野田城の戦い 前半
野田城は愛知県新城市にある城である。この地域は『長篠の戦い』が起きた長篠の近くにあることからも分かる通り、交通の要衝地である。
JR飯田線が通ってることからも分かる通り、信濃国の要衝である飯田市からの街道の通り道にあり、三河側と遠江国側を繋ぐ宇利峠の近くにあった。三河の山岳地帯と信濃国で生産される木材などを運搬する上で使われる豊川の傍にある。その豊川の水運を支配する上で野田城は重要だった。
セルロースナノファイバーを始めとした樹脂素材の原料は木材である。さらに資源の少ない日本では合成石油を作るにしろ、火力発電にしろ、全ては木材によって成り立っていた。
野田城を支配していたのは野田菅沼氏である。菅沼氏は美濃の名族である土岐氏の流れを汲む一族を自称していた。今川家の三河侵攻時に逸早く協力したことにより、三河・信濃・遠江を繋ぐ要衝地を任されるまでに拡大した。
野田城の城主である菅沼定盛の元には土岐氏の分家筋の明智氏の人間も逃げてきていたので土岐氏の分家筋というのは本当かも知れない、定盛の妻は長沢松平家の出身だったこともあり、松平家が反今川で挙兵すると定盛も加わることになった。ちなみに定盛の元に来ていた明智家の人間というのは本多成重の妻になる直子の父親である明智(土岐)定政だった。
今川家は義元に代わり、今川氏真が今回の東三河防衛戦のために出陣して来ていた。
今川氏真「遠江勢の遅延のせいで遅れに遅れた。これは由々しき事態だ!今、我々は挽回しなければならない、野田城を落とさなければ我々の勝利は無いものと思え、しかしながら、野田城は容易に落とせる城では無い、焦らず時間をかけて確実に落とす作戦を心掛けよ」
今川軍が救援に来る上で幾つかの問題が起きた。井伊氏を始めとした遠江勢に遅延が発生したのである。要するに集合時間に遅れる者達が続出した。このせいで今川軍は三河に向かうのに大幅に遅延する羽目になった。
どれほど遅れたかと言うと一カ月以上である。にも関わらず東三河では松平家は大きな成果を挙げられずにいた。これは『牛久保城の戦い』で奇襲が失敗してしまい、予想外の事態が発生したことが大きい、さらには東三河勢力の抵抗が激しく、予想を上回ったせいで松平勢は勢いを失ったのである。
菅沼定盛「松平家の援軍が来るまで耐え抜けば良い」
城と言うと誤解する人がいるかも知れないけど
城とは戦国時代の頃から『本城と支城そして周囲の砦を含んだ全てを指す用語』である。
よって城には当然だが様々な軍事施設が含まれていた。また、その範囲は本城を支配する領主の規模により異なっていた。領主の経済的な豊かさも関係してくる特殊なものだった。
野田城周辺には沢山の城や砦が存在した形跡があることから見ても、この辺りは戦略的に重要であると共に大変守り易い場所だったことが分かる。
今川氏真「奥平定能に北側から野田城を攻撃させ、我々は野田城に対して砲撃しつつ新城市の方を先に攻撃して落とすようにしろ」
野田城の正面には田園が広がっており、その先には豊川が流れている。
なぜ、野田城から豊川の間には田園だけしか無いのか?
現代は自然の力を軽視した街作りをする時代である。そんな時代でも不自然に開発が進まないスポット地帯が都心にもあったりする。都市化を進める時は当然だが良い土地から開発されるのは鉄則である。
ということは田舎の場合は『悪い土地は開発されないで残る』ということである。
いやいや、この辺りの土地は田園としては良い土地なのか?
それも疑問である。
治水技術が幾ら発達していても増水や氾濫が起き易い地形というのは当然だが存在している。
東京都心でも増水や氾濫が起きる地域は昔から決まっている。
ということで土地所有者の皆様には悪いが……
野田城の周囲はお世辞にも『良い土地』では無い
野田城がある場所は天然の高台になっており、その周囲は低い土地なのである。これによって野田城に攻め込もうとする敵は必然的に高所を城方に取られるという形になる。さらには田園地帯は大軍の展開や進行を遅らせる効果がある。攻める側は城攻めの間ずっとジメジメした生活空間で劣悪な環境下で過ごさなければならない、遮蔽物も当然だが無いので身を隠すのも大変である。
さらに最悪なのは城の正面にある橋二つが難攻不落の要塞として存在していることである。
二つの橋とは『野田城橋』と『海倉橋』である。『野田城橋』は橋事態が攻め難いのは当然として渡った先に大野田砦という大きな砦が待ち構えているという事実である。この大野田砦を沈黙させなければ橋を奪っても意味が無いのである。
『海倉橋』の方はもっと深刻で『宇利川』と『豊川』という二つの川が合流する手前にあり、二つの川が合流しようと接近しようと頑張っている中間に存在している。つまり、橋を渡る手前側は非常に狭いのである。しかも大きな森が狭い空間にあり、より狭さを高めているというオマケ付きである。
この二つの橋は守りが鉄壁なので落とすのは難しい
そこで今川氏真は野田城の北東にある新城市を制圧することから始めた。敵は少なく、野田城に戦力を集中させているのは間違い無いので新城市の攻略を優先させたのである。
菅沼氏の全てが今川家から離反した訳では無い、北側の山岳地帯を支配している奥平定能らは今川方である。このことから考えて菅沼定盛は新城市防衛には戦力を配置出来ていないはずという予測を立てたのである。
今川氏真「まだ落ちぬのか!」
予測は間違ってはいなかったが攻略は容易には進まなかった。今川軍が弱いという訳では無い、単純に地形が悪いのである。攻める側が不利過ぎる地形過ぎて思うようには進まなかった。
今川軍の方が圧倒的な兵力で火力でも圧倒しているにも関わらず、戦いは苦戦続きだった。
朝比奈泰朝「吉田城方面に航空戦力を割き過ぎているのも災いしています。ですが!敵も吉田城を落とせずに苦戦しており、市内への突入すらままならないとの情報です。」
氏真「ぐぬぬ」
野田城さえ落とせれば牛久保城の牧野成定と合流できるし、吉田城を攻めている松平軍の主力の背後を取ることも出来る。つまり一気に戦局を有利に出来るはずである。そう考えると早く野田城を落としたいという衝動は抑えられない
この時代の航空戦は、ある意味では劣っていた。使われるのは主にレシプロ戦闘機だからである。『ジェットエンジンは衰退した時代』と言えるだろう、今でも宇宙に行くのに使われているとか一部では使われているものの戦争では全然使われなくなった。ドローンも動揺である。
元々はドローンを撃ち落とすのに、もしくは制空権を確保出来る環境下でレシプロ戦闘機は使われていた。軍事用ドローンの速度は音速には到達しなかった。ということで航空機の主力はドローンを撃ち落とせて妨害電波やデコイを使えば対空兵器に対しても防御出来るレシプロ戦闘機が一番という結論になった。ちなみにレシプロ戦闘機も音速を超えるのは難しいが800km/hは出るので十分だという発想である。
ちなみにRQ-4グローバルホークが629 km/hでロシア・ウクライナ戦争で活躍しているドローンは大体200km/h機械人形と言われている存在を載せて戦われていた時代もあったが……機械人形は高額で長引く世界大戦(内戦)のせいで高コストなため衰退してしまった。ドローンは様々な形でドローン対策が行われた結果として高コスト化して消えた。
何でも高コストだから消えた!!
では何が戦争で最も安価に使用されるようになったのか?
一番安価な戦争兵器は『人間』である!!!
人権意識なんてクソくらえ!という訳では無いけども(笑)
様々なコストを考えた結果、人間が一番安価という形で議論が終わった。
パイロットはパワースーツというか簡易型の魔装甲冑を着ているので能力が凄く高められている。爆発や熱にも耐えられるので直撃しなければ飛行機が撃破されてもパラシュートで降りてくる程度には安全、航空機のパイロットは高給取りでカッコいいので人気職業ランキングでは常に上位の職です。
菅沼定盛「吉田城の方はまだ決着がつかないのか?」
防衛側としては松平勢が吉田城を攻略するまで持ちこたえてれば良いという話なので待っているのだが……
吉田城は簡単には落ちずにいるので何時までも松平勢の本隊が援軍として来ない状態が続いていた。そのことに菅沼定盛は焦りを感じずにはいられなかった。
食料は豊富にあるから問題無い、だが弾薬の消費が想像以上に速い、今川方の砲撃が激しいせいで城の防御施設へのダメージが増えてきていた。既にシールドだけでは耐えきれない施設が増えてきていた。城のダメージは修繕費に反映されるので困ると定盛は考えており、城が傷つくのは耐え難いものなのである。
勝つのは自分の方だと定盛は考えているので悲壮感は全く無い
定盛「忠輝殿では駄目なのか?酒井忠次殿も信用ならない、秀康殿に直訴してこい」
定盛の苛立ちは高まっており、嫁の実家である長沢松平家、そして松平家の重臣であり、一門衆を率いる酒井忠次の能力に疑問を持ち始めていた。早く援軍に来いと秀康本人に求める有様になっていた。
別に裏切るつもりは無いのだが典型的な三河武士らしく、定盛には遠慮が無い、気遣い無用という訳である。もっとも、この時点では定盛は秀康の家臣という訳では無く、今川家を倒すために協力し合っている者同士という感じではあった。だから遠慮など無用(大事な事なので)
この時点で、というか最初から松平家は野田城に援軍を送っていた。主に援軍には定盛の嫁の実家である長沢松平家を中心とした軍勢が派遣されていた。その中には忠輝も含まれていた。あと定盛の部下に土岐定政が含まれていたため本多成重も来ていた。
主力はあくまで吉田城攻略であり、攻略完了まで野田城を守ることを目的としていたため兵力は少ないが精鋭部隊ではあった。また食料・弾薬を多めに持って来ていたりと万全の態勢を整えているはずだった。
しかし、吉田城攻略が長引いた結果として大変なことになった。
松平勢は『海倉橋』の傍であり、二つの川の合流地点から西側つまり三河側にある八名井という集落を拠点を中心に防衛線に参加していた。『海倉橋』が落ちずに維持されたのは松平勢のお陰ではあった。
明智(土岐)定政「成重殿、援軍はまだか?」
本多成重「まだです。」
成重にしては礼儀正しいのには理由があった。まず第一に相手が嫁の親父殿という事実である。それでも、こっちの世界では結婚している訳では無い、だから問題無いはずであった。むしろ仲良くなるのが簡単だったので最初は仲良くやっていた。
だが戦局が苦しくなり始めると定政の方も黙ってる訳には行かない、しだいに定政の方が成重に厳しい態度を取り始めてきた。前線で戦う部下からの苦情もあるので定政が成重を嫌いになった訳では無い、段々と雰囲気は険悪になってきていた。『援軍を送る』と約束していた手前、成重の方が立場が低くなるばかりである。さすがの成重も空気を読まざる負えない
定政「このままでは後退せざる負えないぞ!」
弾薬不足が深刻化しつつあった。敵は少しずつ距離を詰めてきており、接近戦が増えてきている。接近戦になると数の多い方が有利になるのは必然である。こっちが強かったとしても交代要員の多さで向こうが勝り、こちらは疲労困憊になるばかりである。兵士達は疲れを訴えて文句の嵐である。
定政「食事を豪華にしないとダメだ。」
成重「用意させて頂きます。」
食事は大事である。今の時点で「給料を上げるぞ!ボーナスも出すぞ!!」とか言っても兵士達は喜ばない、命あっての物種である。兵士達にとって最も喜ばれるというか死活問題は食事である。戦争で疲れてきた兵士達は娯楽に飢えるし、不満が溜まりやすい、とくに食事は要注意だ。一番目に行き易いからである。
定政「兵士達からの文句の声は日々大きくなって公然と俺にも文句を言ってくるぞ!自分の食事が不平等だと文句を言い合ってる連中が増えてきている。小さいことで喧嘩が増えてきた。」
成重「……」
成重としては何も言い返せない
食事を出す厨房も大忙しなので個人個人の皿全てを平等には出来ない、だから差が生じるのだが……「肉が少ない」「量が他の奴より少ない」などと文句を付ける奴は増えるばかりである。本当のところ冷静に見れば大したこと無い差でも彼らからすれば、それだけで不満を言う機会到来である。大義名分を得たかのように騒ぎ立てる。
それが個人で終わるなら良いが……そうは行かない!厳しい集団生活で統制のとれているはずの軍人や武士層が文句を言い始めるということは皆の我慢が限界に達しつつある証拠だからである。
こうなると士官や指揮官や武将達は戦々恐々である。いつ反乱が起きるかと心配しなければならない
防衛戦の一番面倒な部分は『攻められるばかりでストレスが溜まる一方』だということである。攻撃側も大変だが『防衛側も悠長に耐えていれば良い』という訳には行かない
成重「秀康のヤツ……早く吉田城落としてくれないかな?」
他力本願とは正に、このことであるが……今の成重に出来ることは殆ど無い、補給物資を絶やさずにいるだけで精一杯である。




