第6話 知識と手段と判断力-2
※
「柚木崎 簾。 貴殿は、何をしている? まだ、正式に婚約の取り交わしもしていないの男女が部屋で2人きりになる奴があるか、2人とも端ない」
手鏡の話の後も、きずなと世間話をして過ごしていると氷室が部屋を訪れて、部屋に僕がいる事に怒りを露わにした。
だが、氷室の叱正は、決して片方を責めるのではなく、両者万遍なく怒るのが逆に、違和感を覚えた。
「叔父様、簾様は良識のある方です」
「阿呆、良識のある者なら、この場におらん筈だと言っている。2人の行動が、お互いの心象を貶めておる自覚を持て⋯⋯。とは言え、柚木崎殿、今朝は取り乱して済まんかった」
「とんでもない事でございます。お陰様で、きずな様にまた里の子供が一人命拾いを致しました」
氷室は、複雑な顔で向かい合って座りお互い正座で話をする僕らの前に座った。
「⋯⋯きずな。今一度、聞く。 柚木崎 簾殿を婿に望む。 その気持ちは固まっているのか?」
「はい」
「⋯⋯一生の選択だが、この後、心変りする事は、永遠に無いか?」
「私は有限のイキモノでございますれば、永遠は誓えませぬ。この命続く限り、心変りは致しません」
氷室は寂し気な表情を浮かべて、俯いて言った。
「例え、戯言でも、お前が行きずりの男と六封じを出ると言うから、よもやと思ったが、これが宿命か。 今までお前を妻に望んだ者たちの中で、らさが唯一お前に引き合わせた時点て、もうそれが証明だったな。 きずな、道を誤るな。 物事は筋を通さぬ行いによい結果があった試しが無い。 婿殿も、ゆめゆめ肝に銘じられよ」
え、初めて、氷室に婿殿と呼ばれて僕は呆然とした。
※
「こちらとしては、姫は私の兄が遺した一人娘で、今日まで実の我が娘と思って育てて参った。そちらも大事なご子息に複雑な心情は察して余りあるものではないが、婚礼は正式な手筈で臨むこころ積りで願う。 ご内助を亡くされ、間もなくとの事だが、幸いこちらは、婚儀を急ぐ理由は無い。 ゆっくり心を休めて、喪が明けた後、結納だけさせて貰えば、婚儀はまだ後でも構いません。ですが、婚儀の後は、兼ねてよりお話していた通り、御子息には我が町へ移り住んで頂きます」
「すべて承知致します。私共と倅の心情も慮っていただき、大変、嬉しく存じます。 私共の様な小さな神社の息子には、身に余る⋯⋯幸いでございます。 文句一つ、浮かびません。 非の打ち所⋯⋯一部もございません。 私たち夫婦も、子供や孫に、里の者まで、全員もう一度は救っていただいております。 知恵と手段と判断力、どれも素晴らしい行いの数々。我々は神木の姫様を疑う余地など持ち合わせません」
氷室が僕の家族に、きずなの保護者として、正式に縁談の話を持ち掛け、無事纏った。
※
翌日、改めて、里に僕の婿入りを盟約に、正式にきずなが里の地鎮に取り込む事を知らしめ、皆が集まって話す中、マムシに子供を咬まれてきずなをなじった母親がきずなの元を訪れ、謝罪と患者の言葉を述べた。
「子を思えばこそ、です。どうか健やかにお過ごしくださいまし」
きずなは、始めから最後まで、感情を荒げる事無く一貫していたが、元気に過ごす子供に顔をほころばせた。
「お母様は、貴方をとても心配なさっていました。お母様を大事にね」
そう子どもに声をかけて、目を細める彼女が、自らが触れ合う記憶を持たぬ痛みに堪えているように見えて、憐れに思えた。
地鎮には、山にそれぞれ祠を立てて、そこに理を組む事で人柱にされた子供を解放できるときずなは説明した。
祠の製作には、木材と塗料が要ると言う。
宮細工に長けるきずなは、祠の建築に釘は用いないので、その2つで良いのだそうだ。
神事に関わる建築に、金属を用いないのは慣例だが、その技術も持っものは少ない。
我が家も、社殿は里長の実家の援助で、宮細工で建てて貰ったが、莫大な費用と時間を要したと聞いていた。
「稲刈りまでに、終わらせないと、収穫祭の神事は大がかりだから、その前に、お盆もあるし、なるべく急ぎたいの。 ここらへんに懇意の材木商はおられますか?」
村の若い衆で新たに木を切って木材にするのを時間がかかる。
銭はかかるが、きずなは、ここに来る度に氷室が持って来る心付けの銭で賄う事を提案して、里長を驚かせた。
「まさか、その為に、わざわざいつも心付けを下さってらっしゃったんですか?」
「偶然ですわ」
どうだろうか?
「私一人では、流石に手が足りません。たくみを呼んでは、いけませんか?」
「もう、あいつは馬廻役筆頭役だ、ここで、当てには出来ん。⋯⋯だが、鳩を持って来た。設計図を送って送り届けさせろ」
息子に役目を譲ってなお、扱いが酷い。
きずなは、急ぎ部屋で手紙をしたためて、氷室が連れて来た鳩に文書を括り付けて、空に放った。
昼からは、氷室がきずなと義兄を山に伴い山に入って、雉と鹿と野兎、狸や狐を狩って帰った。
「明日は簾様もかりん様も同行していただけますか?」
「えっ、僕達にも、狩猟の手伝いをするの?」
「まさか。 梅の木を見つけたのです。 梅の実の収穫と、若苗があったので掘り起こして里に持ち帰るのを助けていただきたくて。塩は蓄えにございますか? 後、シソの生えた場所はご存じないですか?」
きずなは、この日、捕れた雉をひどく喜んでいた。
「嬉しい。雉は、羽根が高値で売れるのです。お肉も柔らかくて美味しいんです。 野営で、焼きながら食べた時のが1番美味しくて」
きずなは、氷室と狩りに出掛けた今日の方が、前より楽しそうだった。
氷室も普段は、きずなに厳しく接して居たが、今日は時々、笑みを零して、嬉々とするきずなを見守っていた。
まるで、仲の良い父娘そのもの。
とは、言えなかった。
まだ新婚の⋯⋯幼い娘を妻に迎えた夫婦に見えた。
「叔父上の弓裁きは、いつみても惚れ惚れ致します」
「お前も、今日は1羽は仕留められただろう?」
「えぇ、隣でぎゃんぎゃん絞られて、死に物狂いで、討ち取る事が出来て幸いでした」
きずなが雉まで討ち取ったのか?
鹿や野兎は兎も角、飛ぶ鳥まで落としたと言う事実に僕は脱帽だった。
「俺は、鹿がせいぜいだった。獲物が小さくてすばしっこいものほど難しいものだ」
※
木材の買い付けに数日を要する期間は、里の若い衆に狩猟や加工の指南をして過ごし、木材が届いた所で、木材の切り出しは若い衆でこななし、組み立てや加工を全部きずなが氷室が助手を担って、工程を着々と進めた。
祠は地蔵が一つおさまる程度の小さな物だったが、それを7つも作るとなると大変な作業だった。
7つの祠を大体1つ2.3日かけて作る中、後数日で全部が仕上がろうと言う頃、僕は両親と姉と義兄に呼ばれて話をする事になった。
「あちらさんは、お前の亡き妻の喪が明けて、お前の気持ちが落ち着いてからで良いと言って下さったが、全部その言葉に甘えるのもどうかと思う」
みんな神妙な顔をしていた。
何を言うつもりか、測りかねていると、義兄が口を開いた。
「お前さん、後添えを貰うには、まだ早いってのは分かってんだ。 喪が明けるって言えばよ、せめて1年ってところだが、四十九日は過ぎているしよ……」
そこまで言うのがやっとだったようで、後の言葉が姉が続いた。
「貴方と連れ添って2年余りだったけど、あんたの事を好きだって言って、こんな山奥まで嫁いでくれて、あんたや父さんや母さんを大事にしてくれた。ここの貧しい暮らしも受け入れて、本当に良い人だった。 無理やり引き裂かれて、忘れろって言われて、そんなすぐに心の整理が付くもんじゃあ無いって思う。……でもね、あんたが生きていく為に、あのお姫様は、絶対離しちゃならないって私は思うの。あんた、博多に行ってお姫様連れて帰って来るまで、生きているのに死んでいる様だった。生気が抜けて空っぽになってた。 ……私、そんなあんたを見てるのが辛くて、ここを追い出したんだよ。死にたきゃ死ねって思った。 そん位、あんた抜け殻だったんだよ」
え、そうだったっけ?
……え、確かに、ちょっとぼうーっとして過ごしてたけど。
その言い分は酷い。
「かりんは言い過ぎだ。本題も逸れるから黙ってなさい。 簾、私がお前に言いたいのはな。あちらさんに善意を受けてばかりで良いものか? そう思って、お前に話をしておきたいと思ったんだよ。 喪が明けたら、結納で。気持ちの整理が付いて、婚礼。そこまで言っていただいて、悠長に相手を待たせて、じゃぁ私達の善意はどこにあるんだ?って、事を言いたいんだ」
父にそう説かれ、確かにその心根を失念していた事に気が付いた。
確かにそうだ。
向こうにある善意が、こちらには微塵も介在しない。
「……父さんは、どうすれば、善意で答えられると思う?」
僕が尋ねると父は言った。
「祠を実際に納める前に、一度地鎮を始める儀式をすると仰せだった。その際に結納を、地鎮をすべて終わらせた暁に、婚礼をするのが、最善だと思って居る。 簾、努力をしなさい。 亡き妻を想って耐え忍ぶ事ではなく、人を愛して幸せに生きる努力を」
……そうだ。
僕は、自分が幸せになろうなんて、考えた事も無かった。
妻を幸せにしたい。
息子を幸せにしたい。
そう思って、そう願って生きて来た。
でも、一度として、願いもしなかった。
想いもしなかった。
自分が幸せになるには、どうすれば良いかなんて。
あぁ、馬鹿だ。
そうだ、あの時、妻に言えば良かったんだ。
君と息子が居れば、幸せだ。
僕の幸せの為に、僕と一緒に居て欲しい、と。
※
僕は、よく考えて両親に父が思う最善の段取りに添いたいと思っている事を話した。
「僕は、妻子を実家に連れ戻される時、止められ無かった事をずっと間違いだと思え無かった。僕が、奪われるのを拒む事は、自分のわがままだって、そう思ってずっと、それを悔やむ事さえ出来なかった。でも、今は、悔やんでいるんだ。 ちゃんと、拒めば、拒絶すれば、良かったって」
僕は、妻子を守るのではなく、離れたくないと言う意思を通して、手放しては行けなかった。
それが、僕の反省だった。
「だから、後悔したくない。婚約も婚礼も父さんの段取りで臨もうと思う。今日、昼過ぎに本人に伝えて、よい返事を貰えたら、父さん、里長を通して、正式に申し入れして欲しい」
僕がそう言うと、父さんは少し顔をしかめた。
そっちが言ってきたのに。
「本当に良いのか?」
「うん。 後悔したくない。 後になればなる程、善意が膨らんで行く、それを悔やんで余計に疲弊しちゃうのは、悪循環だよ。 僕、もうこれ以上、罪悪感を持ちたくない」
そもそも、地鎮の儀式が始まる前から、お試しで神隠しの子供を一人助け出して、柑橘の栽培を既に成功させた実例をもっていて、極めつけは離縁寸前の姉の家庭まで救ってくれて。
柑橘の栽培と並行して、狩猟の手ほどきまでしてくれて。
「本当、神様より、至れり尽くせりね⋯⋯。私達がどうやっても、どうにもならなかった事、全部根こそぎ解決しちゃうんだもの」
母の言葉に姉が続いた。
「でも、全然、威張らないのよね。頑固で、素っ気ないけれど」
確かに、どちらかと言うと無愛想だ。
だが、時折、優しい一面を見せるのも確かで。
やろうと思えば、きずなの笑顔を思い浮かべる事が出来る。
「そうか? みずなといる時は愛想が良いから、まだ子供っぽいけど、18位になれば大人の女にみえるんじゃねえか?」
義兄は、きずなが18歳と知らないらしい。
一体いくつに見えているのだろうか?




