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 空振りに終わった営業報告を記入してパソコンを閉じる。

 そしてカレンダーと時刻を確認してそそくさと退社する。今日は贅沢デーなのだ。

 月に数回、ちょっとだけ自分を甘やかす。デパート直結の駅で途中下車して、デパ地下で100グラムいくらの、ちょっと高めの総菜をいくつか買い、自宅のテーブルに広げて晩酌する。

 気楽な一人暮らしなのだからレストランフロアで夕食を済ませてしまえば手間がないのだが、好きな総菜を並べてアルコール片手にテレビを流し見るのが好きなのだ。贅沢はちょっとだけでいい。

 デパートのフロアに足を踏み入れた途端、背中に違和感が走った。むずむずする。

 髪の毛だろうとあたりをつけた。最近、抜け毛が増えていた。シャツと肌の間で存在を主張している。

 たかが髪の毛一本、気にしなければいいと思うのだが、一度気になると無視できないのが違和感というものだ。シャツに手を突っ込んで掴み出したい。しかしそんな不作法な真似はできない。人目がある。フロア案内でトイレを探す。あった。右奥だ。

 はたからは破裂寸前の危険な状態に映るだろうがかまやしない。橋場は脇目も振らず一直線に向かった。

 個室の鍵を閉め、急いでネクタイをゆるめ、シャツを脱ぎ、違和感の元を摘まみだし、便器に落とす。

「ふううう」

 ようやく安堵できた。ついでに後ろ髪を何度か引っ張って、新たな違和感候補を先んじて制す。指の股に三本絡まった。ああ、もったいない。

 シャツをパンとはたいて袖を通すと清々しい気分になった。違和感を成敗したのだから当然だ。背筋を正してネクタイをきゅっと締める。ほかに人がいなくてよかった。個室から鼻歌が聞こえてきたら気持ち悪いだろうから。

 勝利の美酒といこう。白ワインのハーフボトルと真鯛のカルパッチョは外せないなと頬を緩ませてトイレを出たとき、女性用トイレから出てきた人とうっかりぶつかった。

「おっと、失礼」

「あ、すみません」

 どこかで見たような顔だな、と橋場は二度見した。女性は視線を感じたのか顔を上げた。

「あ、どうも……」

 朝倉仁奈。第二営業部の優等生。

「やあ、偶然だね。買い物?」

「ええ、まあ」

 退社後の自由時間に職場の先輩に気を遣うのはストレスだろうと思った。橋場は気さくな口振りを意識してにこやかに話しかけた。

「あ、もしかして婚約者と待ち合わせかな。上階のレストラン、雰囲気いいらしいね。もっともおれには恋人がいないから縁が無いけど。ははは」

 朝倉は薄く笑うと頭を下げた。

「あの……失礼します」

 とくに話を膨らませることなく朝倉はそそくさとエスカレーターに向かった。仕事上がりの自由時間を職場の先輩と無駄にするよりも婚約者と一緒にいたいと思うのは当然のことだから、にこやかに見送るのはやぶさかではない。

 どんな男が朝倉の心を射止めたのか、ほんの少しだけ興味が湧いた。朝倉の退職は相手の希望なのかも気になった。もし朝倉が仕事を続けたいと思っているなら、婚約者を説得してもいいかもしれないと考えたが、上司でもないのに図々しすぎるかと思い直した。

「おや」

 足の裏に違和感。なにか踏んでいる。

 拾い上げてみるとキーホルダーだった。親指サイズの小さなぬいぐるみがついている。なんのキャラクターかはわからない。なんとも不細工な顔をしている。足が五本生えていて軟体生物めいている。

「……タコ、食いたいな」

 わかめとたこの酢の物と唐揚げにナッツたっぷりサラダを購入したころには、朝倉のことは忘れていた。

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