表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婿嫌いの竜公女は 酸いも甘いも嚙み分ける  作者: 藤 慶


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/20

第9話 奪われるばかりの宿命-2





巧は事情を話し終えると、がっくりと肩を落として、恨みがましい目で僕を見上げて言った。


「親父と俺は、きずなに願い事をされた。 俺も、親父もそれを嫌がったが、駄々をこねるのは、これで人生最後にすると言って俺達は飲まされた。 何だと思う? お前を決して呼びに行くなっ、事情を話すなって事だ。 俺は守ったぜ。 俺は、お前に報せに来た訳じゃない! お前を呼びに来たわけじゃない! 憎いお前をこの手で始末してやる為に、来た。 俺は、約束を破ってない!!」


無茶苦茶な理屈だが、そうせざる得ない事情を汲んで、僕は巧に頭を下げた。


「僕をきずなの所に連れて行ってください。 お願いです。 きずなの所に行って、殺されるなら、きずなの前なら、君に手ずから殺されたって構わない……から」



僕の言い分に巧は納得して、日没を待つよう言って、日没後、夢渡りで僕を博多へと誘った。


巧は、出発の間際、鳩を飛ばして、その鳩を追いかけながら博多を目指した。

鳩の帰巣本能と鳩の気配を道しるべに驚くべき速さで博多に辿り着く事が出来た。


明け方の海辺で、氷室が砂浜に呆然と立ち尽くしていた。

朝陽が昇りかける朝焼けの中、言葉を交わした。


「お前、よくも、俺の娘に不埒な事をしてくれたな……人の信頼を裏切りおって」


氷室は僕に気が付くと、わなわなと身体を震わせて、僕の元に駆け寄って、思いっきりぐうで頬を殴られた。


倒れ込んだ所を馬乗りになられたが、2度目の応酬はなかった。


「きずなの母親は、きずなを産んで10日目の朝、この世を去った。 きずなは、だから自分は11日目に、神に挑むと言って聞かんかった。 娘を理由に、諦めれば、生きている限り、娘を呪う母になる……と。俺は止めた。 もう、愛する者を失って生きるのは無理だからだ!!」


悲嘆にくれながらも氷室は海を指さして言った。


「お前も、一緒に見るが良い。 きずなは海にいる」


そう言って、氷室は立ち上がり海に入って行く。

僕は狼狽えながらも氷室の後ろをついて歩いた。


膝丈から、腰丈、首、鼻、額。

沈没しても、息苦しさはない。


ずっと夢渡りのままだからだ。


しばらく海の底を歩くと、青白い水色の世界に白い砂の上に膝を抱えてうずくまるきずなの姿を見つけて、肩が震えた。


神職の袴姿で、長い黒髪をふわりとなびかせて、冷たい表情でただ正面だけを見据えていた。



「きずな、簾が来た。 きずな」


氷室が呼びかけても、きずなはまるで人形のように反応を示す事は無かった。


「きずな」


僕はきずなの顔をのぞきこんだが、ピクリともしない。

おもわず肩に抱き締めそうになるのを堪えた。


「きずな」


ふと、思い立って、きずなの耳に唇を寄せて耳の軟骨を甘噛みすると、ビクンッと身体が跳ねて、きずなの両手で胸を突き飛ばして来た。


「きゃぁっ⋯⋯もう⋯⋯酷い」


きずなは泣きそう顔で僕を見つめてから、目を背けた。


「無視しないで。 来るのが、遅くなってごめん。 返事をして」


きずなは、僕を見ず、また固まったが、人形の振りか何か知らいないが、自発的にやっていると僕は思った。


「無視するなら、僕は次は君に⋯⋯何をするか分からないよ」


実際、何をするか分からないが、次は何を企てようか。

傍で、氷室が顔を真っ赤にしているが。


恐らく、後で、今の行いをきつく咎められる事は必至だ。



「⋯⋯」


きずなはまた、無反応だった。


「きずな、叔父上も居るんだ。 僕は、例え、君の叔父上に、君への行いを咎められて、斬り捨てられても構わない。 そんな覚悟の僕をこれ以上、放って置いて良いの?」


きずなは、僕の言葉にビクンとまた身体を震わせてから、僕を見て、目を細めて呻く様に言った。


「帰って。 私は、願いを叶えて貰うまで、死ぬまでここを動かない。 誓いを立てたの。 簾様、お役目ご苦労様でした。 もう、貴方様は用済みでございます⋯⋯。 お里にお帰りください」


僕はきずなの言葉に、腹が立ったし、何より、絶望と失望の両方の感情で歯噛みしながら、声を張り上げた。


「君は、僕を対価に望んだ。今更、それは、納得出来ない。 そんなの許さないっ」


「まだ、婚儀しておりません。簾様と私は夫婦では、ありません。他人です」


僕は、きずなの脆い言い訳に失笑した。


「君は、僕の里を救ったんだ。全部の約束を果たした対価だ、婚儀も他人も関係無い。 僕は君の持ち物で。 僕は君の一部だよ」


畳み掛ける様に言って、僕はきずなを抱き締めて、きずなが身じろぎして拒むのに抗った。


男と女の力差できずなは僕を拒めずに抱きすくめられた。



「あぁ⋯⋯やっぱ、君、良いね」


不意に、聞き覚えのある男の声に辺りを見渡すと、目の前に、楓が立っていた。


「楓様⋯⋯」


僕がそう呟くときずなは、表情を強張らせた。


「全然、言う事聞かないし、諦めないし、もう手が付けられ無かったのに。 君だけだよ。 駄々をこね出したきずなに言う事聞かせたの」


そうだろうか?

氷室の方が、いつもきずなを叱りつけて、上手くいつも言う事聞かせて来たと思って釈然としなかった。


「きずなの叔父上様ほどではございません」

「はは、冗談だろう? あれこれ、ご褒美を付けて、叱りつけているようで、美味しい条件をてんこ盛りで飲まされているだけだよ。 騙されちゃ駄目だよっ。 本当、きずなは狡猾だからね」


楓は嬉々として、熱のある物言いで、僕達を見渡して言った。


「氷室。 なんでもっと早く、柚木崎 簾を呼ばなかったんだい? こんなに手っ取り早く済むなら、さっさと呼べば良かったものを」


氷室は下唇を噛み締めて、憎憎しげに言った。


「訳あって、今、やっと召喚が叶いました」


「へぇ⋯⋯。さて、きずな。六封じへ、帰り、多々良の事は諦めて、娘と夫と長く健勝であれ」


「嫌ですっ。楓様、お願いでございます。 今一度、願いをお聞き遂げ願います⋯⋯兄やんを、兄やんを返して」


きずなの言い分に、楓は苦笑いだった。


「前はね⋯⋯。僕はきずなにして欲しい願いがあったから、こそ。 対価の酌み交しをしたいと思ったからこそ、出来たんだ。 今回、何より僕に無いのは、願いを叶える素養ではなく、願いを叶えようとする意欲なんだ」


願いは叶えられるのに、その気が無いから出来ないって。

凄い言い分だ。



「氷室、もう、流石に僕も愛想が付いた。きずなを連れて帰りなさい。⋯⋯きずな、もう君は、人の親だ。 駄々はこれ限りにして、辛い人生も受け入れなさい。 失敗を恐れず、上手く行かなくても、諦めず何度も立ち向かう姿は素晴らしいけど、あまり身体を張りすぎては駄目だ。周囲を心配させる事にもう少し慎重な行動を心がけなさい」


楓はきずなに向かって手を翳すと、きずなは僕の胸にガクンと身体をもたげるから、見下ろすと、うとうとうとしながらも、両目から涙を零しながら目を閉じまいとしていた。


「あ⋯⋯に⋯⋯やん、だけは、最後でも、傍に居たい。⋯⋯わた⋯⋯し⋯⋯の家族⋯⋯だか⋯ら」


僕は思わず、きずなを抱き締める腕に力が籠もった。


きずなは、僅かに僕を見上げて、また、何か言いたげな顔をした後、目を閉じて、眠りに付いた。




「さて、柚木崎 簾。氷室にきずなは任せて、僕は君と話がしたいかな」


「僕と⋯⋯で、ございますか?」


「あぁ、そうだ。僕は君の事、すっごく気に入ったんだよ。 いや、きずなが結納したって言うからどんな男とかとも思ったけどさ。 会ってみたら、びっくりする位、素養しか無い普通の人間なのにさ、君は本当に面白くてさ」


そう言って、楓は僕を面白いと思うに至る心持ちを熱く語り始めた。


目の病を患っていた多々良が柑橘の果実を得るに至るきっかけを作った事、その柑橘を持って自らの呪いを解いて欲しいときずなに願い出て、彼女に神木の役目を果たす決心をさせ、見事、それを成就させたのが自分だったと楓は語って、驚く様な提案を僕にした。


「きずなとは、取り交わす事は、出来ないと言ったけど、君となら、僕は出来る。僕は君に、きずなの願いを聞き遂げるに値する対価を望みたい。 君がきずなの変わりに、対価を払うなら叶えても良い」


その言葉を僕の傍らで、眠りに付いたきずなを僕から受け取って抱き上げていた氷室が僕に叫んだ。


「やめろ。 聞くな⋯⋯」

「えっ?」


「氷室、邪魔をするなよ」

「楓様⋯⋯。おやめください。 もう、良いのです。 多々良は帰りません。 また、骸骨で失ったものをお返しになられても、誰も⋯⋯救われません。無意味でございます」


願いは、嵐に飲まれた者達の帰還だ。

生死には、還元されない。

だから、きずなは、願いを叶えた対価がそれに見合わ無いと嘆いていた。


「でも、きずなはまた願った。果たして、そもそもだけど、前の願いの対価が無意味だったなんて、そうかな?」


「えぇ、酷うございました」

「氷室は、もう少し、年長者として、熟考を促すよ。 死んでいると、分かったからこそ、あれから、きずなも多々良も、迷いなく生きる事が出来たし、夫を亡くした、今の多々良のご内助も多々良と結ばれる事を受け入れられたのにさ」


楓は、嬉々として話を続ける。


「なぜ、分からなかったかな? きずなは、浅はかな気持ちで僕に、持ちかけて甘い夢を打ち砕かれて、絶望したけど、僕は彼女の行いを間違いだと思った事は無かった。氷室は、どう思っていたの?」


氷室は打ちのめされた顔で、俯いてしまった。



「さて、どうする。柚木崎 簾。君は、今宵、僕と対価を酌み交わすかい?」


僕は、眠るきずなを見つめて、多々良に思いを馳せた。


着の身着のままで海町で声をかけた僕の話を親身に聞いてくれ、家に招き入れて、きずなと引き合わせてくれた。


きずなの気持ちを僕に教えてくれた。


きずなと出会うきっかけを作ってくれた。


きずなの為にだけでは無く、多々良の為にも、自分が2人に何か出来る事はしてあげる理由は、充分あるとそう思った。



「対価をお教えください。多々良は、きずなを僕に引き合わせてくれた恩人です。 僕が、浅はかで愚かである事を教えて、陰ながら、助けてもくれた。僕の大事な友人です。 僕は、対価を払うに値する思い入れが多々良にあります」


「甘く考えるな。 対価は絶対だ。 何を奪われ、何の因果を課せられるか、分からん。 筑紫野神の縁者の大神相手に、そんな事を、ただの人のお前がしてはならん」


えっ?

筑紫野神⋯⋯えっ、神職に携わる者としてそれは、知らぬ名ではない。

この一帯で最上位の神の一族。

僕の潰れかけの神社では、雲の上の様に高貴な神の名だった。



「氷室は少し黙っていなさい」


楓に窘められ、渋々、氷室は口をつぐんだ。


「さて、どうする?」

「慎んで、お受け致します。 僕に何を望まれるますか?」


僕の言葉に楓は満面の笑みで答えた。


「君自身、と言いたい所だけど。君自身は、きずなとの約束の対価で、きずなのものど。だから、僕は君個人の持ち物を一つだけ欲する。 僕に頂戴」


僕の、僕個人の持ち物。

何だ、それは。


「それは、何でございますか?」

「それは、秘密、でも、一つだけ。一つだけ、僕は欲しいんだ。どうしても、だ。 どうする? 今、決めて。 教えないけど、くれたら、叶える」


僕は躊躇ったし、氷室が楓に窘められているにも関わらず、心配そうな眼差しで僕に言った。


「やめろ。 もう沢山だ。 お前まで、きずなの二の舞になるな」


「さあ、返事を貰いたい。 是、又は、否か」


僕は、脳裏に結論が浮かんだ。

きずなが最初の取り交わしで、多々良との運命を引き裂かれた。

自分にとって、それが何だったか。


そう考えて、迷いは消えた。


「是 で⋯⋯ございます。差し上げます」


瞬間。楓は、にやりと笑って、僕の目の前で大きく左右に手を振った。


そして、目の前に、里に残して来たはずの僕の息子が現れた。


息子は驚いた顔で辺りを見渡して、僕を見つけて笑いかけた。


「と⋯⋯さ⋯ま」


見知らぬ場所で、不安がる様子だったのに、僕の顔を見つけて笑ってくれた。


初めて、呼びかけてくれた。


なのに、もう、それを喜ぶ間もなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ