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婿嫌いの竜公女は 酸いも甘いも嚙み分ける  作者: 藤 慶


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第7話 宿命への冒涜-1




昼過ぎに作業の合間に、きずなを山に連れ出した。


「何処に連れて行ってくださるの?」

「うん、とっておきの場所だよ」



実は、里の七つの山を見せて回ったが、案内していなかった場所がある。

勿体ぶって教えなかった訳では無く、単にこれは僕の好みだと思ったからだ。


「あれ、何か水を叩きつける音が聞こえる⋯⋯えっ、これは、まさか、れ、簾様」


獣道だが、長年ここで暮らしているので、道に迷う事は無いが、目的の場所の随分前だと言うのに、きずなは何を悟ったのか、僕に目を爛々と輝かせて言った。


「もしや、この先、水場ですか?」

「あぁ、バレちゃった。 滝を見せたかったんだ」


白状する僕に、きずなは待ちきれんとばかりに僕の腕を掴んで引いた。


「嬉しいっ。私、滝、大好きなんです」


25年生きて来て、滝が大好きだと言ったのは、彼女が初めてだった。

今後も、お目にかかれる気がしない。


「うん? 滝がどうして好きなのかな?」

「えっ、そんなの⋯⋯滝が好きだからに決まっているじゃないですかっ。行きましょっ、早く行きましょっ」



僕は、とっておきの絶景を見せたくて、そこに案内したかったのに。


もうその後は、きずなが自分の耳を頼りに僕の案内を頼ろうともせず、一直線に滝に向かう羽目になった。




「だめだっ。何やっているの?っ濡れるよ」



いざ今度は滝にたどり着くや否や家1軒分の広さと大木の丈位はある高さの滝壺目がけて駆け寄るきずなの肩を掴んで制した。


きずなは驚いて僕を振り返って見つめた。

咄嗟に触れてしまったのは、不用意だったが、嫌だったんだろうなと思って胸が傷んだが。


「えっ、濡れては、いけないのですか?」


そっちか。

いや、濡れたら、嫌じゃ無いのだろうか?

初夏だけど、森の中は木陰で涼しいし、山の水は冷たいんだよ。


「風邪引くと大変だし、君がずぶ濡れで帰ったら、君の叔父様がかんかんに怒ると思う⋯⋯」


「そう⋯⋯ですね。眺めるだけに致します」


否、眺める以外に何の選択肢があるんだと、本気で首を傾げた。


彼女は嬉々として滝壺に、落ちる水音のせせらぎと水が陽の光を受けて煌めく様子にうっとりと魅入っていて、中々声がかけられずにいると、きずなはふっと顔を上げて僕を見た。


ちょっと身構えてしまったのに。


「簾様、違う水の匂いがします。⋯⋯行ってみても良いでしょうか?」


「えっ、水に匂いなんてあるの?」


僕は、きずなが行きたがるまま、川下に歩きを進めて、そして言った。


「温泉見っけ」

「えっ嘘だろう?」


きずなは川の傍に出来た水溜りに足をつけ、その場に屈み込んで土をほじった。


「かなりぬるいけどお湯です」


僕も水溜りに手を伸ばして触れて、実感した。


「知らなかった」

「川の水を堰き止めて溜めたら、結構あったかいかも」


きずなは、川の岩を拾って積んで、堰き作って周りを岩で囲んであっと言う間に、踝丈ながら人一人は入れる露天風呂を作り上げで僕に笑いかけた。


「足位なら、入れますね」

「君は、本当にお風呂が好きだね」


2人で並んで縁の岩に腰を降ろして、足を湯に浸した。

木陰の傍で、涼しい場所だったので、温めのお湯でも心地良かった。


「楽しい。⋯⋯簾様、連れて来て下さってありがとうございます。 これは、何のご褒美ですか?」


「えっ、ご褒美じゃないよ。 ⋯⋯こんなのご褒美にならないよ。 僕の珠玉のとっておきの場所を、君に見せたかったんだけだったんだ」


「簾様、デスら、それをご褒美と言うのでは?」


「君が温泉見つけた時点で、地元の僕らがご褒美ものだよ。 君こそ、何のご褒美なのさ。 これ、凄いことだよ。 この温さなら、山を5つ越えた所にある温泉地に匹敵出来るよ。もう、どうしよう⋯⋯」


いや、こんなつもりじゃなかったのに。

こんなもの(温泉)見つけて、里のみんなびっくりするじゃぁないか。


「ふふっ、もっときちんと掘って川から離して、きちんと肩まで浸かれたら、良いな⋯⋯」


結局、もうその場で、結納を話を切り出す事は出来なかった。

 

「お前ら、作業をサボって何処に行っていた」


里に帰ると思いの外、何も出来なかったのに長くだけなってしまった外出に、氷室がかんかんになって怒っていた。


「叔父様、すみません。簾様がご褒美に、滝を観せに連れて行ってくださって、温泉を作ってたら、時間を忘れてしまって」

「何を言っている。滝に温泉⋯⋯作っただと? 婿殿、ちゃんと説明していただこうか? 2人きりで山に入って、何をしておった」



家に上がり、きずなの部屋で、氷室のお説教が戦火を切った。


「嫁入り前の娘が、男と2人きりになるなと言った傍から、舌の根も乾かんうちに。 婿殿も、せめて結納までは軽率な行動は慎んでいただきたい」


「申し訳ございませんでした」


「で、婿殿がきずなを外に誘ったと言う話だが、何用で連れ出したのか、よもや、物見遊山で誘ったなら軽率が過ぎる」


「あ⋯⋯はい。結局、お話は出来ませんでしたが、地鎮開始の儀で結納を。地鎮完成の儀で婚礼を申し出たく、そのお話をしたくてくわだてました。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。部屋で二人が駄目なら、外なら⋯⋯と。その先に、まずきずな様にお話しておきたくて」


僕の言い分に、氷室はおろか、きずなも目を見張って驚いた。


「えっ、そんな急に」

「はい。僕の事を気遣っていただいて感謝しておりますが、対価は酌み交わすものと心得ます。 ですので、そうであるべきと思い決心致しました。 未練はございません」


あるのは、至らなかった自分への後悔のみだ。


「結納にも、準備がある⋯⋯それは」


氷室がそう渋ったが、きずながそれを窘めた。


「まだ、祠の製作には、10日程かかります。並行して取り組めば、可能です。 婚礼も、地鎮の期間に整えます。お引き受け⋯⋯して宜しいでしょうか?」


きずなは、氷室を食い入るように見つめ、氷室は大きく息を吸って、空気を一気に吐き出すように言葉を紡いだ。


「姫のよきように」


氷室は、きずなに思う所がある時、距離を取るように姫と呼ぶ事を、僕は悟った。




改めて、両親にきずなと氷室の了承を取り付けた事を話して、里長に口利きを頼んだ。


夜、自室で休んでいると、変な違和感を感じて目を開けて、叫びだしそうになった。


「えっ⋯⋯何をしているの?」


きずなが自分の布団の傍で正座でこちらを見つめていた。


「さぁ⋯⋯何だと、思われます。当てて下さいまし」


僕は身を起こして、後ろに身を引いてあぐらをかいて頭をかいた。


「ごめん、分からない。混乱している。えっ⋯⋯夢じゃ無いよね」


苦笑いでそう言うと、きずなは口元に手を添えて小さく微笑った。


「夢だと思われるのなら、夢でもようございます」


そう言うと前に身を乗り出して僕の前で両手を広げて、僕を抱きしめた。


えっ、嘘。

何で。


白い正絹の浴衣、帯まで白で、まるで天女だと思っていた。

艶のある黒髪が揺れてその白い浴衣になびく、久しく忘れていた女性と触れ合う柔らかい感触に身震いがした。


きずなに女を感じている自分に焦った。


「おやめください。結納前です。いや、婚儀の後ですよ、こういう事をなさるのは」


なんて、言葉で窘めても、身体が一向に動かなかった。

拒んで遠ざけないと。

身体に芯が入ってしまう。


強引に唇を奪って、浴衣をはいで、身体を抑えつけて⋯⋯。


それで。



「簾様、お願いがあります」

「え?」


きずなは、落ち着いた声色で、でも身体は強張っていた。


「こわいの⋯⋯」


えっ、じゃぁ離れてくれれば良いし、僕の部屋に来るからだよ。

僕だって、もう我慢は限界だ。


「約束したら、また、失うんじゃないか⋯⋯。また、駄目になるんじゃないかって⋯⋯」


「へ? ちょっと待って、どう言う事」


僕は、頭が混乱するあまり、きずなの肩を両手で突き放していた。


「⋯⋯約束は果たされる為に有るのに、私はいつも、取り残されてしまう」


きずなは突き放す僕の手を押しのけて再び僕の胸に飛び込んでそこに顔を埋めて泣いた。


「叔父上も、兄やんも、たくみも、みんな、私を選んではくれなかった」


えっ、ちょっと待ってよ。

僕が思ってたより、2人増えているし、えっと⋯⋯、あれ、あの2人もなの?


「えっ、君、叔父様も好きだったの?」

「私が物心ついた時には、奥方様もたくみを産んですぐ亡くなられてて。子供でしたけど、私が後添えになりたいと言ったら、忘れられ無い人が居ると仰って断られました。たくみは、私と同い年の兄が居りましたが、格上の武家の一人娘に是非にと乞われ、婿養子に入って、たくみが家督を継ぐことになり破談しました」


きずなは、小さな声で滔々と話して震える手で僕の上着を握った。


「兄やんだけじゃないの。 だから、私、人を好きになるのがこわい」


「でも、だからって、どうして来たの?」


僕が心底、きずなの本意を汲めず、そう尋ねるときずなは顔を上げて、涙を零しながら言った。


「今夜、私を貴方の妻にして下さい。そう、私は、駄々をこねに参りました」


えっ、はっ、何、その言い分。

言っている事と、お願いの仕方が、ちぐはぐじゃないか?


「妻にして下さい」と「駄々をこねる」は一緒に使ったらおかしいよ。


僕は思わず可笑しくて、吹き出してしまった。


「はっ、何その言い分」

「⋯⋯私、真面目に申しております」


いや、熱意は伝わるけど。

えっと、あの氷室親子まで、きずなと一悶着あったなんて、まぁなんか、そんな気も言われてみれば、したけどさ。


「婚儀が終わらないと夫婦にはなれないよ。約束は対価だと、言ったのは、君なのに」


いや、いっそもうちょっと煽ってくれたら、止まら無かったかも知れないし、お言葉に甘えていたかも知れない。


でも、いや、こんなに可愛い事してくれるきずなにさっさと手を出すのは、勿体無いと思った。


「⋯⋯でも、では、変わりに約束⋯⋯していただけますか?」

「約束?」


「絶対、私を妻にすると。誓ってください。それで、我慢致します」

「そもそも、君への婿入りが対価なのに、約束なんて要らないだろう? 信じてよ」


きずなは、口を尖らせて目を伏せた。


「もっと、よく考えて臨めば良かった。やはり、後悔しています⋯⋯」


「えっ? 後悔しているの」

「はい。手付けに、私に手を出して、と願っていれば、こんな想いせずとも、良かったから」


いや、無茶苦茶だよ、それ。


「君は初婚なんだから、もっと慎みを持たなきゃ駄目だよ」

「簾様は、そうやってすぐ余裕をお見せになられて酷うございます。本当に、憎いお人です」


僕の事、憎いって言うのは、きずな位だ。

今まで、言われた事無いよ。

憎いってなんだ。


「僕の事を憎んでいるの?」

「えぇ、いつぞやもお伝え致しましたが、憎うございます。 簾様は人がなぜ、人を憎むかご存じですか?」


「いいや。僕は、憎いと言う感情を抱いた事はあるが、その道理までは、考えた事がなかったかな」


僕の言い分に、きずなは白けた笑いで言ってのけた。


「おのが望む事を相手がしては下さらないから、です。私は対価でお願いしていません。駄々をこねております。対価が抜きでは、私に何もしてくださらない。そんな、貴方を憎みます」


きずなは僕から離れて、姿を消した。

夢渡りをしたと思った。



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