10.帰郷
九州、鹿児島の鹿屋基地の滑走路に、エリたちを乗せたシャトルが着陸したのは、現地時間で午前9時ごろだった。
地球連邦は、実質的には連合国家であり、各国のそれぞれの主権自体は、そのまま維持されている。
鹿屋基地は日本の軍隊が管理している基地だが、宇宙軍は上位組織である、地球連邦政府の組織なので、各国の基地を自由に使用する事が可能だ。
世界各国の、一定規模の大きさの各基地には、宇宙軍の連絡官室、または宇宙軍の官舎が設置されている。
外出の手続きを済ませ、鹿屋基地の外へ出ると、真っ青な空に、まだ午前中にもかかわらず、すでに南国の夏の日差しが、照りつけていた、エリの実家は、ここからタクシーで1時間ほどの所だ。
あらかじめ、呼んでおいたタクシーに乗り、走り出すとサラは車窓から見える、茶畑や桜島の光景に興奮して、エリに質問していた。
「ほら、この道を下ったら、私の実家のある村だよ」
両側が竹林で覆われた細く曲がった道を下ると、家が何軒か見えてきた
エリの話によると、大昔は金山で栄えた所だそうだが、今は僅かに残る立派な石碑や、家々の跡のみが、昔の賑わいを物語っているだけだった。
「さあ着いたよ」
エリは早速タクシーから降りてトランクから自分の荷物を降ろしだした、
サラもタクシーから降りて辺りを見回す、そこは緑の世界だった。
山の谷間に作られた水田の、まだ稲穂をつけていない緑の稲、その脇を流れる小さな川、その中に点在する家の屋根、深い緑の山々、それらが夏の日差しに照らされ、生き生きと輝いていた。
「綺麗...」
サラはしばらくその光景に見とれていた。
「おーい、サラちゃん、こっちだよー」
エリが坂の上で手を振っている。
「はい、今行きます」
サラは鞄を肩にかけると、両方に緑の茂る坂道を登って行った
「ここが私の実家」
エリの実家は、下の田んぼから少し上がった、坂の中ほどにある古い木造の家だった
「ばーちゃん、帰ったよー、あれ?畑に行ってるのかな?」
エリは靴を脱ぐと、家の中に入っていった。
家の前にサラは一人取り残される、
辺りを見回してみると、家の横には納屋があり、中には農機具や玉ねぎやかぼちゃの入ったざるが置いてある。
家は平屋で結構広い、家の軒にはよしずが立てかけてあり、吊るされた風鈴からは時折涼しげな音色がきこえていた。
「あれ?だいじゃけ?」
後ろから声がして振り返ると、お婆さんが背中にかごをしょって立っていた。
「おじいさん、えらいむぜこがおるよ」
お婆さんが手招きすると、後ろからさらに、かごをしょったお爺さんが、上がってきた。
「ないごっちや、おお、ほんとよかおごじょじゃね」
「ないかようけ?」
「あ、あの...」
サラは冷や汗をかいた、何を話しているのだろう?言葉がわからない...
宇宙軍に入るには、母国語の他に、最低一つは他言語を、習得していなければならない。
サラは母国語であるポルトガル語と比較的似ているスペイン語のほかに英語と日本語の3ヶ国語が話せる、特に日本語はエリと普段の会話で使用しているぐらい堪能だ。
しかしこの老人達の言葉は、全く理解できなかった、そもそもこれは日本語なのだろうか?
「あ、ばーちゃん達、やっぱり畑だったんだ」
家の中からエリが出てきた
「こんこはエリのお客さんね」
「うん、しばらく一緒に泊まるけどいいかな?」
「そらよかよ、ひとりでんふたりでん一緒やし」
(会話している...)
エリを見ていると、どうやら日本語で会話しているようだが、同じ言語で会話しているようには、サラには思えなかった。
「エリさん、言葉がわかるんですか?」
真顔で質問するサラに、思わずエリは吹き出して笑ってしまった
「...そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
げらげらと大笑いするエリにサラがふくれる
「...そりゃそうよね、はは、日本人でも解らない人いるんだから...これはね、この辺りの方言よ」
家の中に通されて麦茶をお婆さんが出してくれた、エリが自分の分を飲む
軒に立てかけられた、よしずの隙間から見える青空の中を、ゆっくりと雲が流れていく。
「何にも無い所だけど静かでいいでしょ」
「とても素敵な所ですね、言葉はびっくりしましたけど...」
「じいちゃんとばあちゃんは、この村からあまり出たことないから、特に方言きついんだ、私も時々わかんないときあるもん」
「エリさんもここで育ったんですか?」
「私は、両親の仕事で小さいときから海外暮らし、おかげで英語だけは出来るから、宇宙軍に入れたけどね」
「ご両親は今も海外ですか」
エリが少しうつむく
「...私が12歳のときに飛行機事故で死んじゃった」
「...ごめんなさい」
サラはエリの傷に触れてしまった気がして謝ってしまった
「いや、昔の事だし、もう立ち直ったから、サラちゃんが気にしなくていいよ、私は兄弟多いし、じいちゃんもばあちゃんもいるし...ただ後悔はずっとしてるけど」
「後悔?」
その時ガラガラと、玄関の引き戸を開ける音がした。
「ただいまー、あれ?エリねーちゃん帰ってきてる」
男の子の声が聞こえる、
「え?うそ、エリねえが?」「エリおねーちゃん帰ってきたの?」
つぎに女の子の声が二人
続いてバタバタと廊下を走る足音がして、部屋の前で止まると、ガラッとふすまが開いた。
「エリねーちゃん」「エリねえ」「エリおねーちゃん」
男の子一人と女の子二人が飛び込んできたが、横にいるサラに気がついて、一斉に注目する。
「うお、だれだ?」「エリねぇの知り合い?」「こんにちはー」
「こらーっあんた達、行儀悪いでしょ、さっさとカバン置いて手洗って!」
エリが立ち上がって3人を叱ると、慌ててバタバタと部屋に逃げていった。
「まったくもー、ごめんね騒がしくて」
「すごい、一気に賑やかになりましたね、4人兄弟ですか?」
サラがクスクスと笑う
「いいや、あと別に、高校生の弟と妹がいるから、私も入れて全部で6人、すごいでしょ?」
「あの子達が成人するまでは、仕事頑張らないとね」
エリは青空を見て呟いた
その日の夕飯は豪華だった、エリのお婆さんが張り切って作ってくれたのだ。
地鶏の刺身に採れたての野菜や山菜の煮物やサラダ、揚げ物や焼き魚など、テーブル一杯に並んでいた、
子供達はすでに食卓について待っていた、エリとサラも食卓に着く
お爺さんは早くも焼酎で一杯やっていた。
「どうぞ、おあがいやったもし」
「はい、いただきます」
相変わらず言葉はわからないが、たぶん「どうぞ召し上がれ」とか言ってるんだろうなとサラは解釈した。
「改めて紹介するね、こちらがサラ アルメイダさん、私の職場の部下です」
「エリねえの方が偉いの?」「すげー」
サラの紹介が終わると、エリは兄弟を紹介し始めた
「まずこの子が三女の彩、それから次男の賢治、そして四女の由真、
それと高校が遠くて、まだ帰ってきてないけど、長男の隼人と次女の美咲、そして長女の私で計6人」
「ただいまー」
玄関の引き戸を開ける音がした
「あ、ちょうど帰ってきた」
食卓の引き戸を開けて、高校生の男の子が入ってきた、長男の隼人らしい
「あ、ねーちゃん、帰ってきてたんだ」
「一人だけ?美咲は?」
「美咲は今日、友達の家に泊まるって...だれ?」
隼人はサラを見てちょっと驚いていた、サラが立ち上がって自己紹介する。
「エリさんの職場の部下で、サラ アルメイダといいます、あなたが隼人君?よろしくね」
にっこりとサラが微笑む
「岸川隼人です...よ、よろしく」
隼人が自己紹介する、なぜか顔が真っ赤だ、それを見てエリがニヤリと笑う
「あれぇ?隼人、サラちゃんに見とれてるの?」
さらに隼人の顔が赤くなる
「そ、そんなんじゃねーし、大体ねーちゃんに部下とかおかしいだろ、上司の間違いじゃねーのかよ」
さすがにエリも、ここまで言われると少し反論したくなる。
「失礼ね、私はこう見えても士官なの、わかる?部隊を指揮する立場なの」
「何が士官だよ、通信省の教育終わったら自動的になれる、なんちゃって士官じゃねーか」
事実だけに、ぐうの音も出ないエリだった、駆逐艦の艦長になったと、この際言ってやろうかと思ったが、正式に就任するまでは一応、守秘義務があるので、ぐっとこらえる。
二人のやり取りを聞いていたサラは、隼人の前に来て、やさしく微笑む
「私は間違いなく、エリさんの部下です、それにエリさんは、部下思いのとっても立派な上司で、私は尊敬しているんですよ、だから隼人君もお姉さんを誇りに思ってくださいね」
「は、はい...」
サラから目をそらすと、隼人は黙ってしまった、もう耳まで真っ赤だ。
「着替えてくる...」
そう言うと隼人は自分の部屋へ行ってしまった
「惚れたな」
と四女の由真
「やっぱりそう思う?」
と三女の彩
「あんだけわかりやすけりゃねぇ」
とエリ
「何の話ですか?」
とサラ
「・・・・・」
三姉妹が顔を見合わせる
「サラさんって天然?」「いや、違うと思うけど」「じゃあ何で気がつかないのさ?」
頭を突き合わせて、猛烈な勢いでヒソヒソ話を始めた、岸川家の姉妹達を、不思議そうに見つめるサラだった。
食事が終わり、サラは縁側に腰掛けて星を眺めていた。
少し冷たい夜の空気と、庭から聞こえる虫の声が心地よかった。
「サラちゃん、お風呂先に入ってきなよ、あれ?、電気もつけないでどうしたの?」
エリがサラの隣に座る
「星を眺めてました、凄く綺麗ですよ」
エリも空を見上げる、地上で見上げる星は、宇宙船の窓から見る星とは、また違う開放感がある。
「ほんとだ、今日は天気よかったもんね」
この辺りは他に明かりが無いため、星がはっきりと見える、満天の星と天の川、そしてその天の川に架かった、細い橋のように横切る、軌道リングが見えていた。
「あそこで今も、誰かが戦っているなんて、嘘みたいだね」
「本当ですね、ここから見る宇宙は、こんなに静かなのに」
見上げる星空は、人類が宇宙に乗り出す前から、何も変わらない星空だった。
座っていたエリは、そのまま仰向けに寝転がる
「戦争早く終わんないかな」
エリたちの所属する第1艦隊の担当宙域は、比較的戦闘の少ない地球周辺だが、艦船勤務である以上、戦闘に遭遇する可能性は高い。
「エリさんは何で後方勤務を選ばなかったんですか?」
「艦船勤務って、給料いいからね、ばーちゃん達に、これ以上負担かけたくないし...」
両親が亡くなってからは、祖父母の家にエリたち兄弟は住んでいる、エリは成人するまで、面倒を見てくれた祖父母を、これからは自分が支えたいと思っていた。
「サラちゃんは?」
「私は、家族が皆軍人だったので、自分も軍人になるのが、当然だと思って育ちましたから」
「そっか...」
そこで会話が途切れる、二人はしばらく星空を見ていた。
「じゃあ先にお風呂入らせてもらいますね」
「うん、場所は台所出た廊下の最初のドアだから」
サラが部屋を出て行くと、しばらくエリは星を見上げていた
「さてと」
そう言うとエリも立ち上がり部屋を出て行った
サラは湯船につかると、今日の事を思い出していた、
以前日本に住んでいたことがあるので、日本の習慣は慣れているとはいえ、田舎を訪れるのは初めてだったので、少し不安だったのだが、今は、ここがとても気に入っている。
「来て良かったな」
久しぶりに、楽しい休暇を過ごせそうで、サラは少しわくわくしていた。
そのころエリは。
「隼人ぉー、サラちゃん今、お風呂はいっているわよー、ねーどんな気分?この後、お風呂の水飲んだりしちゃ駄目よ」
「うっせーよ馬鹿姉!そんなことするかよ!馬鹿じゃねーの!そんな事いちいち言いにくんなよ!」
隼人をからかう事に忙しかった。




