表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/115

塔の小鈴

 ――りん。


 白銀の塔の上階で、その音は床へ触れた。


 石壁の冷たさが足元から這い上がり、梁先の小鈴がひとつ、淡く鳴る。上階の薄い空気がわずかにひずみ、響きだけが塔の奥へゆっくり沁みていった。


 声ではない。けれど名だけが、確かな重みを運んだ。因縁深き名を継ぐ呼びかけは、塔の深部へ沈んでいく。


 名は、盾にもなる。けれど時々、首輪になる。王家にとってグロンダイルの名は、封じてなお石の冷えに残る古い傷だった。


 高窓を撫でた風が、紙の端をかすかに震わせる。灯の芯が一度だけ揺れ、壁の白さが鈍く曇った。


「……申し上げます、先王陛下。『黒髪のグロンダイル』と名乗る魔獣狩りの少女について――ローベルト将軍より続報が届いております」


 薄布のカーテンが遅れて波を打ち、頬をかすめた冷気に、先王の瞬きがわずかに遅れた。


 年老いた従者は大理石に膝をつき、深く頭を垂れる。裾から忍び込んだ冷たさが脛を上り、残った声の震えが扉板をかすかに揺らした。


 報告は、そこで宙に止まった。高窓から差し込んだ外気が書簡の端をめくり、乾いた紙の匂いが静けさへ滲む。


 純白のローブの先王は、まだ応えない。腰までの白髪と雪の髭がわずかにそよぎ、組んだ指先にだけ、ゆっくり力がこもる。喉仏が小さく上下し、息だけが途中で止まった。


 ふたたび、ちりん。


 組んだ手の隙間へ石の冷たさが戻り、掌の内側が軋むように痛んだ。言葉が出るまでの沈黙が、ひどく長い。


「……『あの子』の髪の色を継いだというのか。だが黒髪の巫女が続けて生まれるなどありえぬ……」


 言葉の尾が石畳を這い、遠い日の記憶の棘が指先をかすめた。


 響きの残りが天井へ溶け、視線が遠くへ滑るあいだに、呼べない名の影が一瞬よぎる。口元がわずかに緩みかけ、すぐに固まった。指の節が食い込み、爪の白みだけが残る。


 風がランプの炎を揺らし、壁に伸びた影だけが大きく頷いた。


「噂は、我が愚息――いや、国王の耳にも入っていよう。グロンダイルの名を、このまま黙って見過ごすとは思えぬ……」


 先王は振り返ることもなく告げた。


「直ちにローベルトに返信を。『黒髪のグロンダイルの動向を監視せよ。ただし手出しは無用。刺激すれば噂だけが先に走る』と」


 従者は頭を垂れたまま、わずかに息を呑んだ。返書の紙が擦れる小さな音が、妙にはっきり耳に残る。


 小鈴は、三度目は鳴らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ