白き剣の中のきみ
茉凛に促され、わたしは控室で交わした長い対話を、記憶の糸をたぐるようにひとつずつ話した。
ひと息に話し終えるころには、剣を抱える腕のこわばりが、少しだけゆるんでいた。
「――というわけで、だいたいの道筋は見えてきたの。わかった?」
《《うん、バッチリ。でもさ、美鶴……さすがにあの見せ方は大胆すぎじゃない? 仮にも『乙女』がだよ、前を解いて印を見せたなんてさ、聞いただけでもひやひやものだよ》》
「も、もう、その話はやめてって……! 恥ずかしくて足が震えてたんだから……」
《《グレイさんも、内心どんな気持ちだったんだろうね〜?》》
「変な言い方しないでって。お祖父さまは、驚くっていうより学術書をじっと読むみたいに冷静だったよ。……ま、まあ、あの度量には感謝しかないけどさ。普通なら卒倒してると思うし」
《《そりゃそうだね。ともかく、そこまで話を進めてくれてて助かるよ。わたしも解析担当として腕が鳴るってもんさ!》》
「頼りにしてるわ」
剣の白い光が、かすかに揺れた。
口にしかけた名を、わたしは舌の奥へ戻す。いまはまだ、そちらへ触れるより先に、整理しなければならないことがあった。
「……お祖父さまにはっきり言われたの。『西方は無視できない。でも、今すぐ行くのは違う』って。まずはこの国に残るものを洗って、その次に中央大陸。それでも線が西方へ伸びるなら、その時に初めて、海の向こうを考えればいいって」
《《うん……》》
今度の茉凛は、すぐには軽口を返さなかった。
解析の最中だっただけに、いまの言葉をそのまま頭の中で並べ替えているのだろう。彼女が本気で考えるときに生まれる、少し深くて静かな沈黙がある。
《《それ、すごく正しいと思う》》
「ええ。わたしもそう思う。しばらくは、大図書館通いは継続ね。あと、お祖父さまの書斎も立ち入り許可を貰ったから、いろいろ漁ってみるつもり」
《《ほんとは、すぐ西方へ飛んで行きたい?》》
問われて、わたしはしばらく答えられなかった。
三面鏡の中央に映る自分は、少し疲れている。けれど、前よりはずっと、まっすぐ前を見ていた。
「……そりゃあ、行きたいわよ」
ようやく声にする。
「だって、すべては偶然じゃないって思えるから。デルワーズ。クロセスバーナ。不具の紋様。お腹の痣。みんなどこかで繋がっている。そう思ってしまった以上、見ないふりなんてできないでしょう?」
《《うん》》
「でも、お祖父さまの言う通りでもあるの。今飛びつけば、きっと足元を見失う。余計に迷うだけ。そういうの、前世でさんざん思い知ったしね」
《《……うん》》
やさしい相槌だった。
急かさず、否定せず、こちらが最後まで言葉にできるよう待ってくれている。
「それに……」
《《それに?》》
「離宮での暮らしも悪くはないわ。お祖父さまとの時間もね。ヴィルがいて、リディアさんがいて、それからあなたと、こうして話をするのも。それだけで……とても落ち着くの。これって、ずいぶん贅沢じゃない?」
口にしてしまってから、頬が少し熱くなる。
まだ、こういうことを素直に言うのは照れくさい。
けれど茉凛は笑わなかった。からかいもせず、ただ、あたたかな吐息みたいな声で言う。
《《そうだね。ほんといいことだよ》》
それだけで、剣を抱える腕から、少しだけ力が抜けた。
《《だから美鶴、今すごくいい顔してるんだ》》
「そう?」
《《うん。前はね、何か一つ大事なものを見つけるたびに、すっごく肩に力が入ってた。まるで『いつ斬られるか』みたいな? けど今はそんなことない》》
剣の白い光がかすかに揺れる。
《《そういうの、すごく大事だよ。それでいい》》
わたしは目を伏せた。
残したいもの。失いたくないもの。全部を諦めたふりをしていた頃には、そんなふうに思うこと自体が贅沢だった。
けれど今は違う。
欲しいと思う。守りたいと思う。そういう気持ちを、もう無かったことにはできない。
「……わたしって、欲張りなのかしら」
《《大いに結構。欲望に忠実であれ。わたしみたいにね》》
即答だった。
《《だってさ、美鶴って我慢しすぎなんだもん。たまには『ほしい』って顔しなさいな》》
「なによ、その顔って」
《《いまの顔》》
吹き出すしかなかった。
わたしは剣を抱え直し、寝台の縁へ腰をかける。絹の掛け布が、膝のあたりで静かに沈んだ。
「あなた、ほんとうに解析なんてしてたの? 実はこっそり、とか……」
《《あ、疑う? ちゃんとしてたよ。でも、かわいい美鶴がようやく素直になってきた大事な局面を見逃すほど、無粋じゃないもん。だから戻ってきたんだよ》》
「かわいいって誰が」
《《あなたに言ってるの》》
「……はいはい」
《《はい、は一回でーす》》
「うるさいな」
《《うふへへへ……》》
また、笑う。
こうしていると、本当にただの親友同士のおしゃべりみたいだった。剣の中と外、肉体のあるなし。そんな区切りが、いまだけは少し遠のく。
窓辺の淡い光がレース越しに差し、膝の上の白い刀身へ静かに落ちていた。
剣を抱える腕の中で、茉凛の気配がたしかに息づいている。
ひとりではない。
そのことだけで、いまは十分だった。




