第6話 知識と手段と判断力-1
「いい加減になさいませ」
「五月蝿いのよ。あんたが悪いのよ。 なんで、教えてくれなかったのよ。 あんたのせいで、この子、死ぬところだったのよ!」
手鏡を渡した明朝、里で騒ぎが起きて、駆け付けるとある家で、厠に起きた幼児が足をマムシに噛まれて大騒ぎになっていた。
マムシの毒は強力で、噛まれれば一晩持たない猛毒の蛇だった。
一緒に騒ぎを聞いて駆け付けたきずなが、子供に駆け寄り、水を絶え間なく持って来させてしばらく傷を洗い続けながら患部の次の関節を軽く縛って、。
「おい、足を切れ。毒が体に回る前に、切り落として助かったって話を聞いた事がある」
里の年長者がそう提案すると、子の母親が子供からきずなを突き飛ばして抱き締めて叫んだ。
「早くして、この子が死ぬくらいなら、致し方ないわっ」
半狂乱でそう喚く母親にきずなはため息交じりに言った。
「あ、ちょっと、この方のご家族の方、この子の母様、よそへやってくださらない」
「は? え?」
「この子、そんなに振り回したら、余計に死ぬ確率が上がる。 死なせたいの? 診れないでしょ? 後ね、膝上噛まれているのよ? 大きな毛の流れがある場所なの。そんなところ切り落としたら、ただ早く死ぬだけよ。 切り落とすのは身体の先端の時で、それも、時と場合によるの! 早くして」
「は、はあっ。 お、おい、かかあを引き離せ」
きずなに言われるがまま、里の者たちに子から引き離されて、再びきずなが子供を看病した。
「横に寝かせては駄目、体は出来るだけ、冷やした方が良いわ。誰か、うちわで仰いで、手ぬぐいもう少し下さい。ここから動かしては駄目、動くと揺れて毒が回りやすくなるから」
※
夜がすっかり明けきった頃、朝の寒さに子供が凍えながらも、意識をしっかり保っている様子を見て、きずなはもう大丈夫だと戸板に子供を寝かせて布団に運んだ。
問題はその後だった。
あろう事か、無事に部屋で布団に入った子供に見向きもせず、取り押さえられていた子の母親があろう事かきずなにどなりつけて来たのだ。
「なんでみんなにちゃんと教えてくれなかったのよ。 なんでうちだけ、竹藪の事教えてくれなかったのよ」
「私は、皆々様にお伝えくださいとは申しませんでしたが、だからと言って、責められる謂れがございません」
「何よ、薄情者っ! あんたみたいな冷たい女に、本当に何か出来るなんて思えない!」
「そう言われましても、私は全知全能ではございません、 ご不便もあって当然では?」
きずなは特にいい責められても、さげずまれても、苦笑いで受け流した。
「ええ、不便よ、この役立たず」
言うに事欠き、マムシに噛まれたこの母が、きずなをそう言った瞬間、隣にいた者がその母親を平手で打った。
「いい加減にしろ。俺は、あんたの子に足を切れって言ったんだ。もし切ってたら、どうなってたと思ってんだ。 お前さんこそ、子の事で気が気じゃねえのは分かるが口差がねえのも大概にして、さっさと子供に付き添ってやれ」
この母を平手で打った男は、そう言ってその場に膝を落として地面に頭をこすりつけた。
「助かりました。 俺の親父は右手の親指が無かったんです。マムシに噛まれて、指一本で済んだ、儲けもんだって……、そんで、本当すみませんでした」
「頭をお上げください。時と場合に寄るんです。 でも、……出来れば流水で傷口をしばらく洗って身体と噛まれた場所を動かさないように冷やして安静にすることが大事なんです。極力、その場をうごかず、手指なら胸より上にあげず、今の様に足であれば横にならないのが肝心なのです。 まぁ、噛まれない努力が最善には変わりないのですが?」
きずなは見事、その場を一人で納めて、子の命も救った。
だが、実は、その陰で、早速、きずなのたくらみで連れ帰る事となったかりんの夫が陰ながら大活躍していた事に僕は呆然としていた。
「ありがとうございます。義兄様」
「おう……おやすい御用だ。 あぁ、何とか、簾と二人がかりで抑え込めたな」
かんかんになって、騒動の後、きずなの元にすっ飛んでいく氷室が、途中でこちらに戻って来て怒りの矛先を向けて来たらと思うと冷や冷やした。
騒動で駆け付ける最中、僕と義兄にきずなは大変な頼みごとをして来た。
『簾様、義兄様、叔父様を抑えてて。 絶対、私にちゃちゃ入れて来る人が居たら突っ込んで行くだろうから』
いや、絵に描いた様にそうなるから、慌てて二人で止めに入った。
この母が取り乱す分、こっちはきずなの親代わりが悋気を起こしていたのだが。
子を思う親の気持ちが変な所で通じ合っているような気さえして、苦笑いだった。
「義兄様が居てくれて心強いです」
「何を言う。 こっちこそだ。 かりんやみずなだけでなく、俺まで温かく迎え入れてくれて本当に感謝している」
どちらからともなく笑い合って、家に帰った。
今まで親戚付き合いでは他所他所しかったが、改めて義兄と本当に打ち解けられた気がした。
「簾様……ちょっと、宜しくて」
その日は、朝からきずなが氷室に頼んで湯を沸かさせて朝風呂に入っていた。
そして風呂から上がるや否や、僕を部屋に呼びつけた。
氷室は、朝湯の始末前に、まだ風呂に入りたいものがおれば、入るようすすめており、ここでまた、湯上りに部屋に男を入れようとするきずなに気付く様子はない。
「は、え……きずな様。 おひとりの時に、おなごが部屋に男を入れるものではございません」
「いいから、おいでなさいまし。 わたくし、怒っているんですから」
そう言って一際凄みを聞かせて睨むきずなに負けて、僕はきずなの部屋に伴った。
「私、たけやぶやマムシが好むとお伝えしておりましたが、なぜに里の隅まで竹を綺麗にしてはくださらなかったのですか?」
「急に全部は無理だから、里長と手分けしてみんなで割り振って……」
「でしたら、なぜ、時間がかかると分かった時に、皆に教えてやらぬのですか? 不親切で、薄情と言われれば、まぁそうです」
「ええ、そんな事は無いよ。君は不親切でも、薄情でもないって」
「当たり前です。 他人ですから、謂れもない。でも、同じ里の人間である、簾様は事情を知る方々全員は、あのお母様がおっしゃる通り、不親切で、薄情です」
きずなの思わぬ言い分に、でも、ぐうのねも出なかった。
また、僕はきずなに自分を無能と思い知らしめる失態をしたと実感した。
「……でも、申し上げました通り、私にとっては他人事でございますれば。これを申し上げる、理由は一つです。 簾様、これを学びとしていただければ幸いです。 叔父様を義兄様と止めていただいてありがとうございました。 あの子を助けるのに気が散って困ると思ったので助かりました」
そう言って、やっとお道化て笑うきずなに、僕は百面相だが、本当にその有様が愛しく思えた。
「あの……それで、簾様。 母の形見、ありがとうございました」
―――え、あ、そうだ。
明け方の騒動で、記憶が飛んでいたが、僕は昨夜、きずなに手鏡を返したんだ。
それも中身が何か分からないようにして、面と向かって会わせる顔も無くて、
それで。
「礼を言うのはこっちだ。 君がお代を持って来るのを待っているって僕は言ったのに、それを反故にした」
「……いいえ、見つけ出せなかったのは、わたくしの落ち度でございました。 会いに来てくれて、嬉しゅうございます。 私の母上……でした。 母との記憶がない私にとって、これが私の母上でございました」
心から、やっと、彼女の望みを今果たしたと僕は実感した。
そしてやっと、僕は分かった。
僕はきずなに望まれる形で、出会う運命が、ちゃんと最初から在ったのだと。
「出会った最初からやり直したいよ。 君を失望させたのを無しにしたい」
恥ずかしいような照れ臭いようなそん複雑な心境が入り混じって、舌が熱くて、身悶えする様に言葉を紡いだ。
「勿体ない事です、簾様。 人は失敗から多くを学ぶものでございます。 折角最後まで立ち向かった失敗を無しになんて滅相もない事です。 生きる事は、尊い事です。 簾様は、里の方々をお助けになった上に、ちゃんと私の約束を覚えていてくれた。 こんな素晴らしい事はございません」




