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部長は別の得意先に向かい、まっすぐに帰社した俺はコーヒーの口になっていた。仕事の前と後はコーヒーが欲しくなる。
ところが給湯室のコーヒーマシンは故障中の紙が貼られていた。
別のフロアにもマシンはあったはずだ。マイカップとカプセルを持って第一営業部の給湯室に向かう。花形部署の給湯室はなぜか天井の照明までもが明るい。
「あ」
給湯室には先客がいた。朝倉がマシンを使っていたのだ。振り向いた朝倉は軽く頭を下げた。
「あの……お待たせしてごめんなさい」
「いや、とんでもない。第二のが壊れちゃって遠征してきたんだ。カプセルは持参してきたから」
よく見るとマシンの横には湯気を立てたカップがあった。朝倉は二杯目を待っているのだ。
「優しいね」
「いえ、これくらい」
朝倉は遠慮がちに目を伏せた。多言語を操り、海外留学の経験がありミスキャンパスに挑むような女性には見えない。覇気がない。端的にいって暗い。結婚を控えているとは思えない。やはり本人の意思によらない退社なのだろうか。
第一営業部に問題があるのかもしれない。パワハラとか。
「ではお先に」
両手にカップを持って朝倉は会釈した。
「それ……もしかして部長の?」
思わず橋場は尋ねていた。根拠はない。朝倉はただ苦笑を浮かべただけで答えなかった。後ろ姿に哀愁を感じずにはいられない。
「やっぱここでしたかー」
視界にピヨが飛び込んできた。
「なにしに来たんだ、おまえ」
「先輩と同じですよ」ピヨはマグカップとカプセルを見せた。「ところで先輩はバツイチでしたっけ。バツニでしたっけ」
「唐突だな。俺の戸籍はまっさらだよ。独身貴族さ」
「独身、ぷぷ、貴族、ぷぷー。未婚なの実は知ってましたけどー」
「俺の結婚とかどうでもいいんだよ。おまえの同期の……えーとなんだっけ、あさ……?」
俺の名演技にピヨがつられる。
「朝倉仁菜?」
「そうだった、朝倉な。あの子は本当は辞めたくないんじゃないかな」
「ええ? なんでそう思うんです」
「ちょっと気になってさ。いじめとか……会社に居ずらいんじゃないかなって」
ピヨは第一営業部の方に目線を彷徨わせた。
「ああ、なるほど。だとしても僕らにはどうしようもなくないですか?」
「おいおい、同期なんだろ。飲みに誘ってそれとなく悩みを聞いたりしてやれよ」
「結婚する女に親切にしてどうするんです?」
ピヨにとって朝倉は、同期のエースであるとともにライバルであり、あわよくば嫁にしたかったのだと思い出した。一見すれば冷ややかなピヨの言葉。だが心中には複雑な思いがあるのだろう。おのれの立場でピヨを断じてはいけない、と自制した。
ピヨとエレベーターを待つ間、フロアにそれとなく目を走らせると、第一営業部の部長と朝倉がなにやら話をしているようすが見えた。会話の内容はわからないが部長が一方的に話し、朝倉が相槌を打っているようだ。そこにひょいと加わったのが総務の局山だ。
なぜ彼女がいるのだろう。
「エレベーター来ましたよ」
「え、ああ」
ふたりがかりで朝倉を責めているように見えたが、本当にいじめはないのだろうか。
コーヒーを一口含んだ。熱い。苦い。
「ピヨ、おまえがなにか困ったことがあったらひとりで悩んでないで俺に相談しろよ」
「なにいきなり先輩風吹かせてくるんですか」
ピヨは鼻白んだのか、そっぽを向いた。




