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第6話「王都の夜市と偶然の協力者」

 翌日の夕方、私は約束通り王立図書館を訪れた。

 リュートは既に待っていてくれた。彼は周囲を確認してから、小声で話し始めた。

「リアナ様、分かったことがあります。少し場所を変えましょう」

 彼に連れられて、図書館の地下書庫へと降りた。古い本が積まれた薄暗い空間。誰も来ない場所だ。

「ここなら、安心して話せます」

 リュートは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

「これを見てください」

 そこには、複雑な図表と文字が書かれていた。

「これは……帳簿?」

「ええ。リオン侯爵が用意している、偽造された帳簿の写しです」

 その言葉に、私は息を呑んだ。

「偽造……やはり、父を陥れるための罠なんですね」

「その通りです。リオン侯爵は、三日後に国王陛下に直訴する予定です。そこでこの帳簿を証拠として提出し、ヴァレンティア侯爵家が国庫から金を横領したと主張するつもりです」

「そんな……」

「ですが、この帳簿には不自然な点がいくつもあります」

 リュートは図表を指差しながら説明した。

「まず、筆跡が途中で変わっています。そして、日付にも矛盾がある。この日付の時、お父様は王都にいなかったはずです」

 彼の説明を聞きながら、私は希望が湧いてくるのを感じた。

「では、これを国王陛下に見せれば——」

「いえ、それだけでは不十分です」

 リュートは首を横に振った。

「リオン侯爵は用意周到です。きっと他にも証拠を揃えているでしょう。この帳簿が偽物だと証明しても、別の証拠を出してくる可能性があります」

「じゃあ、どうすれば……」

「根本的な解決策が必要です。つまり、リオン侯爵自身の不正を暴くこと」

 リュートは真剣な表情で言った。

「彼もまた、不正を働いているはずです。その証拠を掴めば、彼の告発は信憑性を失う」

「でも、どうやって彼の不正を——」

「僕に考えがあります」

 リュートは微笑んだ。

「今夜、王都の夜市で、リオン侯爵の側近が密会をする予定です。そこで、何か重要な取引が行われるはず。それを目撃できれば、証拠が掴めるかもしれません」

「夜市……」

 私は少し躊躇った。夜市は、貴族が行くような場所ではない。だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「分かりました。行きます」

「危険が伴いますが、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。私、もう逃げたくないんです」

 その言葉に、リュートは優しく微笑んだ。

 日が暮れた頃、私はリュートと共に王都の夜市を訪れた。

 色とりどりの提灯が灯り、露店が立ち並ぶ賑やかな場所。庶民の生活の香りがする、活気に満ちた空間。私は質素な服に着替え、フードで顔を隠していた。

「あそこです」

 リュートが指差した先に、怪しげな酒場があった。

「あの酒場の二階で、密会が行われるはずです」

「どうやって中に?」

「裏口から入れます。僕、この辺りには詳しいんです」

 リュートに導かれて、酒場の裏手に回った。

 彼は慣れた手つきで裏口の鍵を開け、私たちは静かに中へ入った。階段を上り、二階の廊下へ。突き当たりの部屋から、話し声が聞こえてくる。

「ここです。静かに」

 リュートが耳を澄ませる。私も息を殺して、聞き耳を立てた。

「計画通りに進んでいるな」

 男の声が聞こえた。

「ええ。ヴァレンティア侯爵家の失脚は確実です。三日後の直訴で、全てが決まります」

「リオン様は満足されるだろう」

「当然です。これで、アルノ公爵家との婚姻も——」

 その時、廊下の床がきしむ音がした。

 私が誤って踏んだのだ。

「誰だ!」

 部屋の中から怒鳴り声が上がった。

「まずい、逃げましょう!」

 リュートが私の手を掴み、階段を駆け下りた。

 背後から足音が追いかけてくる。酒場を飛び出し、夜市の人混みに紛れ込む。曲がりくねった路地を走り抜け、ようやく追手を撒いた。

 息を切らしながら、私たちは路地の隅で立ち止まった。

「すみません、私が音を立ててしまって……」

「いえ、大丈夫です。でも、彼らに顔を見られていないことを祈りましょう」

 リュートは周囲を警戒しながら言った。

「とにかく、重要な情報は得られました。リオン侯爵の計画を、彼らは明確に認めていた。あれは証言として使えます」

「でも、証人はいません。私たちの言葉だけでは——」

「いえ、いい方法があります」

 リュートは懐から小さな水晶を取り出した。

 それは魔法具の一種で、音を記録することができるものだった。

「まさか……」

「ええ。全部録音してあります」

 リュートは得意げに笑った。

「これがあれば、リオン侯爵の陰謀を証明できます」

 私は安堵の息を漏らした。

 これで、父を救える。

 婚約も守れる。

 未来を、変えられる。

「リュート、本当にありがとうございます」

「いえいえ。僕も、不正を働く貴族は許せないんです」

 彼は優しく笑った。

「それに、あなたは諦めない強さを持っている。そういう人は、助ける価値があります」

 その言葉に、私は胸が温かくなるのを感じた。

 セルゲイは冷たくなってしまった。でも、リュートという新しい仲間ができた。一人じゃない。そう思えることが、こんなにも心強いなんて。

「さあ、この録音を国王陛下に届けましょう」

 リュートが言った。

「明日、宮廷に謁見の申請をします。それまでに、証拠を整理しておきましょう」

「分かりました」

 夜市を後にして、私たちは図書館へ戻った。

 地下書庫で、リュートは録音の内容を文字に起こし始めた。私も手伝いながら、彼の横顔を見つめた。

 この人は、何故こんなにも親切にしてくれるのだろう。

 見返りも求めず、ただ私を助けてくれる。

 それが不思議で、そして有り難かった。

「リュート、あなたは何故——」

 言いかけた時、地下書庫の扉が開いた。

 そこには、書士が立っていた。

「やはり、ここにいたか」

 書士の声は、どこか緊迫していた。

「あなたに伝えなければならないことがある」

「何でしょうか」

「世界の歪みが、加速している」

 その言葉に、私は背筋が凍った。

「歪み……それって」

「二度目の契約の影響だ。世界は、あなたの行動を修正しようとしている。そして——」

 書士は私をまっすぐ見つめた。

「三つの運命が、今夜交差する。あなたと、セルゲイと、リオン侯爵の。その交差点で、何かが起こる」

「何かって……」

「それは分からない。だが、備えておくことだ」

 書士はそう言い残し、闇に消えていった。

 リュートが不思議そうに尋ねてきた。

「今の人は?」

「……図書館の司書です」

 私は曖昧に答えた。

 書士の警告が、胸に引っかかっていた。

 三つの運命が交差する。

 それは、一体何を意味するのだろう。

 その夜、屋敷に戻ると、執事が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「お嬢様! セルゲイ様がお見えです!」

「セルゲイ様が? こんな夜に?」

「はい。緊急の用件だと——」

 胸騒ぎがした。

 私は急いで応接室へ向かった。

 そこには、いつになく焦燥した表情のセルゲイが立っていた。

「リアナ様、大変なことになりました」

「何が起きたんですか?」

「リオン侯爵が、明日直訴をすると——」

「明日!?」

 予定より、二日も早い。

「ええ。急遽日程が早まったようです。このままでは、お父上が——」

 セルゲイの言葉に、私は戦慄した。

 リオン侯爵は、何かを察知したのだ。

 もしかして、今夜の密会が露見したことを知ったのかもしれない。

 だから、予定を早めて直訴をする。

 時間がない。

 明日までに、証拠を国王陛下に届けなければ——。

「セルゲイ様、お願いがあります」

 私は彼の手を握った。

「明日の朝一番で、国王陛下に謁見の機会を作ってください。私には、リオン侯爵の陰謀を証明する証拠があります」

「証拠……本当ですか?」

「ええ。だから、お願いします」

 セルゲイは少し驚いた表情を見せたが、やがて頷いた。

「分かりました。私の権限で、何とかしてみます」

「ありがとうございます」

 彼が帰った後、私は窓辺に立った。

 明日、全てが決まる。

 父の運命も、婚約の運命も、そして私の未来も。

 書士が言っていた『三つの運命の交差』。

 それは、明日起こるのだろう。

 星が、静かに瞬いていた。

 まるで、私を見守っているかのように。

 私は拳を握りしめ、決意を新たにした。

 明日、私は戦う。

 自分の力で、未来を掴み取る。

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