未完成な大人と揺れる少女
おそるおそるドアノブに手をかけて押し込むと、冷たい金属の感触が手のひらにじわりと伝わってくる。
ドアが動き出す瞬間、古びた木材が低く鈍い音を立てた。その音で静寂が裂けたようで、喉の奥がきゅっと縮み、息が浅くなる。
ほんのわずかに開いた隙間から、廊下の冷気が足元へ忍び込んでくる。それと同時に、革の匂いと、独特の静けさを纏った気配が立った。ヴィルが、そこにいる。
開いた隙間から彼の姿が見えた途端、足が床に縫い付けられたように動かない。唇の裏が乾き、噛みしめた奥歯の根が痛んだ。
広い背中が、青白い朝の光を浴びて浮かび上がっている。肩がわずかに上がり、こちらの動きに気づいたのか、彼がゆっくり振り返った。光の縁だけが妙に鋭くて、視界の隅がちりちりする。
声を出さなければならないのに、喉に張りついて剥がれない。逃げたい衝動と、向き合うべきだという義務が、肋の内側で小さく擦れ合う。それでも、指先ひとつ動かせずに立ち尽くすことしかできなかった。
ヴィルは一瞬、視線をさまよわせてから、再びわたしを捉えた。その瞳の色は、どこか痛々しい。わたしたちの間に横たわる沈黙は、目に見えない紗のように、距離だけを隔てていた。
このまま逃げたら、もっと深い泥へ足を取られる。そう分かっているのに、言葉は形にならないまま胸を押し上げる。舌の先に、乾いた渋さが残った。
肺の中の空気をすべて吐き出すように、消え入りそうな声で口を開く。
「あのね……」
「あのな……」
示し合わせたように声が重なり、空気が微かに震える。驚きに瞬きを繰り返すと、廊下の窓から差し込む光の中で、舞い上がった埃が白く揺れているのが見えた。
言葉は途切れ、再び沈黙が落ちる。鼓動だけが耳の奥でうるさいほどに響き、指先が冷えていく。
思わず視線をそらした。言いたかったことが、朝霧の向こうへ逃げてしまった気がする。
彼もまた、言葉を探しているようだった。冷えた朝の空気が二人の間を流れ、吐いた息だけが白くほどけては消えていく。
ヴィルがほんの一歩、わたしに近づく。その気配が肌を撫で、無意識に呼吸を止めてしまう。
「ミツル……お前が機嫌を損ねている理由は、わかってるつもりだ」
その言い方が、皮膚の上を滑った。軽いというより、彼の不器用さの角だ。
低い声は、深い井戸の底から響くように静かだった。
わたしは視線を足元の木の節目に落としたまま、小さく頷いた。吐き出した息が白く濁り、すぐに消えていく。
一拍の沈黙。
「……昨夜のことだろう」
図星を突かれて、胸がぎゅっと縮む。答えられず、ただ拳を固く握りしめるしかなかった。昨夜見た、あの女性に向けた微笑みがフラッシュバックし、奥歯が小さく鳴る。
ヴィルはわずかに肩を揺らし、気まずそうに視線を外した。
「俺の軽はずみな行動のせいで、お前を不安にさせた。それは間違いない」
一度息を整えてから、続ける。
「事情を話す前に……先に結論だけ、伝えておきたい」
その言葉のあとで、わたしはようやく顔を上げた。彼の横顔が妙に硬く見えて、頬の内側がきゅっと引きつる。
「……けつろん?」
その響きが、頭の中でくるくると回る。
「リーディスでお前が支障なく動ける手立てを、俺は見つけた。変装に必要な小道具を手に入れる筋だ」
昨夜の影が、その言葉でようやく別の形に結び直されていく気がした。けれど、うまく飲み込めないまま、舌がもつれる。
「それって……わたしの髪を隠す方法? ウィッグとか?」
「そうだ」
ヴィルは短く肯定する。張り詰めていた朝の空気が、ふいに緩んだ気がした。
「でも、昨日は街中探し回っても、そんなお店見つからなかったじゃない……」
「ああ……王都ならともかく、辺境じゃ専門の職人なんぞ見つからん。だが、需要のあるところには必ず物は流れるものだ」
探しても探しても、何も見つからなかった。黒髪をどう隠すか――それだけで、口の奥が乾いていった。わたしの体はまだ小さくて、頭も顔も小さい。既製品の当てはなさが、じわじわと心を削っていた。
「でも、だからってなんであんな時間にあんな場所に? それに、あの、その……あんな……」
問い詰めようとして、言葉が口の中で絡まる。昨夜の派手なドレスの女性。あの艶めかしさが、まだ目の裏に残っている。
「お前が見たというのは、たぶん酒場の近くで客待ちをしてた女のことだろう?」
「そ、そうだけど……」
「宿を探している途中で、派手な女が歩いてるのが目についた。派手な髪の色がな」
彼は淡々と続ける。
「その時はなんとも思わなかったんだが、宿についてから、ふと気になった。どう見ても不自然だったからな。あれは商売用に誂えた鬘じゃないか、そう考えた」
「わたし、そんなの気づかなかった……」
「しばらく悩んだが、探し出して直に尋ねた方が早いと判断した。手がかりになると思ってな」
頭が真っ白になった。まさかそんな理由で、あの女性に近づいていたなんて。
昨夜の情景が、また鮮やかに蘇る。薄暗い街角、彼の後ろ姿、近づく影。そこに目的があったと分かっても、肋の内側に残った痛みは簡単にほどけない。
袖口を指でつまんでしまう。自分でも気づかぬ仕草が、不安の根を晒していた。
「……それだけ、だったの?」
ヴィルは静かにうなずく。
「当たり前だ。買うつもりなんぞ端からない。情報の対価として、金貨を渡しただけだ。二枚も毟り取られたのは痛かったが、それだけの価値はあった」
そこまで言い切って、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。
「だが、その行動が結果としてお前を誤解させてしまった。すまない」
その真摯な声に、肋の内側で固く結ばれていたものが、じわりと緩むのを感じた。同時に、熱いものが頬へ駆け上る。
勝手な想像で疑い、嫉妬し、一人で傷ついていた。胸の奥がざらついて、膝の裏がふっと弱くなる。恥ずかしさもあるのに、痛かった事実まで消せない。
彼の説明は筋が通っていて、嘘をついているようには見えない。目にはいつもの冷静さが戻っている。それでもなお確かめようとする自分がいて、また情けなくなる。
「……だったら、先に言ってくれたらよかったのに」
声は少し震えていた。
ヴィルは眉を下げ、困ったような顔を浮かべる。
「ただの思いつきだったからな。空振りになる可能性もあった。疲れてるお前を起こすのも悪いと思って……相談もせず勝手に決めた。俺の落ち度だ」
胸がひとつ疼く。考えてくれていたのは分かる。けれど、やっぱり寂しい。守られているだけの自分が、弱さを突きつけられているみたいで、耐え難かった。
窓から差し込む光が、廊下の埃を白く浮かび上がらせている。その粒子を見つめながら、声を絞り出した。
「でも……わたしは、あなたに与えてもらうばかりなのは……嫌だよ」
小さな声に、ヴィルの瞳が揺れた。わたしは視線を逸らさずに受け止めた。背中の中心が熱を帯び、逃げ場のない思いが全身に広がる。
「ミツル……」
彼の口からこぼれた名前に、わたしは目をまっすぐに向けた。逃げたくない。わたしも、この旅を支え合う側でいたいと、ずっと思っていたから。
――わたしって、だめだね。戸惑わせ、迷惑かけてるのはどっちだっていうの……。
強くなりたい。こんなことで心を乱されて、右往左往して、足踏みしたまま何もできなくなる自分が、どうしようもなく嫌だ。
本当のところ、怖かったのは、ヴィルがどこかへ行ってしまう気がしたからかもしれない。置いていかれる想像をしただけで、舌の裏が渇く。まるで子どもだ。けれど――彼にそう見られていることが、素直に受け容れられない。
喉の奥で言葉が引っかかる。強がろうとするほど、声が幼くなる気がした。
胸の奥にもやが渦を巻き、言葉が散らばっていく。苛立ったのは、ただの不安からなのか、それとももっと別の気持ちからなのか。考えるほど、自分の形が曖昧になっていく。
今生の十二歳のミツルと、前世の記憶を抱えた二十一歳の美鶴が入り混じって、その境界が曖昧なままだ。父を失ったあの日からずっと、壊れかけたミツルの代わりに、美鶴が大人のふりをして強くあろうとしてきた。けれど、ヴィルの前ではどうしてもその仮面が崩れてしまう。
父代わりを務めると語る彼に、甘えたい気持ちがあるのかもしれない。けれど、それが父性を求めているだけなのか、それ以上なのか、自分でもはっきりしないまま、指先だけが震える。
だから、どんな理由であれ、彼が自分の知らないところで誰かと関わっているのが嫌だった。嫌だと分かっているのに、その嫌悪をどう説明すればいいのか、自分自身でも分からない。
わたしは一度大きく息を吸い込んで、視線を下に落とした。冷たい空気が肺の奥へ入ると、もどかしさが少しだけ輪郭を持った気がした。
「ヴィル……わたしはね、自分がどうしてこんな気持ちになるのか、よくわからないの」
声が震えた。
「あなたが知らない誰かに近づいたり、知らない場所に行ったりするたびに、不安で……置いていかれるんじゃないかって……」
素直になりたくても、うまく言葉にできない自分がもどかしい。ヴィルは黙ってわたしの言葉を受け止めているようで、その横顔にはどこか苦いものが滲んでいた。
「わたし……自分が何を求めてるのか、どう見られたいのか、自分ですらよくわからなくて……」
言葉を紡ぐたびに、押さえ込んでいた感情が静かに流れ出していく気がした。
ヴィルはしばらく黙ったままだった。その沈黙は重苦しいものではなく、むしろわたしの言葉を受け止めるための時間のように感じられた。視線がまっすぐにわたしを捉えたまま、瞳の奥に深い色が沈んでいる。
「……ミツル」
そこで一度言葉を切り、視線を落としてから、ゆっくりと続ける。
「うまくは言えんが……お前が考えてることも、感じてることも、どれも大事なもんだと思ってる」
廊下の奥で、水を汲む音がした。宿の朝が静かに動き出している。
「ただ、俺はああしろこうしろなんて指図はしたくない。それはお前自身が決めることだ」
少しだけ苦笑が混じる。
「俺は剣しか取り柄のない男だ。強くなりたいと言うなら、いくらでも手を貸そう。それ以外となると、器用にはいかんが。……まあ、結局のところ、どう転んでもお前の味方でいるつもりだ。たぶん、それが俺の役目なんだろう」
肩をすくめるようにして、続けた。
「お前は子供扱いされるのが嫌なんだろうが、それとは別で気を遣いすぎなんだ。なにも我慢することはない。腹が立った時は、ちゃんと俺に腹を立てろ。笑える時は、遠慮せずに笑え」
一拍、間を置いて。
「その方が……見てるこっちも、だいぶ楽だ」
真っ直ぐで不器用な言葉が、喉の奥を熱くした。目頭に水が滲む。
ヴィルは、わたしの気持ちの中の矛盾の正体までは知らない。それでも、味方でいると言ってくれた。その言葉の重さが、いまのわたしには救いだった。
窓からの光が、彼の横顔を白く縁取っている。その輪郭を見つめながら、わたしはかろうじて涙を堪えた。
「ヴィル……」
口元には、小さな笑みが浮かんでいた。泣きそうな顔で笑っている。その不器用な表情が、いまのわたしのすべてだった。
自分の中にある混乱は完全には晴れない。けれど、この人はわたしを見捨てない。それだけで、今は十分だった。
「ヴィル……早とちりして、ごめんなさい」
わたしは彼に申し訳なくて、何度も頭を下げてしまった。そのたびに黒髪が頬にかかり、肩先でかすかに揺れる。汗ばんだ指先は、気づけば腰の剣の柄を探していた。
本当は、この世界ではそぐわない癖だと分かっている。それでも、冷たい金属に触れていなければ、自分の居場所がどこにもない気がしてしまうのだ。
何度も頭を下げる自分の姿が、きっと滑稽に映っているんじゃないか――そんな考えが、うっすら胸をかすめる。俯いたまま、指先がスカートの生地をつまんで離せなかった。
思考を整える余裕もないまま、わたしはただ、壊れた玩具みたいに謝罪の言葉だけを繰り返していた。
「おいおい……」
ヴィルは、そんなわたしをしばらく困惑した顔で見つめていた。その青い瞳の中に、戸惑いと苦笑が同時に浮かんでいるのが、俯いた視界の端にも伝わってくる。
――ああ、どうして止まらないの。
それでも、わたしはもう一度頭を下げてしまう。胸の奥が固く縮んで、自分でもどうしようもないと思った。
「頼むから、そんなに頭を下げないでくれ」
ヴィルの声は思ったよりも穏やかで、冷えていた胸の奥にじんわりと染み込んでくる。
その一言で、強張っていた肩の力が、驚くほど簡単に抜けていった。それでもなお、顔を上げるには勇気が足りなかった。喉の奥がこわばり、視線は床板の木目に縫いつけられたままだ。
「なんて大げさなんだ……ほら、顔を上げてくれ」
言葉とともに、彼がわたしの肩にそっと手を置いた。その手はとても温かくて、大きな掌の重みが布越しに伝わってくる。驚きに、胸が小さく震えた。何か言おうとしても、舌がうまく回らない。
わたしはゆっくりと顔を上げた。頬に集まった血の熱さを自覚して、もう一度、小さく「ごめんなさい」と呟く。するとヴィルは、今度はくしゃっと顔を崩して笑った。
「だいたいだな、俺の方こそ頭を下げるべきところなんだ。そんなにされたらどうにも落ち着かんだろうが」
その笑顔に、胸の底からふっと空気が抜けていく感覚がした。
わたしのぎこちない謝罪さえ、彼はこうして笑って受け止めてくれる。肩に置かれていた彼の手がふわりと離れていく。残された体温が、そこだけ名残惜しくじんと残った。
「じゃあ、朝飯前に着替えてくるから、少し待っていてくれ」
何かを紛らわせるみたいに、彼はくるりと向きを変えて部屋へと入っていった。扉が静かに閉まる音がして、その響きだけが、急に遠くへ引いていく。
《《よかったね、美鶴。やっぱりヴィルは、あなたのことを誰よりも一番に思ってくれてるんだと思うよ。はぁ……わたしも彼のこと疑ってたわ。ごめんね……》》
腰のベルトに下げたマウザーグレイルの中から、茉凛が申し訳なさそうに囁いた。その声は、金属の冷たさとは反対に、いつもの柔らかさを帯びている。
「気にしないで」
わたしの手は自然と剣の柄へ伸びていた。冷たい金属の感触を、指先で確かめるように撫でる。
《《彼って不器用すぎではあるけど、それでもいろんな意味で大人なんだろうね。真面目だし、浮ついたところなんて無さそうだし》》
マウザーグレイルから聞こえる茉凛の声は、相変わらず無邪気で、それでもほんのりと優しさが滲んでいた。
窓の外から吹き込む風が肌を撫でる。ひやりとした空気が、ほてった頬の熱を少しだけ攫っていく。その感触は、どこか遠くにいるはずの茉凛にも伝わっている気がして、わたしはそっと頷いた。
「……うん。わかる気がする。なんたって、父さまの親友だったんだものね」
肋の内側に残る、わずかな違和感。それは、ヴィルの態度があまりにも優しすぎて、ふとした瞬間、近づけない壁に見えてしまうことがあるからだ。
言葉を選ぼうとしたのに、息が先に白くほどけた。剣の柄の冷えが、指の腹に残っている。
その距離の置き方を、前のわたしも知っている。近づきすぎれば壊れるものがあると、身に沁みていたから。
「彼はきっと、わたしたちには想像もつかない、いろんなことを経験してる」
窓辺の光が、埃を一粒ずつ拾い上げる。見上げた瞬間だけ、目が痛い。
「辛いことだって悲しいことだって、たくさんあったはず」
喉が鳴りそうになって、飲み込む。
「でも、それをおくびにも出さないのよ。父さまのことだってそう。彼がどれだけ悔しかったか、わたしには痛いほどわかる」
言い切ったあとで、わずかに間が落ちた。自分でも、うまく言えているのか分からない。
「思うことはいっぱいあるはずなのに、彼はわたしに対してああしろこうしろだなんて指図しないのよ」
廊下の冷えが、足首のあたりを舐めていく。
「いつだって自分で考えろって、自分で選べって言う」
その言い方を思い出すと、苦いのに、どこか救われる。
「面倒だからとか、投げ出してるとかじゃない。わたしなんかまだ未熟だってわかった上で、あえてそうしてくれてるんだよ」
言葉が少しだけ速くなる。整頓したい気持ちが、前へ押す。
「普通はそんなことできないと思う……」
言い終えると、息がひとつ遅れて落ちた。
「でもね、茉凛?」
《《ん?》》
二人の心は確かに繋がっていると感じるのに、それでも、どこか手の届かないところにいる茉凛を抱きしめたくなる衝動が、喉の奥からせり上がってくる。
「いろいろあるけど、あなたがいてくれるからわたしは大丈夫なんだよ」
《《えっ? う、うん、ありがとう。美鶴って、ほんと優しいな》》
茉凛の明るい笑い声が、金属の奥からふわりと響いた。思わず唇が自然にほころぶ。その瞬間まで頭の中を覆っていた重たい思考が、少しずつ薄くなっていく。気づかれないように、そっと一度、深く息を吐いた。
「それに、ヴィルだって……あんなふうに必死になってくれてるんだから」
言葉にしてみるたび、自分の中に小さな灯がひとつずつ点っていくように感じる。ヴィルはいつだって不器用に、でも確かにわたしを守ろうとしてくれている。迷いが完全に消える日は来ないかもしれない。けれど、その優しさだけは、どうしても疑いたくなかった。
「……わたしはこれからたくさん学んで、少しずつ変わっていく。それが本当の意味で、大人になっていくってことなのかもしれないね」
《《そう……かも。でも、それはそれでちょっと怖い気もするかな……》》
茉凛の言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。未来へ踏み出す足の裏に、まだ柔らかい不安の泥が残っているのを自覚しながら、わたしは言葉にならない思いを抱えたまま、腰の剣にそっと手を添えた。
「わたしがどんなに変わったとしても、あなたへのこの気持ちだけは変わらないよ……」
《《わたしも、だよ……》》
茉凛の声は、ほんの少し震えているように聞こえた。それでも最後には、彼女らしい笑いが添えられる。目の前にいないのに、顔を見合わせて微笑み合ったような、そんな確かな距離感が胸に残った。
窓の外には薄雲が垂れ込み、冷たい風が廊下を抜けていく。
ヴィルの背中を思い出すたび、胸骨の裏で何かが静かに波打つ。それはもう、恐れでも不安でもない。むしろ、そっと抱えておきたい、大切なものになりつつあった。




