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第8話「王国を揺るがす証言」

 王宮の謁見の間は、朝から多くの貴族で埋め尽くされていた。

 リオン侯爵の直訴があると聞きつけ、野次馬根性で集まってきたのだろう。皆、興味津々といった表情で、玉座を見つめている。

 私とリュートは、群衆の後方に立っていた。セルゲイが手配してくれたおかげで、私たちもこの場にいることができたのだ。

 玉座には、老齢の国王が座っている。その隣には王太子と宰相。厳かな雰囲気が、謁見の間全体を包んでいた。

「では、リオン侯爵、申し出の内容を述べよ」

 宰相が促すと、リオン侯爵が前に進み出た。

 彼は恭しく一礼してから、声高らかに告発を始めた。

「陛下、本日は重大な不正についてご報告に参りました。ヴァレンティア侯爵が、国庫から金銭を横領していた証拠を入手いたしました」

 どよめきが、会場を包んだ。

 父は、謁見の間の隅で青ざめた顔をしていた。

「これが、その証拠でございます」

 リオン侯爵は、帳簿を差し出した。

 宰相がそれを受け取り、内容を確認する。

「なるほど……確かに、これは——」

「待ってください!」

 私は思わず声を上げていた。

 周囲の視線が、一斉に私に集まる。貴族たちの驚きと好奇の目。それでも、私は前に進み出た。

「リアナ……」

 父が呆然とした表情で私を見つめる。

「陛下、お許しください。私には、この告発に異議がございます」

 国王が、興味深そうに私を見た。

「ほう。ヴァレンティア侯爵の娘か。何か言いたいことがあるのか?」

「はい。この帳簿は、偽造されたものです」

 再び、どよめきが広がった。

 リオン侯爵の顔が、みるみる紅潮していく。

「何を根拠に、そのようなことを!」

「根拠はあります」

 私はリュートから書類を受け取り、宰相に差し出した。

「この帳簿の筆跡と日付には、明らかな矛盾があります。そして——」

 私は録音の水晶を掲げた。

「これは、昨夜、リオン侯爵の側近たちが密会していた際の会話を記録したものです」

 水晶を起動させると、昨夜の会話が謁見の間に響き渡った。

『計画通りに進んでいるな』

『ええ。ヴァレンティア侯爵家の失脚は確実です』

『リオン様は満足されるだろう』

 会場が、静まり返った。

 国王の表情が、険しくなる。

「リオン侯爵、これはどういうことか」

「そ、それは……でっち上げです! 偽造された音声に違いありません!」

 リオン侯爵は必死に弁明したが、その声は震えていた。

「偽造ではありません」

 リュートが前に進み出た。

「私はリュート、元宮廷書記官です。この録音は、魔法具を用いて正確に記録されたものです。改竄の痕跡は一切ありません」

「元宮廷書記官……」

 宰相が眉をひそめた。

「確かに、そなたの名は覚えている。誠実な働きをしていたな」

「ありがとうございます」

 リュートは一礼した。

「私は真実を明らかにするため、この場に立っております」

 国王は深く息を吸い、リオン侯爵を睨みつけた。

「リオン侯爵。そなたは虚偽の告発をし、無実の者を陥れようとしたのか」

「い、いえ、そのような……」

「もういい」

 国王は手を振った。

「衛兵、リオン侯爵を拘束せよ。詳しい取り調べを行う」

「お、お待ちください! 私は陛下のために——」

 リオン侯爵の叫びも虚しく、衛兵たちが彼を取り囲んだ。

 そして、謁見の間から連れ出される。

 会場は騒然となり、貴族たちが口々に噂話を始めた。

 私は、その場に膝をついた。全身から力が抜けていく。終わったのだ。父の冤罪は晴れた。家族は守られた。

「リアナ」

 父が駆け寄ってきて、私を抱きしめた。

「すまない……お前に、こんな苦労をさせて」

「いえ、父様。私、やるべきことをしただけです」

 涙が溢れてきた。嬉し涙だった。

「ヴァレンティア侯爵」

 国王が声をかけた。

「そなたの娘は、立派だ。そなたの家は、今日から王国の重要な役割を担ってもらう。宰相補佐の職を与えよう」

「陛下……ありがとうございます!」

 父は深々と頭を下げた。

 これで、ヴァレンティア家は復権する。いや、前よりも強い立場を得たのだ。

 謁見が終わり、私は謁見の間を出ようとした。

 その時、セルゲイが近づいてきた。

「リアナ様、見事でした」

「セルゲイ様……」

 彼は、いつもの冷静な表情をしていた。

「あなたは、強い方だ。私の想像以上に」

「ありがとうございます」

 私はそう答えたが、心は複雑だった。

 彼の瞳には、まだ愛情が見えない。尊敬はある。だが、それ以上ではない。

「夜会は、予定通り明日開催されます」

 セルゲイが言った。

「そこで、私たちの婚約を正式に発表しましょう」

「……はい」

 私は頷いた。

 婚約は守られた。父も救われた。

 全てが、うまくいったはずなのに。

 なぜ、こんなにも胸が苦しいのだろう。

 王宮を出ると、リュートが待っていた。

「お疲れ様です、リアナ様」

「リュート……本当に、ありがとう」

 私は彼に深く頭を下げた。

「あなたがいなければ、ここまで来られませんでした」

「いえいえ。あなた自身の力ですよ」

 彼は優しく笑った。

「さあ、これから図書館に戻って、祝杯でも上げましょう」

「祝杯……そうですね」

 私たちは王立図書館へ戻った。

 地下書庫で、リュートは隠し持っていたワインを取り出した。

「本当は、図書館内での飲酒は禁止なんですけどね。今日くらいは許されるでしょう」

 彼はグラスに注ぎ、私に差し出した。

「リアナ様の勝利に、乾杯」

「乾杯」

 グラスを合わせる。

 ワインは甘く、温かかった。

「でも、まだ終わってないんです」

 私はグラスを置いた。

「明日の夜会……そこで、私は決断しなければならない」

「決断?」

「ええ。セルゲイ様との婚約を、本当に続けるのか。それとも——」

 言葉を濁した。

 リュートは、静かに私を見つめた。

「あなたは、セルゲイ公爵のことを愛していますか?」

 その問いに、私は答えられなかった。

「分からないんです。以前は、確かに愛していました。でも、今の彼は……」

「冷たい?」

「ええ。まるで、私を義務で見ているような」

「それは、辛いですね」

 リュートは同情するように言った。

「でも、もしかしたら、彼の心は変わるかもしれません。時間をかければ——」

「時間……」

 そうだ。時間をかければ、もしかしたら。

 その時、地下書庫の扉が開いた。

 書士が現れた。

「やはり、ここにいたか」

「書士……」

「リアナ・ヴァレンティア。あなたは、見事に試練を乗り越えた」

 書士は微笑んだ。

「契約に頼らず、自分の力で未来を切り拓いた。それは、素晴らしいことだ」

「でも、まだ終わっていません」

「ああ。明日の夜会が、最後の試練だ」

 書士は真剣な表情になった。

「そこで、あなたは最後の選択をする。セルゲイとの婚約を続けるか、それとも——」

「それとも?」

「自由を選ぶか」

 その言葉に、私は戸惑った。

「自由……それは、婚約を破棄するということですか?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」

 書士は曖昧に答えた。

「大切なのは、あなたが本当に望むものを選ぶこと。誰かのためではなく、自分自身のために」

 そう言い残して、書士は消えていった。

 私は一人、考え込んだ。

 自分が本当に望むもの。

 それは、一体何なのだろう。

 セルゲイとの婚約を守ること?

 それとも、別の何か?

 答えは、まだ見つからない。

「リアナ様」

 リュートが声をかけてきた。

「無理に答えを出す必要はありません。明日、心の声に従えばいい」

「心の声……」

「ええ。きっと、その時になれば分かりますよ」

 彼の言葉に、少しだけ心が軽くなった。

 その夜、私は自室で一人、窓の外を見つめていた。

 満月が、静かに輝いている。

 明日、夜会がある。

 そこで、私は何を選ぶのだろう。

 セルゲイとの未来を選ぶのか。

 それとも——。

 ふと、机の上に一通の手紙があることに気づいた。

 差出人の名前はない。

 封を開けると、そこには短い文章が書かれていた。

『リアナへ

明日、大切な話がある。

夜会の前に、図書館で会おう。

セルゲイ』

 心臓が高鳴る。

 大切な話?

 それは、一体何だろう。

 もしかして——。

 期待と不安が、胸の中で渦巻いた。

 明日、全てが明らかになる。

 私の運命も、セルゲイの想いも。

 そして、私たちの未来も。

 月が、静かに私を見守っていた。

 まるで、何かの答えを知っているかのように。

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