塔の小鈴
――りん。
白銀の塔の上階で、その音は床へ触れた。
石壁の冷たさが足元から這い上がり、梁先の小鈴がひとつ、淡く鳴る。上階の薄い空気がわずかにひずみ、響きだけが塔の奥へゆっくり沁みていった。
声ではない。けれど名だけが、確かな重みを運んだ。因縁深き名を継ぐ呼びかけは、塔の深部へ沈んでいく。
名は、盾にもなる。けれど時々、首輪になる。王家にとってグロンダイルの名は、封じてなお石の冷えに残る古い傷だった。
高窓を撫でた風が、紙の端をかすかに震わせる。灯の芯が一度だけ揺れ、壁の白さが鈍く曇った。
「……申し上げます、先王陛下。『黒髪のグロンダイル』と名乗る魔獣狩りの少女について――ローベルト将軍より続報が届いております」
薄布のカーテンが遅れて波を打ち、頬をかすめた冷気に、先王の瞬きがわずかに遅れた。
年老いた従者は大理石に膝をつき、深く頭を垂れる。裾から忍び込んだ冷たさが脛を上り、残った声の震えが扉板をかすかに揺らした。
報告は、そこで宙に止まった。高窓から差し込んだ外気が書簡の端をめくり、乾いた紙の匂いが静けさへ滲む。
純白のローブの先王は、まだ応えない。腰までの白髪と雪の髭がわずかにそよぎ、組んだ指先にだけ、ゆっくり力がこもる。喉仏が小さく上下し、息だけが途中で止まった。
ふたたび、ちりん。
組んだ手の隙間へ石の冷たさが戻り、掌の内側が軋むように痛んだ。言葉が出るまでの沈黙が、ひどく長い。
「……『あの子』の髪の色を継いだというのか。だが黒髪の巫女が続けて生まれるなどありえぬ……」
言葉の尾が石畳を這い、遠い日の記憶の棘が指先をかすめた。
響きの残りが天井へ溶け、視線が遠くへ滑るあいだに、呼べない名の影が一瞬よぎる。口元がわずかに緩みかけ、すぐに固まった。指の節が食い込み、爪の白みだけが残る。
風がランプの炎を揺らし、壁に伸びた影だけが大きく頷いた。
「噂は、我が愚息――いや、国王の耳にも入っていよう。グロンダイルの名を、このまま黙って見過ごすとは思えぬ……」
先王は振り返ることもなく告げた。
「直ちにローベルトに返信を。『黒髪のグロンダイルの動向を監視せよ。ただし手出しは無用。刺激すれば噂だけが先に走る』と」
従者は頭を垂れたまま、わずかに息を呑んだ。返書の紙が擦れる小さな音が、妙にはっきり耳に残る。
小鈴は、三度目は鳴らなかった。




