9.英雄の帰還
エリたちを乗せた艦隊が、セバストポリ要塞を出て8日が過ぎた。
地球がかなり近づいてきたので、通信がほぼリアルタイムで、入ってくるようになっていた。
「ここまで地球に近づいたら、そろそろ民間のネットサービスが使えるかな?」
勤務を終え、艦内の自室でくつろいでいたエリは、部屋に設置してある端末で、民間のネットワークサービスにアクセスを試みる。
航海中は、電波が届くタイムラグが大きすぎるため、地球のニュースサイトを見るのは、久しぶりだった。
「地球を離れてる間、なんか面白い事あったかな?」
わくわくしながらアクセスして、数秒のタイムラグの後、表示されたニュースサイトのトップに、自分の名前と写真が出ていた。
「?」
記事のタイトルは「英雄まもなく帰還」とある、記事を読み進めていくと、「指揮官を失った新型戦艦を救った天才士官」とか「敵の罠を見破った鋭い洞察力」とか、とにかく事実と虚構が混ざり合ったような記事が書かれてあった。
「な、何これ...」
ドレーパー少佐が以前、自分が地球では、ちょっとした有名人になっている、と言っていたが、エリはせいぜい宇宙軍内部で、ちょっと有名になったぐらいの認識だった。
今見ているのは、民間のニュースサイトである、念のため大手通信社の記事や、他のニュースサイトも見ても、かなり上位のニュースになっていた。
「どう見ても、ちょっと有名とか言う、レベルじゃないんだけど...それに何?この写真」
しかも使われている顔写真は、軍の身分証明書の写真で、顔がまん丸に写っていて、出来る事なら撮り直してほしいと思っているほど、見せたくない写真だった。
「寝よう...」
悪夢を見たような気分になった、エリはモニターを閉じると、さっさと寝ることにした。
目が覚めたエリが、身だしなみを整え、部屋を出るころ、艦隊は月軌道上の泊地に帰港した、エリ達は早速、第1艦隊司令部に報告のため連絡艇で出発する。
すでに戦闘直後に、詳細な戦闘報告書を、サラが作成して送っているので、それほど報告する事は無い、しかし今回の報告は艦隊の幹部へ、直接報告しなければならないので、
エリ達は非常に緊張していた。
この時代の地球は、赤道上の3箇所からのびる軌道エレベーターから拡張された構造物が、地球の周りを一週廻って、軌道リングが形成されている。
遠くから見ると、地球を廻る細い輪が、キラキラと輝いて見えるため、「ダイヤの首飾り」と呼ばれているが、近くから見ると光っているのは、軌道リング表面に無数に設置された、通信アンテナや観測用カメラ、船舶誘導用の装置などが、無秩序に増設された姿で、遠目の美しさとは違い、グロテスクな感じすらする光景が広がっている。
第1艦隊司令部はその軌道リングの一角にあった。
エリはサラと一緒に、会議室で第1艦隊の幹部を前に、戦闘報告書の補足説明を行なっていた。
「...以上が、第6艦隊と合流の経緯であります」
「うむ、質問は以上だ、キシカワ大尉、ご苦労だったな」
サラの詳細な報告書のおかげで、補足説明はほとんど無く、報告は10分ほどで終わった。
つぎに第1艦隊の司令官が立ち上がってエリたちに近づいてきた
「エリ キシカワ大尉、第1艦隊司令官の前へ」
「はい!」
まだ何かあるのだろうか、報告が終わり少しほっとしていたエリは、また緊張する
「きおつけーっ」
司令官の後ろにいる少佐が号令をかけると、エリは背筋を伸ばし姿勢を正す。
それを見て司令官はうなづくと、命令書を取り出し読み上げはじめた。
「地球連邦宇宙軍司令部は、今回の戦闘におけるエリ キシカワ大尉の功績、および実力を認め、本日付けを持って、地球連邦宇宙軍少佐へと昇任する」
「?」
一瞬何の事かわからなかった、何かとんでもない事がおきた、
女性士官が少佐の階級章を持ってきて、大尉の階級章と交換し始めて、ようやく事態を理解した
(少佐?私が?えっ何で?)
女性士官が、エリの階級章を交換するのを、確認すると、司令官は、今度は別の命令書取出し読み上げはじめた
「エリ キシカワ少佐は、規定休暇明けの、8月25日付けを持って駆逐艦リオグランデの艦長任務を命ずる、以上だ」
「え?わ、私がですか?」
「そうだよ、おめでとう少佐」
艦隊司令官が笑顔でエリと握手をすると、他の士官たちが拍手をした。
「わ、わ、私のような者が、か、艦長などと言う大役、とても、え、えっと...資格が...その..」
エリは、これは何か悪い冗談だと思った、普通艦長は、様々な部署で経験をつんだ人間がなるものだ、エリがアルバトロスの艦長をやったのは、高級士官全員がいなくなるという、緊急事態だったからで、通常では、たとえ小型艦でも、こんな人事はありえない。
「君が通信省からの任官で、士官学校を出ていないのは、我々も承知している、しかし君の今回の活躍はベテラン艦長に匹敵するものだ、十分に艦長の資格が君にはあるよ」
司令官は笑顔でエリに太鼓判を押した、皆エリの功績だと思っている。
(いや、それはサラちゃんの能力で、私は何もしてないし...)
エリは焦りまくっていた、しかし軍人である以上、命令はどうする事も出来ない。
「先の大戦で、多くの優秀な人材を失ってしまったわが軍に、君のような人材は大変貴重だ、よろしく頼むよ」
「あ、あの、」
帰ろうとする司令官をエリが呼び止めた
「なにかね?」
振り返った指令官の目が怖かった、とても辞退できる雰囲気ではない。
「い、いえ、何でもあるません、任務お受けいたします!」
退席する司令官をエリは敬礼して見送った
こうして、地球連邦宇宙軍始まって以来、最年少の艦長が誕生した。
その後、他の士官たちは、休暇明けの集合場所などの説明があり、解散となったが、エリは艦長を務める駆逐艦の説明を受けるため、しばらく残る事になった。
2時間後、エリはようやく解放され、駆逐艦リオグランデの関係資料を抱えて、業務部の部屋から出てきた。
「終わったーっ!!!よーし休暇だー」
ようやく艦隊司令部の幹部達から、解放されたエリがやけくそで叫ぶ、これからの重責を考えると頭痛がしてくるが、今は明日からの休暇を、何もかも忘れて楽しむ事だけを考える事にした。
「キシカワ少佐」
通路で待っていたサラが後ろから声をかける
「なに?サラちゃん」
振り返らず、すこしぶっきらぼうにエリは答え、そのまま指定された今日の宿舎に向かって歩き出す。
「すみません、私のせいで、こんな責任の重い任務を、キシカワ少佐に.....」
エリの後を歩きながら、サラはエリに謝る、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「私、通信士の仕事、結構気に入ってたんだけどなー」
サラの心が痛む、通信関係の職種は軍でキャリアを積み、民間に移る人が多い、恐らくエリもそんな将来を考えていたのだろう。
「すみません...」
エリが立ち止まる
「じゃあ、責任とってもらおうかな」
そう言うとエリは振り向いてサラを見る、
「サラ アルメイダ少尉!」
突然エリから名前と階級でよばれ、反射的にサラは直立不動の姿勢をとる。
「貴官を8月25日付を持って、駆逐艦リオグランデの副官に任命します」
「え?」
あっけに取られるサラに、エリは笑顔で続けた
「人事部で指名したら受理されたの、これは正式な命令だよ、今まで振り回されたぶん、こき使ってあげるから覚悟してね」
「はい、よろしくお願いします」
サラも笑顔で答える。
しかしサラも、本物の副官を出来るほど、キャリアがあるわけではない、
経験の浅い人間を、いきなり駆逐艦の艦長にしてしまうような、無茶苦茶な人事だからこそ、サラを副官に指名しても受理されたのだろう。
とにかく、こうなったら何とかするしかない、二人はお互いそう考えていた。
「よし、そうと決まれば、行くよサラちゃん」
「何処に行くんですか?」
サラが首をかしげる
「私の実家、セバストポリ要塞にいたとき、言ってたでしょ?まさか予定入れてないよね?」
「いえ、予定は無いですけど、あれ本気だったんですか?」
「本気だよ、明日出発するから、用意しておいてね、じゃあ明日0615時に中央通路のPXで待ってて」
エリはそう言うと上級士官用の宿舎のあるブロックに向かっていった。
翌日、エリとサラは地球に向けて出発した、
エリの故郷である日本へ、軌道リングから行くには、太平洋上の島にある軌道エレベーターを使って地上に降りて、それから航空機で向かう、というのが軍民問わず一般的なのだが、エリたちは軍のシャトルに便乗して、日本にある宇宙軍の基地に直接向かう、という方法をとることにした。
エリの休暇を知ったマスコミが、軌道エレベーターの搭乗口付近、で待ち構えている、という話を聞いたからだ。
ただマスコミも、いつから休暇なのかと言うのは知らないようなので、地球に着いて、目立たないようにしていれば問題ないはずだ。
「休暇中はあんまり人の多いとこ行けないなー」
人員輸送用シャトルの、座席のシートベルトを着けながら、エリは呟いた。
ここに着くまでに、すでに2人にサインを求められている。
(よくこの写真で私とわかるな)
ニュースサイトに掲載されていたのと同じ、身分証明書の顔が丸く写ってしまった写真を見ながら思う。
「身分証明書の写真が、民間の報道機関に流れていると言う事は、軍が意図的に情報を流している可能性がありますね」
通路側の席に座っているサラが分析する、
「どういうこと?」
「今回の事件はいわば軍の失態です、しかし事実を隠すのが難しい以上、マスコミの批判を何とかして、かわす必要があります、そこで思いついたのが、エリさんを英雄にする事ではないかと」
「それで情報を?じゃあ私が駆逐艦の艦長になったのも...」
「ええ、恐らく軍は、広告塔としてしばらく使う気でしょうね、艦長に就任したらマスコミの取材がたくさん来ますよ」
そういう事なら、このありえない人事の理由もわかる、これから自分が色々な思惑に利用されていく事を考えると、頭が痛い。
エリは大きくため息をついて、シャトルの窓から見える地球を見つめていた。




