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「橋場君はいったい何をしていたんだね」
アポを取っていた得意先にはピヨに代わりに行ってもらった。会議室で部長と二人きり。意外にも部長は笑顔だった。俺はしたたかにぶつけてズキズキしている額を撫でながら、落ち着いて経緯を説明することができた。
部長は何度も頷いて理解を示してくれた。
「では社内で変態行為をしていたわけではないんだね」
「当たり前じゃないですか。でも俺が悪いです。誰もいないからと気が緩んでいました。軽率でした。トイレでやればよかったと反省しています。もう二度と裸にはなりません」
「そうだなあ、個室ならよかったねえ」
俺は立ちあがって、深く頭を下げた。靴下が目にとまる。
あのあと慌てて着衣したので靴下の中をあらためてなかったことを思い出した。だがもうくすぐったさは感じない。違和感は去っていた。
ふと不安がかすめた。俺は本当に違和感を感じていたんだろうか。今も違和感を感じたままだったら後ろめたさも半減することだろう。もしかしたら気のせいだったのではないか、などという思考の切れ端が脳内に滑り込んだとたん、どっと汗が噴き出した。あのとき髪の毛を見つけられなかったのだから気のせいと断言できない。
真摯なまなざしで部長を見つめ返したいのに、なかなか視線をあげられない。
部長はふうとため息を吐いた。
「念のために保健医のところに行ってもらおうかと思ったが、まあ、君も反省してるんだよねえ」
「はい。油断しました。でも保健医なんて大袈裟ですよ」
「君も疲れてたんじゃないかな。心労もあるだろう。成績の悪さとか親御さんのこととか」
ストレスを抱え込んでいたせいというのが部長の解釈のようだ。
「とはいえ朝倉君に見せてしまったのはねえ、言い訳できないからねえ」
朝倉だったのか。給湯室に変態がいると警備室に連絡したのは。
気さくな先輩枠だったのに、みずからの不手際で変態枠に堕してしまった。
なんとか挽回したいという強い思いと裏腹に、目線はますます下がる。その先に靴下があった。髪の毛もナッツの欠片も感じないが、別の問題が浮上していた。靴下の踵の位置がずれている。足裏に布だまりができている。それも両足だ。もぞもぞと足指を動かす。意識すると急に気になってくるのだから不思議なものだ。
「第一営業部の部長と相談してね、朝倉君にはカウンセリングを勧めているところだよ」
「え」
俺の裸でPTSDにでもなったのか。
「失礼します」
ピヨが一礼して入室してきた。ピヨに任せたのは話の長い社長がいる営業先だったはずだが、もう終わらせてきたのだろうか。
「陰口にしたくないと日代鳥君が言うんでね。同席してもらうよ」
部長の指示でピヨは部長側、つまり俺の対面に座った。
「朝倉君がストーカーに悩まされていたことは日代鳥君も知ってるだろう。橋場君が怪しいと君も思っていたんだって?」
何の話だろう。
「ええ、朝倉さんが結婚するって話をしたら、相手は誰だとか、妊娠してるんじゃないかとかすごい食いついてきましたから。いつも無気力な先輩の豹変に、びっくりしました」
ピヨは味方ではなかった。愕然とした。ピヨは橋場と視線を合わせようとせず、部長のほうを向いていた。
「あと、これも。先輩が隠し持っていました。朝倉さんに訊いたら、彼女がいつのまにか無くしたものらしいです」
ピヨが部長の目の前に置いたのは、いつだったかデパートのトイレ近くで拾ったキーホルダーだった。不細工なぬいぐるみがついている。




