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食材を守れ

 夜の静けさがうっすら漂うギルドのロビーは、にぎやかな声と熱気で満ちていた。


 肩と背に押し寄せる人の壁。小柄なわたしの身体が埋もれていく感覚に、喉の手前が少し乾く。


 けれど耳を澄ませば、笑い声や低いささやきの向こうに、数十人もの名うてのハンターたちの気配が交じり合っていた。革と鉄の匂いが淡く漂い、誰かの鞘が触れて小さく鳴る。その音が、今夜がただの集まりではないことを告げていた。


 やがて、ギルドマスターのベルデンさんがゆったりと現れた。その落ち着いた歩調だけで場の空気が締まっていく。


 声は静かだった。ざわめきを吸い込みながら、広間の隅々へ浸透していく。


「皆さん、今夜はご足労いただきありがとうございます。では、早速ですが今回の任務について説明いたします。部隊は二つに分け、第一部隊はルートを予め確保するため、広範囲の警戒と掃討にあたります。第二部隊は中間地点まで進み、キャラバンと合流。誘導と護衛に徹する役割を担います」


 ベルデンさんの言葉が広がるにつれ、列のあちこちから声が漏れた。


「二つに分ける必要があるのか?」


「護衛にしては規模が大きすぎるな……」


 低いささやきが背後から重なり、空気の熱がわずかにざらつく。肩越しに振り返ると、目を光らせた男たちの視線が交錯していた。


 わたしは息をひとつ、腹まで落とす。


「商業組合からは『今回の物資は、通常の定期便よりも重要』であると申し付けられています。馬車の数は十二台に達し、そのうち六台には魔道冷凍冷蔵庫が満載されているそうです」


 灯の炎がかすかに揺れ、靴音がひと息で遠のいた。


 その一言で、広間は一瞬にして静まり返った。高価な魔道冷凍冷蔵庫――馬車六台分など聞いたことがない。


 冷えを抱えた箱が六台ぶん。揺れの中でも、温度を落とさず運び切るための執念が見える。


 喉まで声が上がりかけたが、わたしは必死に飲み込んだ。指先が鞘の白へ滑り、冷えに触れて止まる。


 温度操作に関わるとされる火の魔石を使い、庫内の温度を一定に保つ箱。冷やすのも凍らせるのも、熱の出し入れひとつで決まる。――それが六台ぶん。ここエレダンへ向かっている。


 ベルデンさんが一人ずつ名を呼び、主力である第一部隊の名簿を読み上げていく。


 わたしは耳を傾けながらも、呼ばれる名は耳の端をすり抜けていった。最初から第二部隊に名乗りを上げていたからだ。


 魔獣を討伐する方が稼ぎは大きい。それでも、今夜のわたしが欲しいのは金じゃない。積荷の中に眠る“新鮮な食材”だ。壊れたり、失われたりすれば――胸の奥が一瞬だけ冷え、手が無意識に鞘を抱え直してしまう。


 だから守る方を選んだ。


 刃越しに、茉凜の浮き立つ気配が伝わってくる。周囲が張りつめているほど、その軽さが救いになる。


《《美鶴、無事に任務が終わったら、何食べようか?》》


 返事の前に、頬がわずかにゆるむ。


《《まずは、お肉料理かなー。新鮮だからシンプルな味付けでも絶対に美味しいはず。そうだ、串焼きがいい。ああ、飛騨高山で食べた飛騨牛の串焼きがなつかしー》》


 その声を聞いているだけで、指先のこわばりがほどけていく。


《《それからね、スープ。野菜の甘みがちゃんと出るやつ。……あと、白い小麦のパンもほしーな。焼き立ての匂い、また嗅ぎたい》》


 わたしは笑いそうになって、唇の裏をそっと噛んだ。


 この任務の先に、同じ皿を見て、同じ匂いを分け合える夜がある。そう思うだけで、足元の冷えが少し引く。


◇◇◇


 幸いにも、ベルデンさんの話では、今回の隊商には護衛の傭兵団も同行しているという。ならば第一部隊に戦力を集め、道中の安全を確保する方が理にかなっていた。


 わたしは第二部隊に配置された。役割は万が一への備え。前に出るつもりはなく、後ろで仲間を支えたいと考えていた。


 視線を巡らせると、わたしを含め八名の精鋭がすでに持ち場を固めていた。


 誰かの鎧が触れ、短い音が返った。


 大剣士カイル・レドモンド(壁役)。厚いフルプレートの継ぎ目が、体の動きに合わせてかちりと鳴る。


 弓兵エリス・ケールス(遠距離)。森の色を映した装束のまま、矢羽根を指で整える。緑の瞳がまっすぐで、視線がぶれない。


 風魔術の使い手フィル・ラマディ(障壁・撹乱)。白いローブの裾が揺れ、指先に集めた風が灯の光を薄く歪めた。


 回復術師レルゲン・フォースト(回復・治療)。膝の上で薬草をほぐす指が迷わず動き、草の匂いがふっと広がる。


 罠職人マティウス・ロックガル(罠)。黒革に吊した道具が触れ合って乾いた音を立てるのに、本人の手だけは静かだ。


 両斧の使い手アレックス・ボッツーリ(攻撃)。肩に担いだ二振りの斧が鉄の匂いを放ち、笑い声が場を一段明るくする。


 そして剣士ヴィル・ブルフォード(前衛)。わたしの父と互角に渡り合えた唯一の男。説明は、それだけで十分だ。


 それぞれの力が、目に見えない糸で結ばれていく。馬車の列と同じ速度で、街道を進む準備が整っていった。


 守るべきもの――魔道冷凍冷蔵庫に積まれた食材。肉の匂い、焼き立てのパン、熱いスープ。そんな当たり前の温度が、明日へつながる。


 わたしは鞘を抱え直した。指先の冷えだけが、残った。

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