第9話 奪われるばかりの宿命-1
里長に説明に行く前に、食事を摂るようきずなに促し、自身も用意された食事に箸をつけた。
里長を尋ねた後は、荷物は持たず、馬にきずなを乗せて、帰る事を告げると、きずなは渋々食事を摂った。
「簾様……」
里長の所に説明と辞去のことわりを入れ、馬で発つ間際、きずなは何か言いたげに僕に声をかけて来たが、氷室に出発を促され、僕もきちんときずなが何を言わんとしていたか、聞きそびれてしまった。
そして、翌日、僕は姉と共に、浜玉の街道を目指して荷台に食料を乗せて里を発った。
「まずはお前さんのとこだ。俺の実家は、2町隣だからな」
「すみません」
「気にすんなって」
里の山道から海沿いに出るまでに、倒木や地崩れがいくつも続き、荷台を通すのに難儀しながらもなんとか半日かけて、浜玉の海まで辿り着いて、僕達は呆然と立ち尽くした。
海から波が流れ出して、家や大木を倒して、そこら中に木々や家の板や、溺れ死んだと思われる人々が散乱していた。
どこからか、人のうめき声や、泣き叫ぶ声が聞こえた。
そして、辿り着いた妻の実家では、入り口で義理の姉が首を吊っていた。
慌てて、木からおろして寝かせてそこに顔だけでもと布をかけてやって中に入ると、義母が息子と横たわって、天を仰いで呆然としていた。
「……誰ぞ」
「簾です。お義母様、どうなさったのですか?」
「……離縁しておりますので、貴方はもう……他人でございます。 お帰り……下さい。りんっ! りんっ! この人を追い出して」
義母は、僕の言葉に、ハッとして我に返ると傍らの息子を抱き締めて布団にもぐった。
りんと呼んでいるが、それは、家の前で首を吊っていた義理の姉の名前だった。
※
どうしたものかとその場に立ち尽くしていると、外で騒ぎを聞きつけた近所の人が焼て来て、事情を話すと暗い顔で僕に言った。
嵐が来てすぐ、船を心配して海辺を見に行って波に飲まれて、父親や義兄達は溺れて死んで、嵐が過ぎた後、浜に打ち上げられたのだと言う。
それに意気消沈して、夫と父を亡くした事に耐え切れず、義姉は自ら命を絶ったんだろうと言って、そして、驚くべき事を僕に打ち明けて来た。
「あんたも、酷い目に遭いなすった」
「へ? どう言う事ですか?」
「あんたが嫁に貰ったここの娘はさ。あんたに嫁ぐずっと前に、許嫁がおったが、ここよりずっと裕福な商家の娘と縁付くと破談になってて、結局、あんたん所に嫁いだものの、そこのご内助が不慮の事故で亡くなって、そしたら、やけぼっくいに火がついてよ。後添えに嫁ぐのを条件に、病気の息子に銭をやったんだ」
※
「妻は、死んだ……と」
「うんにゃ、生きとうはずだよ」
僕は、愕然とした。
「まぁ、この嵐を無事に乗り切ったかは、分からんけどな。 考えてもみんさい。 どんなに裕福つっても、せいぜい漁師の家だよ、この家は。あんたにも、息子の病の銭とは別にたんまり手切れ金はずんで、離縁に文句は言わせんって言っとったがね」
確かに、手切れ金は随分気前の良い額だった。
指摘されてみれば、気前の良い金額でも、多過ぎるって今ならそう思うが。
でも、だからって。
そんなからくり、でも、気付けって無理だ。
生きている?
嘘だ。
「でも、なんで……、僕にそんな事教えてくれるんですか?」
僕がそう尋ねると、若者は苦笑いで僕に言った。
「あんたの嫁さん、気が強くて、意地悪だったけどよ。 子供の頃は近所だってんで、よく遊んでくれたんだ。 許嫁と破断して、ふらっと町に果物売りにくるあんちゃんを気に入って押しかけ女房して、ばたばた嫁に行っちまってよ。 でも、あんちゃんの所に嫁に行く時の姉ちゃんが一番活き活きしてたんだ。 幸せそうだったんだ。だから、お前さんが可愛そうになっちまったんだ。 あんちゃんも辛かったんだろうなって……」
姉夫婦には事情を話さず、しばらくここに居るから、先に義兄の家を見に行くよう言って、僕は一人で妻の実家に残って、まず姉の家族の弔いをしながら、義母と息子の面倒を見た。
「帰れ。 我が家の敷居をまたぐな」
「……騒ぐと、お身体に触ります。離縁……したとは言え、一度は、家族だったんです」
僕に事情を話してくれた若者は、義母に義姉が自ら命を絶った事を伝えて自分たちの都合で自分の娘をおもちゃにして、親から子を取り上げた罰だと言って帰って行った。
僕は、それを黙って聞いている事しかできなかった。
自分の事を言われているのに。
息子はやっと2つになったばかりで、半年振りの再会だった。
僕の事は、覚えてないらしく、義母の傍を離れようとしない。
何とか持って来た食料で煮炊きを始める前に、わずかばかりの食料を持って、先ほど来てくれた若者家を尋ねて食料を渡した。
被災して難儀しているだろう。
僕は充分食料を持って来た。
里に帰っても、幸い、無傷でこの災害を乗り切ったが故に、蓄えもある。
「なんで、見ず知らずの俺に食料をくれるってんだ」
「家族の弔いを手伝って貰ったお礼だよ」
「その家族は、あんたに酷い事をした奴らだろ? おかしいじゃねぇか?」
「……そんな事ないよ。確かに、憎いけど。でも、僕は安らかに眠れるようにしてあげたくて、君が手伝ってくれたからそれが出来たんだ。 だから、受け取って欲しい」
若者は最初は渋っていたが、僕の言い分に納得して食料を受け取ってお礼を言ってくれた。
「全部、流されちまって。家族に食わせられるもんなんて、何もねぇから助かった」
そう言い残して、若者は帰って行った。
※
7日後、姉夫婦が僕の元にやって来て、義兄一族が義夫婦を除いて、全滅だった事を話してくれた。
嵐で海辺沿いだった実家ごと海に流されて、命からがら生き延びたが、義母夫婦は肺に水が入った事で咳が止まらず、三日目に義父、昨晩義母が息を引き取ったのだと言う。
「今朝、焼いて骨にして来た。 俺も、本当なら死ぬ運命だった。 ずっと仲が悪かったけどよ。 本当に仲が悪くて、追い出して良かったって言ってたんだぜ。 自分だって女の癖にって捨て台詞履いて出て行ったけど、後から、まぁそれもそうだって言っててよ」
「……僕は、正直、お姑さんの気持ち良く分かるよ」
「お前さんがそれを言うか? まぁ、弟の立場からじゃ……そう思うよな」
姉夫婦に、今度は自分の事情を話すと、姉が地団太を踏んで起こり出したが、義兄がすかさず窘めてくれた。
「馬鹿にするじゃない!! 生きているって言うの? はあ?!」
「落ち着け、気持ちは分かるが。 もう、今更、後の祭りだって」
「いくら、親に言われて、息子の為だって言っても、私達どころか、夫のあんたも騙して、息子を捨てて、後妻に入った?! あんのババア、たたき起こしてくるわ」
「やめろっ! お前、いくら酷い目に遭わせた相手でも、夫と子供夫婦を亡くしたばかりなんだ。……そっとしておいてやれ」
義兄の言葉に、姉は溜飲を下げてその場に項垂れた。
「あんた、どうすんのさ?」
「え?」
「お姫様に……なんて説明するの? 死んだと思った妻が生きてたんだよ」
「……そうだね」
「……嫌々ながらなのかも分からないよね。嫌いで別れた訳じゃない人から、後添えに望まれるってさ。 好きでなったなら、勝手にすれば? って感じだけど」
姉はそう言って、言葉を濁した。
僕はただ、妻がもしも、今も生きているなら、会いたいと思った。
何をどうするとか、まだ、考えられない。
だって、僕の中で、離縁状を送り付けられて、尋ねて言ったら死んだと言われてそれを信じて悔やんで来たんだ。
翌日、姉夫婦は状況報告も兼ねて里に旅立った。
そして、数日後、とうとう僕の前の前に。死んだはずの妻が姿を見せた。
「簾、なんで、ここに居るの?」
「こんな大事になっているのに、息子が心配じゃない訳ないだろう? 君は死んだと聞かされてた。……生きているなんて、嵐が心配で、ここに来るまで知らなかった」
「お父様とお母様が許したの?」
「いいや、お義父様と君の姉夫婦は亡くなられたよ。 助かったのはお義母様と息子だけだ」
そう答えると、妻はその場に崩れ落ちた。
「……罰が……当たったのね」
「今までどうしていたの?」
「今育てている、子供が熱を出していて……。ここら辺は、家は大丈夫だから、心配ないって言われて……簾はいつから来ていたの?」
「10日前から」
「そっか……。あの子の……為に……。私は、全然……出来なかった」
妻と共に、家に入って、義母と息子の前に行ったが、今更、僕と妻の姿にまったく愛着を見せずに息子は傍の義母に縋りついていた。
義母は、妻の来訪をわずかに微笑んで喜んだが、それ以上何の反応も見せなかった。
日に日に、感情の起伏がなくなりつつあった。
そして、間もなく、一人の男が6つ位の女児を連れて家にやって来た。
「あんた、こいつの前の旦那か?」
「……僕は離縁したつもりはありません、死に別れたと思っておりました」
手切れ金をうっかり使い込んでしまってはいるが、離縁を受け入れたつもりが無い事は本心だった。
「……お前の息子を助ける為に、お前と縁を切る為に、俺は良い値を払った。 あいつの両親の赦しも得て再婚したんだ。 こいつはもう、俺の女房だ。 俺の娘の母親だ。 勘弁してくれ。 頼む、頼むから!!」
男は、自分で金で解決したと主張しながらも、その場に座り込んで頭を地面にこすりつけて頭を下げた。
呆然と見ている事しかできず、到底、納得出来ないが。
「おっ母、うちらを捨てないで。 ずっと、一緒に居て」
僕は男が連れていた娘が妻に駆け寄りすがり着いて来るのを抱き返して目を細めているのを見て胸が痛んだ。
僕の息子は、本当の両親である僕と妻に、もはや一切見向きもせず、義母にしか心を許していない。
お互いの不始末の末、この半年で、僕達夫婦は、夫婦と言う関係だけでなく、親子と言う関係性も失ってしまった。
「……ごめんなさい。 本当に、ごめんなさい」
妻はそう言って、男と娘と共に自分の家を後にした。
そして、そこからは義母が日に日に体調を崩して、付き切りで看病して、時々姉が様子を見に来たが、予断を許さぬ状況が続いて、その年の暮れに黄泉に旅立った。
僕は、もう妻とは、これ限りだと言って別れた。
息子は、義母の許しを待って、自分が育てると言った。
そして、息子が唯一心を許していた義母は年末に僕に許しをくれる事無く、最後まで僕の息子を抱き締めて旅立って行った。
息子は、僕に少しずつ慣れてはくれても、まだ他所他所しい息子の手を引いて、正月明け、ぎりぎり雪に閉ざされる寸前の里に帰って冬を越した。
人伝に博多に向かう街道は地崩れで通れないと聞いた。
氷室ときずなは早馬でどうやって帰ったのか?
と言うか、帰れたのか?と不思議に思った。
帰れないなら、戻って来たはずだからだ。
春先の雪解けの数日後、里に早馬に乗って思わぬ人物が現れた。
馬の足音が聞こえて外に出ると里の入り口から一直線にこちらに向かって来た早馬には羽織姿の氷室の息子、巧の姿があった。
脇差を二本差しており、僕を見つけると鞘から刀を抜いてこちらに振り上げて迫った。
「きゃぁあああああ」
後ろで母親と姉の悲鳴が聞こえた。
「柚木崎 簾。 なぜ、博多に参られぬ」
「え、だって、街道は地崩れで……」
「阿呆が、反対側の山沿いの道を通ればいつでもこれたであろう! この戯けが!!」
「え!!」
巧は、颯爽と馬を降りて僕に斬りかかって来た。
「やめろっ!! だからって、切り捨てて良い訳あるか!!」
義兄が飛び出して来て僕を庇った。
「どけっ! この薄情者どもが!! きずなは、海に身を投げた!! そこのお前が、至らん事をしたせいで、だ!!」
僕達は、巧の言葉に衝撃を受けた。
巧は、ひどく荒れており、結局、大柄で体力のある義兄に組み伏せられて、時間はかかったが冷静を取り戻して改めて事情を話してくれた。
二月のはじめ、きずなは娘を産んだ。
年の瀬前に、氷室が気付いたが、里を救った時の嵐は博多で猛威を奮っており、漁師町の顔役の多々良は船を案じて船着き場に留まる漁師仲間を説得しようとその場に留まり、船ごと海に流されて戻らなかった。
それを聞いた、きずなは、多々良の妻子と多々良の無事を祈って待ったがとうとう帰って来なかった。
きずなは、多々良を失った事で、殆ど言葉を話さなくなり、自分の屋敷に留まって誰とも会わずに過ごしていたが、その様子を見兼ねてきずなの元を訪れた氷室がきずなが身籠った事に気が付いて半狂乱になったのだとそうだ。
身重で、悲しみに暮れるきずなに強い事は言わず、沸々と僕に怒りを向けていたそうだ。
次あったら、八つ裂きにしても、生ぬるいそうだ。
あれだけ、物事の筋は通せと言っていたにも関わらず、婚儀どころか結納前に、手を付けて子を孕ませた僕が憎いのは当たり前が過ぎる。
「きずなは、5年前の嵐で『たたらの両親と兄達を連れ戻す』対価に『神木の役目を全部果たす』と神様と約束していた」
巧はうめくように続きを語った。
「作品名『七封じ』 無事建立を成し遂げ神木家当主となり。 世継ぎの娘を産んだ。神との対価をやっと清算した。 してしまった」
巧は地面に拳を打ち付けて、叫んだ。
「だから、新しい対価で『多々良を返せ』と神に挑んだ。 お前が来たせいだ、お前がきずなに子を授けたせいだ。 お前のせいだ。 なのに、 お前が、 すべての元凶のお前が、 きずなを止めにも来ずにここで何をやっている」




