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給湯室でコーヒーをいれる。机に戻るまで我慢できずに一口含んだところで違和感がふたたび主張を始めた。
急いで机に戻り、周囲をうかがう。隣も真ん前も不在。ピヨはパソコンと格闘中。橋場に注目する者はひとりもいない。
机の奥で足を擦り合わせて靴を脱いだ。右手を突っ込んで靴下をすばやく引き抜く。さりげなく匂いをチェック。さすがに机上には乗せられない。ボールペンを床に落としたていで「あれ、どこいった」などと、誰も見ていないのに演じてしまう。
靴下を逆さにして振ったが出てこない。足に指の間にも残っていない。靴下を脱いだときに一緒に落ちたのだろうか。一見したところ見当たらないが気にすることでもない。
足下を整えると、ひとつ仕事を片付けた気分になったが、ふと勘違いであると気づく。いただく給料に見合った働きをするのが橋場の信条である。だが給料以上をする必要はない。取引先にでも顔出しに行こう。
エレベーターで一階におりると入れ違いに女性が入ってきた。話題の朝倉仁菜だ。なるほど、こうやって近くで見るとピヨが嘆くのもわかる。きびきびとした足運びに自信がみなぎっている。
視線に気づいた朝倉は「あの……?」と目で問いかけてきた。
「ああ、ごめん。朝倉さんだよね、第一営業部の」
「はい」
「結婚するんだってね、おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
照れたように頭を下げた朝倉に、橋場は笑顔を返した。これまでろくに接点がなかった先輩社員からいきなり声をかけられて朝倉は少し戸惑ったようだ。だが同じ会社で働いている者同士、慶事を祝う気持ちは素直に伝えたかった。
エレベーターの扉が閉まる直前、朝倉の隣で恐ろしい目つきでこちらを睨んでいる女に気づいた。
総務の局山あかり。名を思い出したのはエレベーターが閉まってからだった。在籍年数が橋場とさして変わらない、二十年選手のベテラン社員だ。なにか失礼なことでもしただろうか、睨まれる心当たりがない。
「ああ、そうか」
新人が寿退社するからだ。いい印象を抱いていないのだろう。局山は未婚ではなかったか。だとしたら。
橋場は首を振った。不躾で無神経な妄想だ。型にはめてわかったふうな気になっている。それに考え方が古くさい。
それでも、あながち間違ってもいないだろうと橋場はたかをくくっていた。




