ね、昔、姉と兄が居たらしいの」
裏山の頂上を目指して登る道中、姉はぽつぽつと話しを始めた。
「姉は6つで弟は3つだったんだって、両親に子守を頼まれて、姉様は弟の手を引いて遊んでたんだけど、弟がこの山に迷い込んで居なくなった時、何でよくみておかなかったんだ。大事なうちの跡取りをって叱ったんだって。そしてさ、叱られて泣きながら山に入った姉様も、戻って来なかったんだってさ」
姉は、悲しい顔をして、僕を見て言った。
「だから、私は女で、跡取りでは無いけど、だからって決して大事じゃない事も訳も無い。かけがえない大事な子だってさ。ここで居なくなったのは、唯一、この山でだけ、2人神隠しにあった姉弟は私達の姉様と兄様なんだよ」
姉の話を聞いて、きずなは何故か顔をしかめた。
「え、お二人の姉弟なの?」
「えぇ、弟には話してなかったけど、ここで居なくなったのは、私達の姉弟」
「一応、尋ねるけど、お姉さんの方は良いけど、弟さんは助けても良いの?」
「どう言う意味?」
「次男が長男になっていたって、事なら。 家督を、弟さんが継げなくなるのに、本当に良いの?」
僕は思わず息を飲んだ。
今の話の流れで、僕の境遇を慮って尋ねるなんて思いもしなかったからだ。
「失礼ですが、実入りの少ない家庭に、男子は二人も要らないでしょ? 簾様のお立場が……」
途中で言葉を詰まらせるきずなに、姉が言った。
「いいえ、ご心配は無用です。 助けられるものは、助けていただければ、これ以上、ありがたい事はありません」
姉は、一際深刻そうな表情でそう答えた。
「……分かりました。参りましょう」
※
山の頂上にさしかかると山頂付近に大人一人分背丈の大きさの光の塊が見えた。
遠くを照らす光ではなく、ろうそくの火のようにその周りだけを照らす籠った光だった。
「人柱で沈めてやっとこれだけの大きさに留まっているのね」
「どう言う事」
「人が支えていなければ、外に飛び散って山全体が狂気を喰らえばそこは魔の巣窟になる。魑魅魍魎が跋扈し、人を狂わせる」
「どうしよう。力が強すぎる。 少し喰らってあげても良い?」
「絶対ダメです」
「ほんのちょっとだけ、ご先祖様に捧げるわ」
「父上の判断を仰がねが決め兼ねます」
「では、たくみ。 内緒よ、内緒」
そう言うと、きずは光の方に歩みより、両手を広げて光に向かって言葉を紡いだ。
「か・ん・な・が・ら・た・ま・ち・は・え・ま・せ」
その瞬間、きずなの背中から、青く荘厳な龍が空に舞い上がり、山の周りを旋回した。
僕も姉もその場に、腰を抜かして尻もちをついた。
「え、なにこれ」
「きゃぁああ」
たくみは傍で呆然と立ち尽くしていたが、足が震えているのが分かった。
「少しばかり、この地に宿る、聖なる力を喰らって下さいまし」
「……こんな所で何をしておる?」
「ご先祖様、お初にお目にかかります。 我が名は神木 絆と申します。 かの地で、神木を作ろうと試みております。 つきましては、ちょっと、力が満ち溢れているので、少し喰らっていただけないか?と思いまして」
「そんな用事で、俺を呼びつけたのは、お前が初めてだ。 まぁ、良かろう。 まぁ、励むが良い」
どこからともなく、そう声が聞こえた後、龍は光の柱に喰らいつき、光を食いちぎって空に消えた。
え、ご先祖様って言ってたけど。
え、龍がご先祖って。
ええ、神に等しき大事な存在だと、氷室は言っていたけど。
神じゃん、それじゃ。
「え、君、龍の子孫なの?」
「えぇ、龍神と人間の女から生まれたの……。 秘密だよ。 まぁ、誰も信じないと思うでしょうけど」
まぁ、姫、姫って、龍神と人の間に生まれた一族。
つまり竜公女って事か。




