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婿嫌いの竜公女は 酸いも甘いも嚙み分ける  作者: 藤 慶


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第8話 赦されざる嵐-2



無事、最後の神隠しを解決に導き、きずなは七つの山から8人の稚児を助け出して、依頼の殆どを解決した。


「ちゃちゃさん、貴方にお願い事があるの」

「なんでしょうか? お姉さま」


ちゃちゃは、当時5歳で、同じく5歳のみずなと身体は同じくらいの大きさだが、鶏の割に、落ち着いていた。

両親曰く、物心付いた時に、彼女の弟が生まれ。

弟の二の次扱いを受けていたが、彼女は率先して弟を可愛がり、面倒を見ていたと言う。


そんな二人が居なくなって、この一家で天下を取っていた姉に、自由奔放に振舞われてきた僕には複雑だった。


「貴方は、お家がある場所の山の神様になったから、この山で霊力が使えるようになっているの。そこの山の柑橘に恵みを願って貰いたい。もう収穫時期だけど、山の呪いを解いて、力を流し込めば、甘くなると思うの」


翌日、きずなは、助け出されたちゃちゃと共に柑橘の畑へ出た。


「地鎮完成の儀は、山の恵みを証明してから。 どれくらい、効果があるかはさすがに未知数だもの」


きずなの言葉に、一緒に来ていた楓が苦笑いした。


「さすがに、昨日の今日で、奇跡は起こるかな? でも、この霊山が一番手強かったからね。 一番、すごい事が起こるとは思うけど」


「楓様、此度は、きずなのわがままを聞き入れて下さり、恐悦至極でございます」

「いや、氷室の子孫のお陰で、よそとの争いごとを避ける事が出来て、今の安寧がある。これからも、六封じと神木の為に、よしなにしてくれるとありがたい」


「はっ。一族の身命を賭して臨む次第でございます」


元黒田藩馬回り役筆頭まで務めた氷室でさえ、楓をかなり格上として敬っているのに改めて息を飲んだ。


「お姉様、山の恵みってどうやれば施す事が出来るでしょうか?」

「そうね、願いを込めるだけで、良いの。貴方は、体に力を込めて走り出す時に、どうする? それと、一緒。 この山の霊力は、貴方の思うがままに、出来る筈なのよ」


きずなの言葉に、ちゃちゃは首を傾げつつ、その場に屈みこんで、地面に両手をついた。


「ちゃちゃ?」

「……何かが、来る」


え?

ちゃちゃの言葉に、皆がどよめいた。

何が来るんだ?

そう思ったのも束の間。


目の前の土が盛り上がり、そこから茶色のイタチが出て来た。


「あ、出て来た」


ちゃちゃがそう言うと、いたちはちゃちゃの足元に縋りついて来た。


「あ、獣が出て来た。すっごい、まだ、呼び出せた子いなかったのに」

「え、どう言う事?」


「山の神様よ。人と獣で一対の神って。私説明したよね?」


僕は、全く認識がなかったがそう言えば、祠の建立の口上で、山一つに対して人と獣で霊力を封じると言っていた。


「え、他の子たちにも、獣がいるの?」

「うん、えっとね。夢渡りで見たら、見えるよ。 でも、こうやって、みんなが見える様にするには、働きかけが必要で、今ちゃちゃは習得したんだよ。 ちゃちゃ凄いね」


「かわいい。 ……いたちって汚い動物だと思っていたけど、この子は臭くない」

「だって、山の神様だよ。あなたの相棒だよ」


きずなは他の6人も、おいおい修練を積めば、獣を現実に具現出来ると言った。


「ちゃちゃ、山の恵みはうまく出来た?」

「う~ん、よく分かんないけど、あそこに力を集められはしたよ」


「じゃぁ、実際、食べてみようか?」


きずなは柑橘の所まで行き、完熟した柑橘の実を手に取って、もぐことはせず、僕に声をかけた。


「簾様、ちゃちゃ。触ってみて、そんで、皆さまに持って行っておあげなさいませ」


きずなに言われて、ちゃちゃと一緒に柑橘の木に向かい、枝に実った果実を触って顔を見合わせた。


「柔らかい」

「キラキラしている」


見た目にも、水分が含んだ弾力のある皮脂に、感動していた。




「とはいえ、収穫直前で、数が少ないわね」

「確かに、花が咲いてから実がなるからね。 来年、もっと獲れるかな?」


「勿論よ。呪われていたのに、枯れなかっただけでも、奇跡だった。 よっぽど、大事に育てなかったら、とっくに枯れてた。 山の怒りを買いながら、よく堪え抜いたものだわ」


「え、山の怒り……。そうだね、勝手に山を切り開いて植えたんだ。良い気持ちじゃなかったよね」


「でも、山の神がちゃちゃになったから、もう、大丈夫。山の神になれる子は、その山に選ばれた人選だから。 それだけ、善良って事よ。 まぁ、その山それぞれに好みもあっただろうけどね」



その日は、里長を通して、七つの山の全ての地鎮が終わり、神隠しの子は全て救出が叶った事。柑橘の実にかけられた呪いが解けた事を報告した。


里長は、自ら柑橘の前に足を運び、実を一つもいで実物を試食して、もう一つ実をもいで言った。


「ここに移り住んだ際、京からいらしたおばあ様が、ついぞ甘い実を付けれなかった事を悔やんであの世に行ったんだよ。最後のさいごまで、みんなに『美味しいんだ、甘酸っぱくて瑞々しくて、喉の渇きまで潤せるんだ……。それを食べさせてやりたかった……』って言っていたんだよ。 ちょっくら、墓参りに行ってくる」


そう言って、里長は真っ先に、もう奇跡となった柑橘を持ち帰った祖父母の墓参りに行ってしまった。



夕暮れ時に里長が、我が家を訪れて、明日取り急ぎ、地鎮完了の儀をしようと言って来たが、きずながそれを渋った。


「もう、夏も終わりです。早めに稲刈りをして、柑橘の収穫を優先してください。今年は、あまり暑くなかった。 こういう年は、夏の終わりに嵐が多いのです。 生きるのに一番大事な事は、食べ物を確保する事です」


嵐が来るか否かは別として、生きる為に最優先するべきは食料と言う言葉に説得力があって、里長も僕達もきずなの意見に賛成だった。


「僕は、もうお暇するよ。 婚儀は、ここでするんだろうけど。 落ち着いたら、改めて、六封じでもお祝いしてね」

「勿論でございます、遠路はるばる起こしいただき、ありがとうございました」


取り急ぎ、楓が単身、博多に帰ると申し出て一人で里を去って行った。

一人で帰るのは危険ではないか?

高貴な人なのに?

きずなにそう尋ねると、「神様だから」と言ってのけた。

え?っと、思った。



「簾様、お里を離れるとお寂しいですよね?」

「う~ん、寂しくないと言うと嘘になるけど、本当に里を救ってくれたんだよ。喜んで、君の所に行くよ。 ここで、里が滅ぶのを何も出来ず見ているだけだった。 自分の兄姉が囚われている事も気づかず、助けられない筈だったんだ」

「本当に私の夫となってくださって宜しいのですか?」


きずなはそう言って肩を竦めた。


「勿論だよ。 ……早く、君と夫婦に……なりたい。 地鎮完了の儀を延期しちゃうって君が言った時、内心、歯痒かったよ。 婚礼も、延期だから」


僕の言い分に、きずなは笑った。


「……私も、それはちょっと惜しかったです。 婚礼が終わったら、一緒のお部屋で過ごして良いんですよね」

「そうだよ。 君とずっと一緒に居られる。君に触れる事を躊躇わなくて良いんだからさ」


幾度も、縁談が破談になったり、想い人に断られたりで。

約束が反故になる事を恐れるあまり、先に抱いて欲しいと言うきずなの願いを聞き入れ、きずなを抱いた夜を片時も忘れられず、僕は密かに婚儀を心待ちにしていた。


「簾様が私を好きではない方が、好ましい。 そう思っておりましたが、今は、違います。 私、簾様をお慕いしています。 私、簾様をお慕いしても宜しいでしょうか?」

「寧ろ、そうであってくれないと、歯痒いよ」


最初こそ、好きになれない筈なのに、婿に望まれてどうしよう?と思ったけど。

僕は、きずなの全てが好きだった。


ちょっと、常識や感覚や感性がずれていて、博識であるが故に、察しが悪い所をぶしつけに咎められて面白くない思いもしたが、いつも彼女は誠実だった。


多々良も氷室もそうだった。


邪険にしているようで、いつも、こちらを慮って、冷たい態度で、気を遣って、配慮してくれた。



早めに稲刈りに入り、柑橘の収穫が佳境を迎えた頃、夕暮れ時にきずなが里長に話を持ちかけた。


「空気がやけに湿っています、夕暮れ時がいつもより赤いので、明日当たり嵐がきます。 今日は日暮れまで、出来る限り刈り入れを続けて、大事なものや食料が吹き飛ばされないよう、準備した方が宜しいかと……。 この様な天候の後、昔、海でたくさんの漁師の方が嵐で命を落としました」


「そうですか……。最近は滅多に酷い嵐はございませんでしたが、貴方様のお言葉を無碍にして良い事があった試しがございません。 夜通し、作業致しましょう」


「でしたら……、風がひとたび止んで、ぬるい空気になった後、雨が降り始めたら、家にお入りください。 決して、遠くへ行ってはなりません。 雨が降り始めましたら、必ず家に入る。 そこまで、皆さまにお伝えください」


きずなの助言通り、その夜は、陽が落ちた後も篝火を焚いて、村は総出で柑橘と稲や野菜の収穫に当たり、農作業に出ない者は、里長の家で保存食を作った。


きずなも里長の家で、姉達と炊事の加勢をしてくれた。

柑橘の収穫を手伝って帰る僕に姉が話をしてくれた。


「お姫様が、うちのおむすぎは砲丸みたいだなって、言っててさ。前に、あんたがくれたおむすびと一緒っだって笑ってたよ。やきみそつけてあって、美味しかったって」

「そんなに印象に残ってたんだ?」


姉にお結びを貰って食事をとって、みんなで分け前の食料を貰って外に出ると、既に土砂降りの雨が降っていた。



明け方、きずなが氷室を連れて僕を起こしに来た。

外は激しい風と雨で、眠って居られないような大きな音がして、あまり眠れなかったが、お陰ですぐに起きる事が出来た。


「里長の家に行きます。 このままでは、この地盤では地崩れと川が氾濫して被害が出そうなので」


きずなも氷室も、きちんと身なりを整えていた。


「でも、だからって、今外に出たら危ないよ」

「いいえ、今何もしなければ、危ないのです。 ちゃちゃも一緒に行かねばなりません。 後、助け出した、すべてのお子さん方も呼ばねばなりません」


「え? なんで?」


狼狽える僕に、きずなは言った。


「この里の神様だから、でございます」



嵐の夜に、ちゃちゃを連れ出す事に、両親は渋ったが、嵐の後で目を覚ましていたちゃちゃは、行くと両親の元を離れて言った。


「姉様の言う通りに致します。 姉さまは、今まで私に、自分にとって良くない事を一つもおっしゃった事がございません。 姉様を信じます」


僕とちゃちゃを連れて、きずなと氷室と共に、里長の家を訪ね、使いを出して他の人の子供がそれぞれの両親に伴われ里長の家に集まってから、きずなは言った。


「みな、それぞれが、それぞれの山の神です。 宜しいですか? これから、滅多な事ではやってはならぬ、事を致します。 今日、今からやる事は、100年に一度、やるかやらないかと言う程、滅多な事でしてはならぬ事です」


きずなは、山の霊力はすさまじく大きな物だが、限りあるものだとまず説明して。

これまで、治めるものが居なかったが故に、蔓延している霊力をおしみなく使って、里を守るよう全員で働きかけるように命じた。


「山の霊力を使い過ぎると水や草木が枯れ、最悪山が更地になって、滅びます。けれど、霊力を貯めに溜まりまくった状態の今なら、この嵐を乗り切り位は他愛もないはずです」


きずなは、霊獣を召喚出来たちゃちゃ以外の子供達にも、同じ事を指南した。

白猫だったり、蛙だったりと、色んなものを召喚している行く中。

一人だけ、あろう事か、人を召喚したものが出てきずなは目を見張った。


「あぁ、獣の力が強過ぎる、霊獣ではなく、これでは神獣だな」


きずなは慌てず召喚された二十歳前後の青年に声をかけた。


「貴方、名前は?」

「我は……さるなし。鳴神の……」


助け出された子は、きずなに滝を見せに行った山だった。

そこの滝の名をそう言えば鳴神と言っていたのを思い出した。


「すごいわ……。自我も名前もあるなんて」

「貴方が、我が半身と共に、解放しれてくれ自由を得られた。 凄いのは、貴方の方だ。礼を言う。 良ければ、貴方の名前を聞きたい」



翌々日の朝まで嵐は続いたが、空高くで雲が渦巻いているにも関わらず、川が氾濫して地崩れを起こすことなく嵐をやり過ごす事が出来た。


しかし、刈り取り損ねた柑橘の実や稲は全滅だった。

但し、殆ど収穫を終えていたのが幸いだった。



「叔父上、鳩を飛ばしてください。我々は無事であったと」


きずなは、無事を知らせてくれと言いつつ、とても暗い顔をしていた。

それを案じる様に氷室が言った。


「案ずるな。大丈夫だ」


そう励ます氷室の顔も一様に暗かった。



きずなは、二日ぶりに沸かして貰った朝湯に入ると食事も摂らずに部屋にこもるので心配して、姉に付き添って貰い食事を携えて部屋を尋ねると、きずなは氷室と共に手机を出して書き物をしていた。


「叔父上もいらしてらしたんですね」

「あぁ、婿殿に、その姉君、何用か?」

「食事を持ってまいりました。まだ、召し上がられてなかったので。氷室様も召し上がってらっしゃらないですよね」


「あぁ、だが、それは気になさらずとも。 だが、きずなは食事を摂らせたい。 ありがたい」

「氷室様も、召し上がってください」


姉が気をきかせて、氷室の食事も持って来させに行ってくれた。


「これから、里長の家に伺って、私達は一度、博多に戻ります」

「え、どう言う事ですか?」


きずなは、目の前に用意された食事に手を付ける事無く、手机に書きしたためた紙を僕に見せた。 


「ここに博多から浜玉までの、海沿いの地図を書きました。ここに向かう道すがら地形を見て、海岸や山道の様子で立てた目測では、私が地形を黒で描き、赤で塗った場所は、海沿いなら水没、山なら地崩れしたと思われます。 おそらく、各所で被害が出ているものと思われます。 付近に縁者の方がいらっしゃるなら、荷物を準備してお尋ねになられてください。 ご無事でいらっしゃるか、分かりませぬが」


僕は、きずなの書いた紙を食い入るように見つめた。

脳裏に、取り上げられた息子のいる、妻の実家を探して、手が震えた。

その場所が赤く塗りつぶされていたからだ。


そして、氷室の食事を持って来た姉も、説明を受けて口元を両手で覆った。


「やだ、あの人に言わなきゃ……」


姉が嫁に行った港町も真っ赤だった。


「簾様、本当は、付き添って差し上げたいのですが、私は……帰らねばなりません」


きずなは青ざめていた。

そして、きずなが目を落とした髪の場所が、多々良と出会った漁師町だと言う事に気が付いて背筋が凍った。





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