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「えっとつまり、朝倉はアイドルのOとかいう奴のファンなんだな?」

「局山さんの話ではそうです。局山さんも同じグループに推しがいるとかで一緒にコンサートに行ってたんだとか」

「へえ、意外なつながり。で、朝倉はなにをやらかして出禁に?」

「朝倉さんは猪突猛進なんで。つまり、妄想が走りすぎちゃったんですね」

「なんだそりゃ」

 橋場とピヨは居酒屋で膝をつきあわせている。ピヨのLineが現在つながっているのは局山だ。彼女は朝倉と、こことはさほど離れていないカラオケボックスで発散しているらしい。

 あの不細工なぬいぐるみは、局山経由の情報によると、アイドルOが描いたイラストをもとに作られたキャラクターだという。

「実況来ました。『婚約者を出禁だなんてひどい』とビール飲んでクダを巻いてるそうです」

「ちょっと待て。朝倉の婚約者がアイドルOなのか」

「朝倉さんの頭の中ではそうだったんですよ。Oはラジオで言ってたらしいんです。婚約者を名乗って自宅マンションに侵入しようとするファンがいて迷惑してるって。それを聞いて局山さんはピンときたんだとか。注意しても朝倉さんは聞く耳持たず。悪質なストーカーと一緒にしないで、自分は本物の婚約者だからって。Oを困らせるストーカーにすごく憤っていたみたいで」

「朝倉が……ストーカーだったのか」

「本人は自覚してなかったみたいで、婚約者のストーカーに自分もストーカーされてるって話が歪んでいったみたいですね」

 橋場は太い息を吐いた。

 がむしゃらに頑張って勉学でも仕事でも相応の結果を残した朝倉だから、アイドルOへも全力で応援してただろうし、その手応えもほしかったのだろう。勝者の道しか歩んでこなかったことの弊害だろうか。気の毒な気もする。

「つまり、リアルの婚約者はいない。結婚も妄想。そういう情報はもっと早く教えてくれよ」

「いえ、僕だって局山さんに教わるまで知りませんでしたよ。先輩が自宅待機命じられたあとすぐですからね、局山さんに急襲されたの。話も信じられなかったし。あ……!」

 出し抜けにピヨがスマホを見せてきた。画面には速報の文字と芸能ニュース。『アイドルOに妻子発覚』とある。

 記事をざっと読んだ。アイドルOには学生時代からつきあっていた女性との間に三歳の息子がいて、子供が生まれたときに入籍している。

「……この記事、朝倉に転送してやれ」

「これで目が覚めるといいんですけど」

 ピヨは朝倉と局山のふたりに「朗報!!」と書いて記事を貼りつけて送った。酷いやつだ。

 しばらく待ったが返信はない。それがかえって恐ろしかった。

「朝倉本人は結婚退職するって吹聴していてたけど、第一営業部の部長は彼女の奇行を隠してあげたかったみたいです。うちの部長はその辺の事情は知らされてなかったようですね。あ、これがOの顔です」

 ピヨは画像を見せてよこした。

「これがOか。ふうん、なるほどね」

 男性アイドルの顔の造作に詳しくないがよく整っている。朝倉が隣に並んでいてもお似合いかもしれないと思った。いや、お似合いというより、目鼻立ちが似ている。

「自他の境界が曖昧になったのかもしれないなあ。その点俺は安心だな。似てる芸能人はいないし、ただのおっさんで頑張り屋でもない。人生の報酬もはなから期待してない」

 頑張ったぶん報われたいと願うのは頑張った人間の特権だ。ちょっとだけ羨ましくもある。

「先輩が頑張んなくて報われないのは仕方ないですけど、人事からストーカー認定されるのは仕方ないじゃすまないですよ」

「部長はなんで俺を追い払おうとするんだろう。ストーカーじゃないのに」

「いえ、給湯室でストリップしていたらストーカーじゃなかったとしても立派な変態ですよ。懲戒ですよ」

 それはそうだ。ぐうの音も出ない。だがピヨに正論を言われるのは腹が立った。

「ストーカーのくせになに言ってんだ」

「ストーカーだからこそ許せないんですよ。そういう脇の甘さが。あ、写真撮っていいですか。顔が赤くなってタコみたいですね。酒弱すぎでしょ。帽子取ってください。面白いんで」

 ピヨの遠慮のない物言いに、次第に爽快感を感じるようになった。

「撮るなよ。趣味が悪い奴だな」

 つつっと、こめかみに汗が流れた。酒を飲むと汗を搔きやすくなる体質なのだ。ピヨはにまにましながら正面から写真を撮る。

「それは約束できませんが、なるべく許可を取るようにはします。あ、嘘です。それじゃ楽しみが減ります。だから先輩が会社を辞めなくてすむように全力を尽くします」

 後頭部を伝った汗が背中に流れ落ちていく。意識してみると、背中も脇も汗だくだ。スウェットのなかに着ているTシャツに染み渡るようすが想像できる。汗を吸った生地と肌がべったりと張りついて気持ち悪い。またも違和感に襲われた。

「ちょ、脱ぐけど、いいか」

「え、なんで脱ぐんですか。ここ居酒屋ですよ」

「暑いんだよ。なに、上だけだから」

「止めてくださいよ、困りますよ、先輩」

 ピヨは口では止めろと言うがスマホをかざし続けている。動画撮影をしているのだろう。

朝倉が無事に復帰できるのか心配だが、それ以上に俺がピヨとうまくやっていけるだろうか。朝倉と違って、こっちには本物のストーカーがついているんだから。

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